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内容はどうあれ、率直なぶつかり合いの魅力――『韻が織り成す召喚魔法 ―バスタ・リリッカーズ―』

今日は雨でした。日が差しているから好天だろう……と思ってよく見ると雨(雲の切れ間から日光が入っていただけでした)、しかも上がらず。
しかし、そろそろ雪の季節は終わりかも知れません。

郵便局で50円切手をまとめ買いしてから、「4月から郵便料金が変わります」(葉書は50円から52円に)というチラシに気付きました。
4月までにこの切手を使い切るとは思えません。まあ2円切手を買えば済むことですが……
私の場合、普通の葉書を買って出したことはもう長らくないような気がします。懸賞やアンケート葉書に切手を貼って出すことの方が多いのですよね……

そもそも、未だに郵政公社が民営化する以前の感覚で、郵便局はすぐ閉まるし土日はやっていないというイメージが抜けません。

 ~~~

今回取り上げるライトノベルはこちら。第20回電撃小説大賞の金賞受賞作です。

韻が織り成す召喚魔法 ―バスタ・リリッカーズ― (電撃文庫)韻が織り成す召喚魔法 ―バスタ・リリッカーズ― (電撃文庫)
(2014/02/08)
真代屋秀晃

商品詳細を見る

主人公の音川真一(おとかわ しんいち)は徹底してルールにうるさく、「校則の守護神」と呼ばれる生徒会長。
そんな彼ですが、ある日まったく偶然に他人が準備していた悪魔召喚の儀式の仕上げを行ってしまい、美少女悪魔マミラダ無理矢理契約させられてしまいます。
しかしこのマミラダがヒップホップ好きで、彼女との契約によって真一が手に入れた能力「サタニックマイク」は、相手に強制的にラップバトルを挑み、勝利すれば相手を自分の意に従わせることができるというものでした。
ラップバトルというのは要するに、リズムに合わせて、韻を踏んだ言い回しで交互に相手を罵る言葉をぶつけるというもの。ここまでは現実のラップバトルのルールなのですが、本作では魔法により、言った内容のイメージが映像化して相手を攻撃します(ただし物理的ダメージを与えるものではなく、精神を屈服させる勝負ですが)。

ただ――このラップバトルが何とも微妙なものです。

まず、サタニックマイクの能力によるラップバトルの空間では、誰でも自然と韻を踏んだ文句を繰り出すことができます。だからその人のヒップホップに関する能力は関係ありません。
勝負を決めるのは、あくまでもどちらの精神力が上回っているか、です。つまるところ、言われた内容のセンスも関係ない、ということでしょう。
そのせいか実際、投げかけられた言葉の文面だけ見ていても、どちらが優勢とかいったことはいまいち伝わってこない、それ以前に勝負が成り立っているのかどうかもよく分からない感があります。

【いきなりナイフを投げんな、変態女。テメェはマミラダにとっても圏外女。俺は我慢の限界なんだ。テメェに一つ言っておく。この俺が一発斬っておく。召喚ミスはテメェのせい、鈍感メスが責めんじゃねぇ。ナイフじゃなくてマイクで来い。オカルト研究上等だ、デカルト全球暴投だ。グリモワールもデッドボール】
 (真代屋秀晃『韻が織り成す召喚魔法 ―バスタ・リリッカーズ―』、KADOKAWA、2014、p.102)


この時の舞台であるオカルト研究部の部室に魔術書と並んでデカルトやヘーゲルといった哲学書もあった、という直前の記述がここに反映されているのは分かります。その他、真一がクラシックの音楽家の名前を多用するのが彼の趣味であるのも分かります。
しかし、今ここで展開されているオカルト研究部員との争いとデカルトと野球に何の関係があるのか、関係ない言葉を並べて無理に韻を踏まれても言葉遊びとしても感心しないし、ただ寒いという印象は否めません。

この言葉が具現化し、野球のユニフォームを着たデカルトがボールを投げつけて攻撃するというシュールな絵面と、主人公も内心「デカルト先生、ごめんなさい」と謝っていることも、かえって「何をやってるんだろう」と醒めさせるものがあります。

ヒップホップの言葉は実際にこんなものであって、バックトラックがない小説という媒体で表現するがゆえ……という面もあるかも知れません。音楽をいかに小説で表現するかはつねに大きな課題です。しかしだからといって、お寒いだけで良いということにはなりません。
少なくとも本作がヒップホップの魅力を感じさせるような作品とは思われません。それは同期受賞作の『王手桂香取り!』がちゃんと未経験者にも将棋の魅力を伝えるものであっただけに、差が際立ちます(もちろん、将棋の対局そのものには超常現象も起きず普通に打っている『王手桂香取り!』とはまったく作品の方向性が違うので、一概には比較できませんが)。

とは言え――真一がクラシック音楽愛好家でヒップホップを音楽とは認めていない、という設定を見れば、彼が次第にヒップホップの魅力を認めるようになっていく青春物語としての展開は容易に予想されます。
そしてその過程を描く物語の後半は、まずまずの出来なのです。

「実際にやってみると魅力に取り付かれる」というのは一つの定番ですが、この場合それだけでは不足です。何しろあまり魅力の伝わる作りになっていませんし、真一自身、自分の展開したイメージのバカバカしさに内心謝っているような様ですから。
相手を屈服させるサタニックマイクの能力にしても、例によって悪魔との契約には代償が付き物で、素晴らしいばかりではありません。

転機は、不良たちの溜まり場になっており生徒会としては潰そうとしていた相手であるヒップホップ研究部との交流です。
ヒップホップ研究部部長の司馬坂軍馬(しばさか ぐんば)は、言っていることは徹頭徹尾意味不明ですけれど、真一と部員とのラップバトルを見て、ヒップホップができると見ると割と気さくに話しかけてきます。
下半身は下着姿といういかにも淫らな格好で、やることなすこと厄介者だったマミラダも、容姿を褒められると純情な可愛さを見せ、真一も少しずつ彼女を大切に思うようになります。
堅物な「校則の守護神」としての真一の理解者であった「シスター森崎」こと森崎留架(もりさき るか)凶悪な豹変を見せるだけに、なおさら裏表のないヒップホップ研究部の面々やマミラダの魅力も引き立ちます。

何より、悪ノリするだけでまともなセッティングもできなかったヒップホップ研究部員たちに混じってライブのセッティングを仕切り、そのことに感謝され、仲間と認められる喜び――青春というのはやっていることの内容よりも、こういう関係性にあるのだということをよく感じさせてくれます。

そして最後に、即興でリズムに乗せて喋ることで想いを率直にぶつけられるというヒップホップの強み、それが上記のような人間関係に対する真一の気持ちと、「精神力が勝敗を決める」というラップバトルの設定と相まって、それなりに理解できる方氏で提示されることになります。
文章でヒップホップの魅力を伝えられるかというと難の方が多かった中で、こう持っていった手腕には相応の評価を送りたいものです。

しかし、ガラの悪さを表す表現として関西弁になるというのはやはり安易過ぎる感がありますが(地の文で「なぜか」と言っている辺り、作者もこういうイメージのベタさをよく理解してはいるのでしょうけれど)。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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