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確かに成し遂げたことがあった――『B.A.D. 12 繭墨は自らの運命に微笑む』

実家のある名古屋には、三種の神器の一つ・草薙剣を奉ずる熱田神宮があります。
毎年1月2日にここへ初詣をするのが恒例になっていますね。
というわけで昨日行って来ましたが、なんと公称ではちょうど創立1900周年とのこと。

熱田神宮 2014年

宝物館では「七福神」をテーマにした企画展をやっていましたが、これもなかなか。
企画展なので、他の博物館からの出品作品も多くて、雪舟の絵も一点あったりします。
しかし、かつては境内で鶏を見かけたものですが、最近見ていませんね…

 ~~~

それはそうと、今回取り上げるライトノベルはこちらです。

B.A.D. 12 繭墨は自らの運命に微笑む (ファミ通文庫)B.A.D. 12 繭墨は自らの運命に微笑む (ファミ通文庫)
(2013/12/26)
綾里けいし

商品詳細を見る

 (前巻の記事

「繭墨あざかは必ず殺される定めにある」――その元凶たる紅い女も登場して、現在はは対決編に入っています。
さらに11巻では予知能力を持つ異能者・御影粒良が繭墨の死を予言、それとセットになった予言はすでに実現して、着実に終わりが迫っていました。

とは言え、小田桐の腹に宿っている鬼・雨香(うか)は紅い女の思い通りにならないばかりか、唯一その相手をできる存在でもあります。いや、今まであざかが生き延びてこと自体、雨香を宿した小田桐がいたお陰だと、あざか自身が示唆してもいました。
今回はついに、その雨香を使って紅い女を滅ぼそうと、あざかも打って出ます。

しかし――前回、母体である小田桐の左腕を食べた雨香は急成長していました。この上でやはり鬼である紅い女を喰わせれば、どこまで成長することか。成長しきった時に人の姿をしているとは思われず、そうなれば小田桐自身の身も危ないことです。

その上、小田桐にはこの戦いから下りるという選択肢まで提示されます。
元々、定期的に腹を裂いて出てくる鬼を静めて腹を塞げるのはあざかだけであり、それゆえに小田桐はあざかと一緒にいることでしか生きられない身体でした。それが、あざかの代わりに腹を塞げる者がいる、というのです。あざかを見捨てれば小田桐は余計な危険を引き受けることなく助かる、さあどうする――と。

しかもそんな中、小田桐の腹に雨香を宿らせた張本人にしてあざかの腹違いの兄・繭墨あさとが小田桐と決着を付けようと挑んできます。
序盤の敵ボスであったあさとも随分大人しくなった(時にはギャグキャラにまでなった)感がありますが、やはりまともに話の成り立たない面倒な人物であることは相変わらず。何だかんだ言って小田桐のことが好きなのですが、その結果としては面倒を起してばかりで……

他方で、今巻では今までに小田桐に助けられた者達が紅い女との戦いのために結集するという、珍しく熱い場面も見られました。
小田桐は自己犠牲を尽くして人を助けようとしつつ、腹に鬼を宿してあざかから離れられずとも行き続けることを選んだくらいの生き意地の汚さがありますし、雨香を通して人の感情を読み取る能力を持っていながら人の気持ちをさっぱり分かっておらず、人を助けようとして裏目に出て、偽善ぶりを痛感させられたことも何度もありました。
それでも、偽善であっても、他者に生きていてもらおうと尽くすことは、決して無駄ではなかったのです。
多くの失敗がありつつも、彼を異性として慕う水無瀬白雪(みなせ しらゆき)を筆頭に、確かに助けられた者もいるのですから。

白雪との関係においても、人を巻き込みたくない小田桐が彼女を遠ざけながら、白雪の方も同じく小田桐に傷付いて欲しくない一心で追いかけてくる、という場面は一度ならずありました。
けれども今回は、水無瀬一族の意向という問題が前面に出てきます。お互いに相手が傷付くのは辛い、だから助けたいと思っている(それゆえに小田桐は相手を遠ざけ、白雪は追いかける)という点では両者はある意味で対等ですが、一族の当主である彼女に、一族を見捨てて協力してくれと言えるかと言うと……
しかし、白雪の兄である白峰も愛する人を失って暴走した過去があるという事実が、一族の意向をも動かします。
彼女の想いはもはや、公的な責任を前にして断念すべき私情という扱いを超えて、一族の公的な指針にまで関わってきます。小田桐のなしたことは、そこまで事態を動かしたのです。

しかし、皆の力を結集した戦いの行方は――

各章の導入に詩的な文章が入り、後で本文中でほとんどそれが反復された登場、誰のいかなる事態での言葉だったのか判明する、というのも本作が毎回のように用いている仕様ですが、今回はついにそれが小田桐の独白になります。「今更、繭墨あざかの話をしたいと思う。/僕が共に時を過ごした、彼女について」(p.6)と。

人の死を嘲笑い、退屈しのぎの娯楽として惨劇を求めるあざかと、――異常な中で「まともな人間」たろうとするがゆえの必死さか――自己犠牲で他者を助けようとする小田桐とでは、当然ながら合いません。
二人の相性の悪さは、小田桐が主夫のスキル持ちであるのにあざかはチョコレートしか食べない偏食で料理の腕を振るう機会がないという生活レベルにまで現れています。
それほどに水と油で、それでも二人決して離れられない特別な関係――それが『B.A.D.』の軸でした。「何があっても彼女だけは僕の側にいるだろう」というフレーズは、以前にも目にしたものです。
繭墨を死なせて小田桐自身が生きられる可能性は、そうした大前提を揺るがすものであり、選択を突きつけられます。
彼女のことは嫌いだったのだろう、だったら良いではないか――とは行きませんね。

それでも、粒良の予言が回避できた試しはないのも言われたことであって――引きはほぼ予想通りで、次回で最終巻となります。

以下はラストのネタバレを含んでほんの少しだけ。




予想通り、繭隅が紅い女の手によって消え、小田桐たちは現世の暮らしに戻るものの、小田桐はそんな現状を認める気にならない――それで引きとなります。
主要キャラがいなくなるのと引き替えに平和が戻るものの、残された主人公は納得できず、最後にいなくなったキャラを取り戻すための戦い、というのは割と定番の一つで、最近だと『ささみさん@がんばらない』の11巻も同様でした。
ただ、『ささみさん』の場合、神々の作戦としてラスボス日留女とともに人間の前から消えることで、神々がいないものの平和な世界が人間に与えられたのですが、『B.A.D.』の場合、最初から敵の狙いはあざかであって、紅い女の目的通りにあざかが消えての現在です。
それだけに、このまま終わられてはいっそう納得し難いものがあるのですが、同時に小田桐とあざかの関係にも一筋縄では行かない捻れがありました。

それでも、彼女を死なせれば君は助かる、と言われて素直に受け入れるのは難しいことですし、小田桐としてはなおのこと、でしょう。ここにも歪んだ形であれ、今まで積み立ててきた絆があるのです。

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愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
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