スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

智の革新が齎すのは希望、それとも絶望――『魔女は月出づるところに眠る 中巻 ―月を引き下ろす者たち―』

今回取り上げるライトノベルはこちら。2ヶ月連続刊行となる『魔女は月出づるところに眠る』の中巻です。

魔女は月出づるところに眠る 中巻 ―月を引き下ろす者たち― (電撃文庫)魔女は月出づるところに眠る 中巻 ―月を引き下ろす者たち― (電撃文庫)
(2014/01/10)
佐藤ケイ

商品詳細を見る

 (上巻の記事

本作における主要な勢力は三つ。2000年前に生きた魔女の始祖サティアの流れを汲むもっとも正当な魔女のグループ、サティア派、数百年前の魔女・ヘロデアの流れを汲むヘロデア派(すでに滅ぼされた)の名前を引き継いだ魔女の派閥・新ヘロデア派、そして教会組織の下に属して魔女を狩る「狼」たちの組織・ホルダ派です。
2000年前にサティアに力を与えた全ての魔女の主・オリエンテ婦人が復活するという予言があり、それを巡って三つの派閥は争いを繰り広げています。
女子小学生の恵奈はオリエンテ婦人の再来候補として着目され、サティア派の長である老魔女・アボンドの弟子に、そして恵奈の親友である里弥は、アボンドの弟子にして最強と名高い魔女ダイアナの弟子になりました。

というわけで今巻、恵奈より一足先に悪魔との契約している里弥はみるみる悪魔退治に頭角を発揮します。表紙はダイアナと里弥です。
しかし、新ヘロデア派に新たに加入した二人の魔女――ノクティフェリアマスカラミアが彼女を襲います。ダイアナには勝てず、最初は撃退される二人ですが……

1巻ですでに悲劇がありましたが、今巻でも退場されそうと予想された人が次々死んでいきます。取り残される少女たちの絶望感。

しかも、本作で一番いかにも悪人らしいのは新ヘロデア派の首領サロメで、1巻の悲劇は新ヘロデア派のばら撒いた悪魔入りの宝石によるものでしたが、今巻でのサロメは魔女の宝石をばら撒いた結果の確認を命じたくらいで、彼女の意志はそれほど大きくストーリーに関わってきません。
今巻の敵であったノクティフェリアとマスカラミアは、実はサロメの命と彼女の持つ「ヘロデアの心臓」を狙って取り入ったのであって、新ヘロデア派の意志を体現する人物とは言えません。彼女たち自身、サロメの居場所を聞きだすために何人もの魔女を殺して生き血を啜っているくらいですから、善人とは言い難いかも知れませんが、ダイアナと協力するという可能性をも検討していました(すでに敵対してしまっていたために諦めましたが)。
さらに、ホルダ派は魔女を悪と見なし狩る連中ですが、ホルダ派のアンドレイ物分かりも良くいい人です。現在の彼らの任務から言ってもサティア派の魔女と敵対する積極的な理由はなく、アンドレイは里弥のために動こうとします。

しかし何の巡り合わせか――事態は彼らが敵対する方向に向かいます。
1巻と異なり、悪人の手によるのではなく、いやそもそも誰の意志によるのでもなしに、行き違いによって生じる悲劇……まったく、見事な手腕です。

そんなわけで突き落とす中巻でした。上巻、中巻と来た以上は次で完結と思われますが、下巻で多少なりとも救いはもたらされるのでしょうか…?

 ―――

上巻の時の繰り返しも含む話になりますが、魔女という言葉はそもそも、魔女狩りのようなキリスト教的文脈を否応なしに含意するものです。そこにおいて魔女とは、悪魔の僕(しもべ)です。
悪魔と契約するとは悪魔の僕になることであって、魔女は僕として、悪魔を喜ばせるべく、邪悪なこと、冒瀆的なことをするのです。

しかし、これはあくまでキリスト教の側からのレッテルであって、そこには元々、キリスト教以前の民間信仰と智があったのです。
本作『魔女は月出づるところに眠る』において、悪魔は元々死者の霊であって、盲目的に渇きを癒そうとして人を襲う存在であり、「悪魔との契約」は悪魔を封印してその力を使役することです。つまり魔女とはキリスト教以前の西洋世界において独自の智と技術を行使していた女性たちのことであって、それをキリスト教の視点から邪悪なものとして貶めたのが上述のような「悪魔の僕」としての魔女像なのです。
私が上巻の時に「魔女の本来の意味」と言ったのもそういうことです。

オリエンテ婦人が降臨して魔女なるものが存在するようになったのが2000年前というのも、「キリスト教以前」を連想させます(言うまでもなく、イエスが生まれたのも約2000年前として、原始キリスト教の成立はイエスの死からしばらく後のことであり、まして西洋世界で多きな力を持つようになったのはもっとずっと後です)。
ちなみに、この中巻には38ページに及ぶ用語集(登場人物の解説を含む)が載っていたのですが、そこでサティア派の魔女の知識はユダヤ・キリスト教とは無縁であり、それゆえ「悪魔」を指す言葉として diabolus ではなく daemon または daemonium を使う、という旨の解説があったのも、その裏付けとなるでしょう(daemon, daemonium は元々「神霊」のことです)。

そもそも、「悪魔」という概念の起源も様々です。
少なくとも、一方には異教の神々がキリスト教によって邪悪と見なされたものがあり、他方では神に叛いた堕天使があります(さらに堕天使のイメージには、神に逆らったではなく神の命に従って人間に試練を与えたり地獄で悪人を罰したりする「恐ろしい天使」も入っています)。
本作の悪魔はもちろん前者(神というよりももっと低級な霊的存在ですが)なのですが、「堕天使」の方に関して言うと、それは天使を前提します。そして天使とは、神を頂点とする存在の階梯において人間と神の中間の存在であり、仲介者なのです。
しかし本作の場合、今回帯にも引用されている重要な台詞として「この世界には魔女がいて狼がいて悪魔がいて天使もいる。でも、神様だけはいないのよ」(p.64)と言われています。したがって天使も、神から定義することはできません。
では本作における天使は何なのかというと、悪魔を食わせるために作られた悪魔です。それが後からキリスト教神学に則って「天使」と呼ばれるようになった、と明言されています。神からトップダウンで存在が規定されない世界においては、天使も人間と悪魔の側から規定されるしかないわけですが、罪深いことです。
この設定がというか、そんなものを作り出してしまうことが。そんな「天使」は、いずれ制御できなくなるのですから……
ここにも技術の光と闇が窺えます。

それから、もう一つ今巻で明らかになった重要な設定として、オリエンテ婦人の教えによれば悪魔は眠る場所を求めて彷徨っており、魔女の使命は悪魔を眠りに就かせることだ、というのです。
ですが、なぜ悪魔と契約することが悪魔を眠りに就かせることになるのかは、もう忘れ去られてしまっています。

「さあねぇ。契約した悪魔は魔法を使うたびに渇きを訴え、生け贄を捧げるたびに強大になる。そして魔女が死ねばその魂を喰らって再び解き放たれる。どうして契約する事が悪魔を眠りに就かせる事になるのか、その秘密は長年の間に忘れられ、失われてしまった……」
 (佐藤ケイ『魔女は月出づるところに眠る 中巻 ―月を引き下ろす者たち―』、アスキー・メディアワークス、2014、p.47)


悪魔が渇きを覚えても、その渇きを癒すために生け贄を捧げることで悪魔が強くなりすぎても、その悪魔を制御できなくなる危険があります。
かくして残ったのは、そうしたリスクと隣り合わせで力を行使する技術のみ、そこには何か重大な智が失われているのです。

そして、ある意味では「悪魔を喜ばせる」魔女の姿もここにあります。魔女は確かに人間を襲う悪魔を封印し、人々を守っているのですが、悪魔を喜ばせるというのも全くの間違いではないのです。
その結果として魔女自身が悪魔に喰われたり、悪魔が解放される危険もあるとしたら――ホルダ派が「全ての魔女は悪くなる」ものであり、魔女は全て悪だと見なす理由も、おそらくはこの辺りにあるのでしょう。

ですが、恵奈は何も教わることなく、確かに「悪魔を眠りに就かせる」オリエンテ婦人の再来としての力の片鱗を見せています。
彼女がその才を完全に開花させ、「悪魔を眠りに就かせる」術を示したならば、魔女と、ひいては人間と悪魔の関係は劇的に変わるかも知れません。

けれども、そこで第一出てくる疑問は「それは本当に良いことなのか?」というものでしょう。
何しろ、そうなった時にどうなるか、ほとんど何も予想できないのです。
現にホルダ派は、オリエンテ婦人の復活が世界を滅ぼすと見なしており、新ヘロデア派はこの世界を憎み、オリエンテ婦人による世界滅亡を待望しています。

良い方に転ぶなら転ぶで、物語としてはそれをご都合主義でないものとして見せる技が問われます。『魔法少女まどか☆マギカ』はまさにそのための物語でした(上巻の時に言ったように、この点において本作と『まどか☆マギカ』の類似は表面的とは言えません――少なくとも、なかなか契約せず真価を発揮しない主人公という一点を見ても)。
2月、3月の発売予定には見当たらないので、下巻の発売はそれ以降になるはずですが、作者の手腕に期待しましょう。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

夜の安らぎと新時代の夜明け――『魔女は月出づるところに眠る 下巻 ―東からの夜明け―』

今回取り上げるライトノベルはこちら。 昨年12月から5ヶ月間で全3巻を刊行し、見事完結となった『魔女は月出づるところに眠る』の下巻です。 魔女は月出づるところに眠る 下巻 ―東からの夜明け― (電撃文庫)(2014/04/10)佐藤ケイ商品詳細を見る  (前巻の記事) すでに退場したさくらも含めて、3人仲良く穏やかに眠っている表紙が「3人で三つ子に生まれ変わる」云々と言ってい...
プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。