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盤上の青春――『王手桂香取り!』

今では将棋でもコンピューターソフトが人間に勝つのが普通になってきました。
しかし、9×9マスの中で可能なあらゆる動きを計算できるほどの性能のコンピュータがあれば、すでに解決できている(しかし実際には未解決の)問題がたくさんあると言いますから、それほどの性能のものはないのでしょう。
その中で、計算する範囲を絞り込むべくどうプログラムを組むかというのは、あくまで人間の仕事なわけです。

 ~~~

そんな前置きはそれほど関係ありませんが、今回取り上げるライトノベルはこちら、なかなか珍しい将棋を題材にした作品です。

王手桂香取り!  (電撃文庫)王手桂香取り! (電撃文庫)
(2014/02/08)
青葉優一

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ちなみに、帯の推薦文はプロ棋士・高橋道雄九段です。

王手桂香取り 用語解説

主人公の上条歩(かみじょう あゆむ)は将棋好きの中学一年生ですが、実力はまだ初段止まり。
彼が想いを寄せる学校の将棋クラブの部長・大橋桂香(おおはし けいか)はプロ棋士(名人)の娘で、本人も五段、中学生の大会ではいいところまで行くという実力者です。

そんな歩の前にある日、「将棋の駒」を名乗る三人の美少女が現れます。
何でも、彼が祖父から貰った将棋盤と駒は江戸時代の初期に作られた品で、時を経て意識を持ち、人間の姿にも変身できるようになったとか。
どんな名人よりも将棋を知り尽くした彼女たちの助言を得て、歩は成長していきます。

まず検討すべきは、この設定です。
この設定はすでに漫画『ヒカルの碁』との類似が指摘されていますけれど、『ヒカルの碁』において主人公に取り憑いたのは歴史的な天才囲碁棋士・藤原佐為の霊でした。この「アドバイザー」が強い理由としてこれ以上の説明は不要でしょう。
対して本作の場合、将棋の駒だからといって将棋が強いものでしょうか。
彼女たちは名人よりもコンピューターソフトよりも強いと自称し、実際やってみればその通りです。歩は彼女たちを「将棋の神様」と形容していますが、まあ実際、付喪神の一種と言える設定です。
つまり、神だから自分の領域たる将棋における読みの能力は人間よりも遥かに高い、ということでしょうか。
これ以上の説明は作中にはないのですが、さらに考えて見るなら、彼女たちは400年の時を生きており、しかも将棋の駒があるところならどこにでもアクセスすることができるという設定です。つまり過去400年のありとあらゆる将棋の蓄積を持っていると考えれば、納得でしょうか。

強さに驕る嫌な奴を駒たちの言う通りに打って叩きのめす展開もありますが、歩は今ひとつ弱気なものの誠実な少年で、公式の試合や大事な勝負では決して彼女たちの力に頼ろうとはしません。そのため、物語の2/3は歩自身が成長し、自分の実力で勝負することに当てられています。
ちなみに、歩の練習過程でネット将棋やコンピューターソフトとの対戦を多用しているのが、いかにも現代的ですね。

将棋の描写はなかなかに本格的で、戦型などの名称も出てきますし、場合によっては結構詳細に戦局が描写されます。
クライマックスの対局の緊張感も見事。
私は将棋を知らないものの十分に楽しめましたが、将棋に詳しい方ならばいっそう楽しめるかも知れません。


とは言え、対局の描写法は少なからず問題になります。
本作でもいくつかのパターンが使い分けられているように思われます。
まず、「将棋の神様」たる駒たちだから可能な、名人の読みをも超えた一手に関しては、それを具体的に示すことは不可能です。そのため、これについては当然ながら詳しい説明はなく、プロ棋士との対決に至っては直接描写すらされません。
これは「語り手であり打ち手である主人公自身も、言われるままに打っているだけで戦局をよく理解していない」という状況とよくマッチしているのではないでしょうか。

他方で、後半には具体的にどう打ったのかという詳細な記述が増えてきて、それがちゃんと対局の雰囲気を伝えるのに活用されています。
しかし――

 局面は序盤を通過して中盤、僕が攻めて桂香先輩が受ける形になっている。
 桂香先輩の囲いは中住まいと呼ばれるものになっている。5八の地点に玉がいて、左右を一枚の金が守る形。シンプルだが、意外に攻め崩しにくい。
 現在僕は、敵玉の頭に狙いを定めて攻める意思を見せている。しかしそれは見せかけのもので、桂香先輩の意識を4筋から6筋の中央に持ってこさせることで、端への意識を薄くさせる狙い。桂香先輩が中央の守りを強化すると、左端の守りが薄くなる。その薄くなった8筋を突破して飛車を成り込ませることが、僕の真の狙いだった。
 僕は二枚の桂馬を中央へと跳ねさせる。このまま中央での攻防を展開しても、僕にとって大きく形勢が悪くなるものではないが、駒を大量に渡してしまうため、おそらく終盤にカウンターを喰らって負けるだろう。一直線の攻防では桂香先輩に勝つことはできない。だから罠を張った。
 僕の手を見た桂香先輩は、7筋にいる銀を6筋に持ってくることで中央の守りを強化した。
 僕は即座に、5筋で睨みを利かせていた飛車を8筋へと移動させた。これでほぼ、僕の飛車は相手陣地に入れる形になった。桂香先輩が持ち駒の角を自陣に打てば、8筋を守る事もできるが、おそらくそれはやらないだろう。攻めが薄くなるし、桂香先輩の棋風ではない。
 (青葉優一『王手桂香取り!』、KADOKAWA、2014、p.188)


知識がなくても大まかな感覚は伝わりますし(いくつかの用語は別のところに説明もあります)、かなり具体的なイメージを持って描かれているらしいことも分かります。
ただ、文中に登場する駒はあくまでごく一部。いくら将棋に詳しくても、全体の状況は分からないでしょう。
こうなると、盤面の図の丸ごと載せて欲しくなってきます。

章間には用語解説のページもあって、初期配置や戦型レベルでは図も載っているのですが……

王手桂香取り 帯推薦文


もう一つの問題は駒三人娘のキャラと扱いです。
威勢のいい関西弁娘の香車が圧倒的に目立っていて、後の二人――(主人公の名前「あゆむ」ではなく駒の「ふ」)と桂馬――はいささか影が薄め。彼女らの意見が割れるような場面もない(彼女らの実力からすればそれは相当に高度な場面だけなので、そういう機会はなかったということなのでしょうが)ので、主人公の指導者役も一人で済んでしまいます。
特に桂馬は、ほとんど「あなたは桂馬の使い方が下手」「桂馬を上手く使って」ということしか言いません。それはそれでキャラ像となってはいますし、主人公が桂馬を活用して褒められる場面が来る布石なのも予想できますが、しかし積極的に桂馬の使い方をアドバイスしてくれるといった場面はありません。
駒たちが性格や傾向の違いによって異なるアドバイスを与え、それらを主人公が組み合わせて活用していく――そういう場面があまりなかったのは残念です。
この三人以外の駒も意識を持ち人型になれる(ただ、弱い主は嫌いなのでまだ主人公の前に現れない)との設定なので、続きがあれば他の駒も登場する予定なのでしょうが(と言うか、すでにこの巻の最後で登場します)、その前にこの三人だけでももっと掘り下げ、活かす余地がありそうです。

ただ、ここで上の話と関わってくるのですが、駒たちの異なる教え、異なる戦法を見せるのであれば、なおさら具体的な戦局の描写をどうするかというのは、重要な課題になるでしょう。

ついでに言うと、駒たちは人間の姿にならなくても歩と頭の中で会話できて、ほとんど人前には姿を見せないので、美少女に囲まれることで日常に波乱が起きるという要素もあまりありません。
「美少女として」擬人化するのはライトノベルらしい仕様ですが、それをあまり活用していない感もあり。


と、色々言いましたが、勝負事の楽しさや緊迫感、青春の様々な想いを描いた、爽やかで良い青春物だったかと思います。

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