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誰の益になる戦いか――『下ネタという概念が存在しない退屈な世界 5』

寝ても寝ても眠くて疲れが取れないのは何なのでしょう。
首周りの凝りによる身体的な辛さという面は確かにあって、整体を受けてくるとだいぶ具合が違ったりするのですが、どうもそれだけでもなさそうです。

ギリシア語でアリストテレスを読んでいたことによる知恵熱とか……多分違いますね。
ギリシア語は難しく、何時間かかけたようでも5ページしか進んでいないのは問題ですが。

 ~~~

さて、今回取り上げるライトノベルはこちらです。5ヶ月ぶりの新刊となる『下ネタという概念が存在しない退屈な世界』の5巻です。

下ネタという概念が存在しない退屈な世界 5 (ガガガ文庫)下ネタという概念が存在しない退屈な世界 5 (ガガガ文庫)
(2014/01/17)
赤城 大空

商品詳細を見る

 (前巻の記事

ディストピア小説としても巻を追うごとに成長している本作、個人的にはそろそろ2010年代の傑作の一つに数えても良いのではないか、と思っています。

今巻で夏休みは明け、舞台は学校に戻ります。
しかし、時岡学園のある第一清麗指定都市にて「子供を犯罪の被害から守り健全に育てる条例」が成立、卑猥な表現物の単純所持が禁止されます。冒頭はいきなりこの条例の文面から始まります。
同時に、これは前巻の最後で示されていたことですが、狸吉の母親・奥間爛子(警察の善導課、つまり取り締まり側に所属)がこの都市に赴任、圧倒的な猛威を振るいます。

第一のポイントは、この条例のスピード制定です。

 夏休み、僕たちが朱門温泉の清門荘でいろいろと大騒ぎしていたその間に、こっそりと迅速に可決されたのが《子供を犯罪の被害から守り健全に育てる条例》だ。
 制定に向けた動きが極々静かに行われ、成立までの期間が短かったこともあり、華城先輩の養母であり《SOX》を支援してくれている撫子さんも察知が遅れたことを悔やんでいた。
 (赤城大空『下ネタという概念が存在しない退屈な世界 5』、小学館、2014、p.22)


選挙公約で聞いた覚えもない法令が、十分に議論する間を与えまいとするかのようなスピード採決で成立――見覚えのある光景ですね。

さらに、今までは体制というのはもっぱら法制度の問題であったのに対し、今巻では、現場で動く警察が前面に出て来ます。
今回、爛子の率いる善導課は自作自演までして口実を作り、家にまで上がり込んで捜査を行い、短期間で大量の逮捕者を出します。
何しろ、取り締まりは警察の任意なのです。「卑猥」の判断は、完全に警察に委ねられています。

 新学期が始まってすぐ、華城先輩たちと条例の内容は一通り確認したけれど、なんかもうちんこぶら下げてるだけで逮捕されるんじゃないかって疑うレベルで……いやけどまさかそんなわけないよね? ちんこの単純所持禁止とか、字面は面白いけど洒落にならんからね。ちんこは着脱式じゃないから。別売り不可だから。
 (同書、p.15)


巻を追うごとに地の文の下ネタも増えるわ凝っていくわで、万事語り口はこんな風ですが、下ネタの中に笑ってはいられないものがあります。

 いまはまだ周囲に卑猥を理解できる大人がいるから裸婦画なんてものをバラまいて逮捕の建前を作っているけれど、これがエスカレートすれば、いつぞやの月見草がそう判断していたように、鉛筆を持ってるだけで条例違反呼ばわりされ、逮捕される世界になるだろう。
 (同書、p.93)


今の日本では、片っ端から家に警察が踏み込むことこそないかも知れませんが、ところによってはそういう社会は実際に存在しています。
そして現代日本においても、応じるかどうかは「任意」のはずの職務質問で下着の中まで調べられていたり、「任意同行」で1ヶ月以上も自白するまで取り調べを行ったり、猥褻罪の判断基準がほとんど意味不明だったりする事例があるのは、れっきとした事実なのです。
そもそも猥褻の類は、被害届けもなく、他殺死体ほど客観的な結果も生じない、完全な被害者なき犯罪なのですから、誰が事件を作るのか……

ここに本作の、「荒唐無稽」と「リアル」の二分法には還元されない迫真性があります。
確かにやっていることは荒唐無稽ですけれど、そもそも現実のおかしさを思う時、それは現実からそう遠いものとは思われない重みを見せるのです。

と同時に、取り締まりの指揮官である爛子の敵としての恐ろしさも見ものです。
SMの女王様のように善導課職員を叩き直す迫力、戦っての強さもさることながら、逮捕する相手を選別する目も備えています。
あまり誰もかれも捕まえていては、警察の施設も持ちません。そこで相手を選別できるのも手腕です。

ここで象徴的なのが、3番目の引用文にも名前の出ている登場人物・月見草朧(つきみぐさ おぼろ)です。
2巻でアンナの護衛にして、卑猥の取り締まりを行う「風紀委員」として登場した月見草は、ひたすら体制に従順なように仕込まれながら、卑猥を取り締まるための知識も持っている……はずでした。
そんな月見草が何をしたかというと、いきなりバスケットボールのゴールを片付け始めたのです。

これは悪意あってのことでもなく、性欲が強すぎて何でもいやらしく見えるのでもなく、逆に感情がないためであって、論理的な連想はいくらでも延長できてしまうことに起因します。
しかしこれでは取り締まりはできません。だから月見草を筆頭とする風紀委員たちは、命令されなければ何もできず、命令されてさえ、しばしば杓子定規すぎて役に立ちません。

が、今回の5巻ではそんな月見草にも転機が訪れ、自分の感情を持ち始めた気配もありました。こちらがどうなるかも楽しみなところですが……

いずれにせよ、爛子は月見草とは対照的に、はっきりと卑猥に対する強い憎しみを抱いています。
その理由は実にさらっと語られますが、要するに私怨です。
彼女は体制側のトップである錦ノ宮祠影や、体制とその崩壊を利用しての儲けを狙う鬼頭慶介と違って、長期的な合理的判断に基づいて行動しているのではなく、私情を大義名分のもとに振るっているのであって、その点ではソフィア・錦ノ宮(祠影の妻でアンナの母親)の方に近いでしょう。しかし、そういうタイプだからこその強さもあるのです。

今回の表紙は狸吉のクラスメートで一般学生の指導役・不破氷菓です。
3巻で未去勢犬を拾い、いきなり「腰振る犬を停止させる方法を知りませんか」と電話してきた彼女、4巻では出番がありませんでしたが、今巻ではその犬と共に物語のメインに登場します。
そもそも、この世界では未去勢犬も条例に抵触します。

「ペスはすでに、郊外の林に避難させています。十月一日以降に善導課がどう出るか見極めるまでは、通い飼い主状態ですね」
「あのさ、ペスってまさか、犬の名前?」
 つっこまざるをえない。
「そうですよ。可愛らしいでしょう」
「……。ちなみに、名前の由来は?」
「アレがついていたので」
 これ以上詮索してはいけない。
 (同書、p.16)


――ネーミングはともかく、爪も牙も声帯も切除され、さらには去勢されて「行儀のよい」ペットに仕立てられる動物の姿もまた、何とも言えぬ重さを持っています。
もっとも不妊・去勢手術に関しては、発情しつつも相手がいないのとどちらが動物にとって幸せなのか、という問題もあり得ますが、しかしそもそも動物が「表現物」として扱われる時点で、動物の立場とは何なのかと考えざるを得ません。

そして善導課にペスを奪われた不破は、学生を扇動してのテロで復讐を決意します。
しかしここで、嫌がらせにしかならないテロ活動が結局何になるのか、という問題が重くのしかかります。とりわけ、戦い虚しく散っていった下ネタテロリストの父を持つ狸吉にとっては……

それどころか、警察とテロの戦いそのものが、権力の手の内であり、もっと大きな動きのために用意されたものに過ぎなかったりするのです。

今回、狸吉たち「SOX」の活動は取り締まりから逃れるためエロ本を保護するという小規模な活動に終始しており、最後には体制側がさらなる新法案を提示し、現体制をさらに強化するという未来に光の見えない引きとなりました。
なるほど、性の管理を問題にする以上、妊娠や出産という問題に触れるのは不可避ですが……
果たして主人公たちにこれ以上何かができるのか? というところまで事態は進んでいます。

ただし――事態は権力の思う壺、と言えばそうなのですが、その「権力」は一体どこに属するのか、という問題も、今まで以上に前面に出てくることになりました。

「公序良俗健全育成法」制定の立役者であるソフィア・錦ノ宮は現在休養中で、この巻での一連の法整備を主導していた議院は金子玉子(かねこ たまこ)という人物です(名前の下ネタも忘れない)。
そして、この玉子とソフィアの思惑ははっきり異なるということも、最後で明らかになりました。
さらに、性表現規制を口実にして情報管理を目論む体制側のトップ、祠影にとってはどうでしょうか。確かに今回の法整備は現体制に説得力を与え、さらに地盤を固めるという点でも、また情報管理を進めるという点でも前進かも知れませんが、祠影がどこまで関わっているのかは不明です。
また、政治的な動きに関わっている警察上層部と現場の指揮官である爛子の間にもはっきりした相違があります。欄子は上層部の思惑には与していません。

こうした体制側の内にあるズレがさらなる動きをもたらすものとなり、もしかしたら権力の全体を揺るがす盲点となり得るのかも知れません。
期待しましょう。

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