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苦しい記憶もかけがえのないものを形作る――『キャノン・フィストはひとりぼっち 1』

私は基本的に、作品のテーマとメッセージは別物だと考えています。
メッセージというのは何らかの答えを投げかけること、もっと言うと「~~せよ」という命令形を強く含意しますが、あるテーマを扱うというのは必ずしもそういうことではないからです。

 ~~~

そんな話はそれほど関係なく、今回取り上げるライトノベルはこちらです。

キャノン・フィストはひとりぼっち (1) (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ)キャノン・フィストはひとりぼっち (1) (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ)
(2014/01/10)
深見 真

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本作の舞台は、プロローグん「2010年代の後半」という記述があるので近未来です。
ただしこの世界では、2000年代に入った頃から「記憶喰らい(Memory Eater)」(略して[M・E])と呼ばれる謎の生物が跋扈するようになっています。
この生物は文字通り、人間の記憶を喰らいます。喰われた記憶は失われ、さらに全ての記憶を失って「白紙化」した(すなわち、生活の記憶も言葉も失った)人間は遠からず死に至ります。
通常の物理的な攻撃が一切通用しない[M・E]ですが、「感情記憶合金」という特殊な金属と一体化した人間だけが、この奇怪な生物を倒すことができるのです。

主人公の伊吹雪弥(いぶき ゆきや)は、喧嘩は弱いけれど不正を見過ごすことのできない高校生。そんな彼のクラスにある日、頭に角の生えた少女・クリスが転校してきます。
しかも、彼女の頭の角は周りの人間には見えていない模様。
この角が見える人間には感情記憶合金の適性がある――ということで、雪弥はまもなく感情記憶合金と融合し、「キャノン・フィスト」という力を手に入れます。そして「雄鹿亭」という組織で仲間たちを紹介され、共に[M・E]と戦うことに(対[M・E]には警察も自衛隊も協力はしますが、基本的に感情記憶合金で戦っているのは民間組織、という設定で、その設定に一応の説明もあります)。

感情記憶合金の力は使用者の感情によって変化する、という設定です。
雪弥は5年前に両親を殺された過去があり、そのような「苦い記憶」が彼の力となるのです。
辛い記憶もまた自らの一部であり、それを力にして人間の記憶を奪う敵と戦う――テーマは明瞭ですが、そこにもう一つ、タイトルの「ひとりぼっち」が絡んできます。

両親を亡くした後、雪弥は伯父夫婦の家に引き取られています。義妹(つまり伯父さんの娘)の流理(るり)は雪弥が引き取られる以前、幼い頃から仲の良かった親戚ですが、しかし雪弥は「家族」としてこの家に馴染みきれずにいます。
流理の方からは下着姿でベッドに潜り込んできたりして、積極的に接触してきているのですが……(からかっている、とも言いますけれど)
「雄鹿亭」の一員として[M・E]と戦っていることも、特に口止めされているわけではないのですが、雪弥は巻き込んではいけないという思いから語ろうとしません。それが流理には何とも他人行儀に思われて、兄妹の間に溝が生じます。
しかし終盤では流理が敵に襲われ、助けるために雪弥が必死になって、それによって和解して――と、オーソドックスに流理がヒロインな感じです(ついでにまったくの余談ながら、眼鏡の妹キャラって珍しいような)。

雪弥の馴染めなさは当然、両親を亡くしたことと深く関わっています。まず、家族というもっとも親しい人を失ったこと。そして、それを誰とも共有できないということ。
家族がいて、友人がいて、仲間がいる。けれども、深いところに決して共有できないものがあって、孤独である――この感情は、『シャカイ系の想像力』が指摘した通り、ライトノベルにおいて広く見られるテーマです。
本作がその流れを汲んでいることは、作中の文言にも、何よりあとがきにも見られます。

 昔から「ひとりぼっち」という言葉が好きです。たとえば、作中でもちょっと触れましたが、レイ・ブラッドベリの『死ぬときはひとりぼっち』とか。藤子・F・不二雄先生の名作短編『ひとりぼっちの宇宙戦争』とか。――なんで好きなのかな? と考えてみても、いまいちいい答えは出てきません。僕には家族がいるし友人もいる。それなのに、この言葉に惹かれてしまう。
 ヘミングウェイの『武器よさらば』にこんな文章があります。
「あの人たちにとりかこまれていたら、すごく孤独な気分だった」
「女たちと一緒にいるとき、ぼくはたいてい孤独だったし、人はえてしてそういうときに一番を孤独を感じるものなのだ」(新潮文庫、高見浩訳)
 なんとなくわかるんですよね。
 なんとなく。
 (p.238)


そして、そこに「記憶」が結び付きます。
はっきりと覚えていない事柄も含めて、今までの経験の総体は「私」を形作るものです。
確かにその中には、他者と決して共有できない「私」の固有性――孤独さをなすものも必然的に含まれます。
けれど他方で、積み上げた時間が、他者についての思い出によって他者を大切に思うようになり、絆が生まれるという面もあるでしょう。
孤独の感情がすっかり払拭されるということはないかも知れません。けれども、そんな中で大切な人への想いや絆も、形成され得るのです。

この1巻で雪弥の物語としては綺麗にまとまっていたのですが、仲間キャラについては多くを語られていない者もおり、さらに[M・E]に奪われた記憶を探している、という者もいます。
彼らにスポットを当てる続きが期待されますね。


先月新創刊された本レーベル「ぽにきゃんBOKKSライトノベルシリーズ」ですが、ライトノベルのフォーマットはもちろん編集作業そのものに不慣れなのは相変わらず。
とりあえず、今月からようやくAMAZONの書影にタイトルロゴ等の文字が入るようになりましたが(先月発売分も含め)。
本作の場合、唯一の人物が端に偏った表紙デザインはテーマにも沿った味と見なしましょう。しかし、相変わらずカラー口絵に文字が見当たりません。

キャノン・フィスト カラー口絵

一応、主要登場人物集合になっているのですが……名前や紹介文が入らないと何が何だか分からず、あまり意義を感じません。
本作と同時発売の『パガニーニ』では口絵に文字が登場しましたが、小さくて一様なので力が欠けて感じられました。

パガニーニ op1 魔曲王の序奏 (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ)パガニーニ op1 魔曲王の序奏 (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ)
(2014/01/10)
谷崎 央佳

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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