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技術革新による世界の変動――『ゼロから始める魔法の書』

今回取り上げるライトノベルはこちら、第20回電撃大賞の大賞作品です。

ゼロから始める魔法の書 (電撃文庫)ゼロから始める魔法の書 (電撃文庫)
(2014/02/08)
虎走かける

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本作の舞台は魔術魔女が存在し、魔女狩りも行われている世界で、主人公(本名不詳)は獣人です(この世界の人間は虎を知らないらしくその名は出ませんが、描写を見る限り白虎ですね)。

ゼロから始める魔法の書 口絵
 (カラー口絵より)

この世界では、たまに普通の人間の両親からこうした獣人が生まれるという設定で、「獣堕ち」と呼ばれています(魔法的な背景があることも説明されます)。
忌み嫌われる代わりに身体能力の高い彼らは傭兵になることが多く、主人公も傭兵として、魔女狩りの舞台に参加するためにウェニアス王国にやってきました。
しかしそこでゼロと名乗る魔女に出会い、彼女に雇われることになります。
ゼロは盗まれた「魔法の書」を取り返そうと旅をしているというのですが――

獣堕ちの首は魔術の優れた生贄になるということで、主人公もしばしば魔女に首を狙われており、根っからの魔女嫌い。だからこそ魔女狩りに参加しに来たのですが、何の因果か魔女に雇われることになろうとは。
他方で長年穴ぐらに潜んで魔術の研究をしてきたゼロは世間の常識に疎いのですが、ストレートに好意を口にします。
何より、忌み嫌われる存在と世間から離れて研究に打ち込んできた身、お互いに孤独でした。
そんな二人の掛け合いは、エキセントリックさは弱いもののいい味を出しています(もっとも、文体が硬めなせいか、孤独の感情の表現そのものは控え目な印象でした)。
中盤で二人がすれ違い、決裂し、そしてまた主人公がヒロインを助けに戻ってくる辺りも王道ながら良いものです。


さて、本作の設定を表すポイントは、あらすじにもある以下の文言です。

 教会歴526年――。
 世界には魔女がいて、魔術という学問があった。

 そして世界はまだ、魔法という技術を知らなかった。
 (虎走かける『ゼロから始める魔法の書』、KADOKAWA、2014、p.11)


「魔法」と「魔術」――どちらかの語を選択的に用いている作品は多々ありますが、その違いを定義した例はあまり記憶にありません。
『ハリー・ポッター』シリーズで主人公ハリーが通う学校は「ホグワーツ魔法魔術学校」と翻訳されていますが、この原語は Hogwarts School of Witchcraft and Wizardry で、つまり男の魔法使い(wizard)が使う魔法(wizardry)と女の魔女(witch)の魔法(witchcraft)が併記されているだけです。英語にはもっと一般的な語として magic という単語もありますが、違いは必ずしも明瞭ではありません。
ですから、この区別は本作のオリジナルでしょう。
何が違うのか。

 魔女や魔術にそれほど詳しいわけじゃないが、魔術を使うには大掛かりな儀式が必要だというのが世界の常識だ。一ヶ月に及ぶ儀式の果てに、魔女が一国を滅ぼしかねない強力な魔術を発動させようとしたまさにその寸前、危ないところで教会騎士団が魔女を倒したとかいうお安い英雄譚は世の中にごろごろある。
 (同書、p.22)


それに対して、『ゼロの書』に記されている「魔法」は大掛かりな儀式を要せず、呪文を唱えれば使えます。
伝統的な「魔術」のイメージと、現代のファンタジー作品における「魔法」のイメージを上手く並置しています。
さらに、魔法も魔術も悪魔の力を行使しているという点では同じであり、ただその手順が異なるのです。
魔法の方が手軽で、しかも安全です。

「我輩は、これを悪魔の契約法則――魔法と呼ぶ」
 (同書、p.67)


「魔法」という語に関するこの説明は、すでにして優れたセンスを感じさせます。

が、いっそう重要なのは、「魔法」という新たな技術がもたらされることによる世界への影響です。
何しろ、今までよりも遥かに容易に安全に、強大な力を使うことができるのですから。しかも魔法に関しては人により才能の有無がありますから、魔法を使える者(魔女)とそうでない者に間には、今までよりも大きな力の差が生じるでしょう。

 技術の転換期、というものが世界にはある。鉄の発見で戦争が変わり、車輪と馬車の開発で商業が変わった。では魔法の発見で何が、どう変わるのか――。
 まず、魔女が力を持つだろう。昨日の追い剥ぎ魔女や、ゼロのような存在が増えたら、教会と魔女との戦争が再び起こる可能性が高い。いや――可能性どころか、だ。
 (同書、p.68)


まさに、本作が描くのは新技術がもたらす危機であり、それによる争いです。
ゼロはただ、世の中が便利になればと思って魔法を開発しました。しかし、技術は良いことにばかり使われるとは限りません。

そもそも、この世界にも魔女狩りがありますが、多くの人々はそれにもう飽きてもいました。
だから、普段は魔女に頼る人々もおり、人々を助けて信頼されている魔女もいました。
けれどもそれは危うい共存であって、人は何かあれば魔女のせいにして、集団ヒステリーのようにして魔女狩りが発生し、魔女が犠牲になる危険もつねに存在していたのでした。
魔女に戦う力を与え、同時に半端な力を得てそれを濫用する「はぐれ魔女」をも生み出し得る「魔法」の知識の流布は、まさに争いの火種となるものでした。
その結果として魔女との戦いが激化し、魔女狩りの傭兵を募集しているというのが、ウェニアス王国の現状なのです。

しかし、だから技術など無い方が良かった、と単純に言ってしまわないのが、本作の良いところです。
そもそも、一度生み出され知られてしまった技術は取り返しがつきませんし、仮に全ての人から技術を取り上げることができたとしても、一度発見できたものはまた発見される可能性があるでしょう。その可能性を完全に封じておくことなど、できはしません。
だからこそ、必要なのは社会的に組織を作って、技術を管理することです。
敵の黒幕の目的もまた要するに、争いを起こしておいて、それを利用して新たな体制を築くことです。犠牲は大きく性質は悪いけれど、筋はあります。
物語の締めも、悪役に報いを与えることよりも事態を収拾するための損得勘定を重視した、良く言えば清濁併せ呑むという感じのドライさがあります。他方で主人公の周辺の人間関係を見ると実に綺麗な締めになっていて、何とも言えぬ味を出しています。

技術論や権力論を描いたライトノベルもありましたが、それを手堅く魔法ファンタジーに落とし込み、ドライな政治的判断をも下しつつ締め括る手腕は評価したいところです。


――その上で、少し妙なことを気にしてみましょうか。
そもそも、作中年代はなぜ「教会歴526年」なのでしょうか。
「教会歴」と言われると現実の西暦を連想しますが、西暦500年代と言えば古代の終わりか中世の始まりか、といった時期です。しかし(繰り返し述べてきましたが)魔女狩りは近世の産物です。
この世界の文明レベルを見ても、大砲や銃が普及している気配はないものの火薬は存在しますし(もっとも登場するのは後半で、この存在は前半で示しておいた方が良かったように思いますが)、やはり中世末~近世のイメージですね。

とりあえず魔女狩りが存在する世界観は序盤で明示されているので、混乱は少ないでしょう。「教会歴」を西暦に重ねて読むべきでないことも比較的容易に分かります。
しかしでは、この暦設定は何なのでしょうか。

見ると、500年前に教会と魔女との間に戦争があった、という設定が見られます。
魔女狩りは、それ以降続いている残党狩りなのです。

とすると、そもそも500年前に魔女との戦争に勝利することで教会は現在のような権勢を得て、暦まで制定するに至った、という歴史が垣間見られます。
教会の言う「悪魔」は異教の神々であって(これは現実通り)、神も悪魔も本来は同じ、信仰する者次第というのは作中で明言されていることですし、とすればこれは神との付き合い方における異なる考え方の間の主導権争いだったのではありますまいか。

ストーリーの流れとボリュームから言って、この1冊の中でこの点にそれほど踏み込まないことは予想できました。
しかし、今回すでに一国の命運を左右する内乱という主題を扱っているのですから、今後を続けるとなれば、この辺に踏み込む余地もありそうなものです。いや期待してみたい。

私がこういうことを言うのは、暦の設定といった細かいところが、世界観の作り込み具合を示す存外重要なポイントだと考えるからです。
本作の世界観に大きな問題は感じません。しかし、―-魔術と魔法の区別とその歴史的な転換という独自性がありながら――なお伝統的なファンタジーのイメージを大人しく継承するに留まっている感があるのも事実です。
キャラクターに関してもそうで、悪くはないけれど際立ったものもあまり感じません。

技術の革新という壮大なテーマは良いので、世界観やキャラに関してインパクトのある作り込み(もちろん、単に設定の量が多いという意味ではなく)を見せられるかどうかは重要になってくる気がします。

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