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下らないことほど入念な薀蓄に基づいて――『筋肉の神マッスル』

今回取り上げるライトノベルはこちら、と言ってもすでに1年半以上前の作品になりますが……

筋肉の神マッスル (電撃文庫 さ 4-26)筋肉の神マッスル (電撃文庫 さ 4-26)
(2012/06/08)
佐藤 ケイ

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筋肉の神マッスル2 (電撃文庫)筋肉の神マッスル2 (電撃文庫)
(2012/09/07)
佐藤ケイ

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私としてはまだ代表的な作品は読んでいないのですが、作者の佐藤ケイ氏は薀蓄作家です。
哲学的な作品を書ける作家は少なからずいますが、それは専門的な哲学教育を受けているかどうかとはあまり関係がありません。哲学に限らずとも多くの分野でそれは同様です。
そんな中、佐藤氏の『魔女は月出づるところに眠る』は、――最終的な評価は来月発売の下巻待ちですが――ラテン語の使用を初めとする豊富な学識で西洋の長い伝統の内に生きる「魔女」を印象付けつつ、優れたテーマ性を持つ物語をも描いて見せました。
そんな薀蓄はバカバカしいコメディでも発揮されます。

まず本作『筋肉の神マッスル』の物語はと言うと――
平和な田舎町・益荒(ますら)市にある日、3mくらいに巨大化したニホンザルが出現、サルの群れを率いて農家はもちろん、商店まで荒らすようになります。
しかもこの巨大なサル――「猿神」には猟友会の銃どころか、自衛隊の戦車すら通じません。
しかし、この益荒市の益荒神社には、大力を授けるという神様「まっする様」が祀られており、古くからしばしば凶暴化した獣が現れては、まっする様の使い「鼠人(ねずびと)として選ばれた勇士がその獣を打倒してきたという伝説があります。
ですがこの度、鼠人に選ばれたのは、おっぱい好きなだけでとりわけ武に優れているわけでもない男子高校生・阿久富雄(あく とみお)
その上、まっする様も筋肉のイメージからは程遠い、人がいいだけのデブなおっさんで、武器になるような神宝も売ってしまってもう存在しないという頼りなさ。
富雄に与えられたのはただ一つ「鍛えれば鍛えるほど筋肉がつく力」のみ――果たしてそれでどう戦うというのか?
とは言え、この力の拡大解釈と、戦車すら通用しない猿神の力が単なる力の強さではなく「世界のルールを変える」という神の力から説明され、ちゃんと筋肉アクションで物語を締める辺りはさすが。

さて本作、冒頭で自衛隊の扱う武器の説明から筋肉ネタの言葉遊びになっている人物名と用語、さらには現代社会に疎いキャラの感じるギャップまで詳細な薀蓄を交えて描かれています。
たとえば「まっする様」の名については――

 岩窟から拝殿、そして参道まで南北に一キロ程の真っ直ぐな道が切り開かれていて、これは曲がったことを嫌い真っ直ぐな事を好むという「まっする様」の神意を表すとされている。「まっする様」じゃ、古くは「まっすぐ様」「まっつぐ様」と呼ばれたこともあり、現在一般に知られている「まっする様」という呼び名も、「益荒様」と「まっすぐ様」が混ざって訛ったのだろうという説が研究者の間では有力だ。もう一つの説として、「差し上げる」という意味の「参らす」の転訛だとする解釈もある。「参らす」の転訛「まらする」が、更に訛って「まっする」となる例があり、これは現代語の丁寧語の「です、ます」の「ます」の祖形でもあるのだが、まっする様の「まっする」もこれと同じと見る説である。神の名を呼ぶのを恐れ憚って、お供え物などを「参らす」方、と呼んでいたのだがいつの間にか「まっする様」になったのだ、とする解釈で、益荒神社の神職の間では昔からこちらの説が伝わっている。
 だが、どちらが本当の理由にせよ、まっする様というのはあくまでも本当の神名を呼ぶのを畏れ憚って使われるようになった通称の類であり、本当は何という神であるのかは研究者の間でも諸説あって結論は出ていない。正体不明の神である。
 (佐藤ケイ『筋肉の神マッスル』、アスキー・メディアワークス、2012、p.38)


これだけ長々ともっともらしい説明をしておいて、後では平然と「神は人間の国境以前から存在する」という理由で musculus = 小さなネズミだからまっする様の使いは鼠、というラテン語の言葉遊びを出してきたりするのですが……

さらに、まっする様の側仕えの神として、まっする様によって不老不死となり千年を生きている少女・艶之姫(あでのひめ)が登場。1巻のかなりの部分は神社から街に出てきた彼女が現代社会と文明に驚く様をコミカルに描いている(このカルチャーギャップは2巻でも引き続き描かれます)のですが、これがまた詳細な歴史知識に基づいています。
テレビに驚く、などという常識的な発想による場面は2巻になって少し出てくるくらいで、優先されません。そうではなく、江戸期より前の餡は塩餡が主体だったので甘いおはぎに驚き、高級な物だと思うとか、目の付け所が只者ではありません。
また、総面積で言えばそう狭くもないはずの現代の住まいも彼女の目から見ると――

(……)部屋の狭さもさることながら、テーブルやソファが部屋の中央に陣取っている光景は艶之姫にはかなり奇異だ。昔の畳暮らしの家では部屋の隅に箪笥がある程度で、中央に陣取っていても不自然でない物は精々で火鉢くらいのもの。ちゃぶ台だってようやく明治以降になって出てきたものだ。本来人が座るべき床の大部分をテーブルとソファに占拠されて、座布団を敷く場所もない室内の様子は、艶之姫にとってはまさに物置小屋である。こんな物置小屋で過ごさねばならぬようでは、きっとおはぎを作るためのモチ米や小豆など手に入れることもままならぬ赤貧暮らしに違いない。
 (同書、pp.129-130)


「未開人」が目にして一番興味を持つ文明の産物はテレビやカメラではなく、金属の包丁だったという逸話もあります。彼らの生活の中で使い方がよく理解できるだけに、その性能の凄さもよく分かるからです。逆に彼らにとって、テレビをいきなり見ても何に驚けばいいのかすらよく分かりません。
しかし、そういうことに思い至るためには私たち文明人の常識を一度離れた視点から物を見る必要があります。つまり、相応の視野の広さが必要なのです。
佐藤氏がいかに自らの視界の一部として浩瀚な知識を活用できているか、お分かりでしょうか。

と言うわけで、大真面目に薀蓄を活用して書かれたバカバカしいコメディ、という点で、作者の手腕がいかんなく発揮されているのですが――

繰り返しますが、富雄はおっぱい好きです。猿によって可愛い女の子たちのいる店も閉店に追い込まれてしまった益荒市におっぱいを取り戻すため、というのが彼の戦う理由です。
にもかかわらず、作中に登場するまともな(女の子の)おっぱいはチョイ役のものだけです。艶之姫は10歳のまま不当不死になった少女なので胸はまっ平らです。後はまっする様(おっさん)のおっぱいとか……
ちなみに猿神騒動は1巻で解決、2巻ではまっする様の力を求める宇宙人が登場、と別の話が展開されます。そしてこの宇宙人パイン・オーツは確かに巨乳のお姉さんの姿をしてはいるのですが、その実体は……いやはや、見事な詐欺です。

萌えもエロもないライトノベルは、しばしばあります。
報酬目当てに戦ったけれど、終わってみれば思い通りの報酬は得られずただ働き、というのもコメディのオチとしては定番の一つです。
しかし、そこで期待される読者サービスまでお預けにしてしまうというのは、ありがちではありません。
まあ、1巻のあとがきで「大人っぽいもの=おっぱいを書こうとして構想した」と書いているのは冗談としても、本文中であれだけおっぱいを連呼しておいて……最初から萌えやエロを期待すべきでない作品ならそう思って読みますが、本作を一見した印象は、必ずしもそうは思わせないところがあります。

代表作を読んでいない現段階での見解になりますが、どうも作者は、男性視点でのサービスに元よりあまり意識が行っていないのではないか、と……
シリアスで過酷な『魔女月』とコメディの本作ではその他の点でも違いが大きすぎるとは言え、女子小学生主人公(したがって、元より男性目線から遠い)『魔女月』がいい味を出していただけに、なおさらそう感じます。

そう言えば、最近『電撃文庫MAGAZINE』電子版に載った読み切り「だるま落とし無頼」も、昭和初期のだるま落としが賭け事として盛んであった世界を舞台に無頼漢たちが繰り広げる勝負が描かれ、女性キャラは女将(夫あり)だけでした。
だるま落としでの神技や駆け引きを面白く描くのはさすがですが……

元よりそこに注ぐリソースがないのであれば、木に縁りて魚を求むる類のことをすべきではありません。それを前提として持ち味を活かすべきでしょう。
差し当たっては『魔女月』が作者を活かした作品となることを――と言っても、いずれにせよ全3巻完結なのですが。

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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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