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『仮面ライダー鎧武ザ・ガイド』

さて、時期的には数週遡って話をしますが、最近の『鎧ライダー鎧武』では大きな展開として、ヘルヘイムの森に住む「オーバーロード」の存在が明らかになりました。
彼らはヘルヘイムの果実を食しながら、植物に従属するインベスとはならずに新たな進化を遂げた存在で、これは人類を救う鍵にもなり得る……とのこと。
異世界の存在らしく、オーバーロードが謎の言葉を喋るのも『クウガ』のグロンギを思い出していい感じの演出です。

他方で、裕也を殺したのは自分だと知って打ちひしがれていた紘汰の前に、ふたたびDJサガラが現れました。
紘汰に発破をかけつつ、店にあった普通の果物を見たことのないロックシード――カチドキロックシードに変えて渡していくサガラ。
この場面は店の中なのに、いつの間にかサガラが現れると周りの人は消えていました。サガラと話し終えたところで紘汰は目を覚まし、夢か……と思いきや、手の中には確かにカチドキッロクシードがありました。
再起した紘汰はこれで鎧武カチドキアームズに変身(ちなみに、カチドキロックシードはプロフェッサー凌馬でさえ「知らない」と驚いていました)、ユグドラシルが街を焼き払うためのレーザー兵器を破壊しました。

それを見ていた光実が「紘汰さん……どうしてあなたは思い通りにならないんだ」と言う辺りは今までになく危険なフラグを感じましたが。
光実は兄・貴虎の考えに賛同しつつ、紘汰や舞たち「チーム鎧武」の仲間も大切であるがゆえに難しい立場にありました。しかし結局、そこで彼は仲間たちを「思い通りに」動かすことで事態を上手く収めようとしていました。
いつの間にか仲間を仲間として損なうような考え方をしている、これはモラル危機の徴候です。そして、そういう場合に待っているのは手痛いしっぺ返しと相場は決まっているわけで……

他方でサガラは、あの舞にそっくりで謎の予言をする少女と知り合いであったことが(視聴者視点では)発覚。
こうなると、彼がこの世界の存在でない可能性が高まってきます。
ずっと放送局に籠りきりで、ユグドラシルの幹部会議にもホログラフで参加していた彼が、捕らわれていた紘汰のところで現れた時には「これまで引っ張っておいて、ずいぶんあっさりと生身で現れたな」と思われたものですが、あれも本当に現実に肉体を持って登場していたのか、どうか……

そして今週の放送では、湊耀子たちユグドラシルの幹部が調べたところ、サガラという名前も戸籍も偽造だったと判明。
そしてやはり彼らユグドラシル幹部の前に現れて、(この時には確かに実体があったのに)ホログラフのように消えていきました。
曰く、彼は「ただの観客」だけれど「どうしても弱い方を応援したくなっちまう」とのことですが……

そして、戦極凌馬の目的も明らかに。
彼の仮説では、有史以前からヘルヘイムと地球の接触は存在し、エデンのリンゴのように各地の神話に見られる「禁断の果実」の物語はすべてヘルヘイムの果実のことである。すなわち、ヘルヘイムには動物をインベスにするだけでなく、力を与える果実がある。それを手にすることこそが――
サガラもこの「禁断の果実」の存在を肯定します。
ただし、それを手にできるのは最後まで勝ち残った者のみ――

他方、紘汰はオーバーロードとの接触を試みますが、一方的に叩きのめされます。
戒斗は言います――力なき者が話など聞いてもらえるはずがない、と。
だから戒斗はオーバーロードをも屈服させる力を求め続けています。

勝ち残った者のみが禁断の果実を手にできるのだとしたら、そこに生じるのは『仮面ライダー龍騎』のようなバトルロワイヤルの世界でしょうか。
ただし、勝者の報酬は、ただ各自の願いではなく人類を救う可能性に繋がるかも知れないとあれば、バトルロワイヤルであっても「この戦いに正義はない」とは限らないかも知れません。
けれども、では紘汰は血を流す道を行くのか? 「小さな犠牲」を許容して?
ここには確かに、『龍騎』を「バトルロワイヤル物の金字塔」として評価する虚淵玄氏のオマージュと継承、そしてそこから新たな問題系を開く意志が感じられました。

主題歌は最初から歌っていました。

どこにある? どう使う?
禁断の果実



 ~~~

そんな中、発売は3月下旬なのですでに1月近く経ってしまっていますが、星海社から出ている『仮面ライダー鎧武ザ・ガイド』を手にしてみました。

仮面ライダー鎧武ザ・ガイド仮面ライダー鎧武ザ・ガイド
(2014/03/21)
星海社

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内容としては、まず主要キャストと製作関係者のインタビュー。
製作関係者は第1話監督の田崎竜太氏と脚本の虚淵玄氏はもちろん(とりわけ虚淵氏のインタビューは予想通りと言いますか、10ページのボリュームがあります)、ダンスの振り付けを手がけている足立夏海氏と掛札拓郎氏、インベスデザインの山田章博氏、バンダイのおもちゃ開発チームリーダー西澤清人氏までいます。

そして、5人のイラストレーター(しまどりる、竹、中央東口、serori、ざいんの各氏)によるイラストギャラリー、さらには『レッドドラゴン』で虚淵氏と共演したクリエイターとして三田誠、成田良悟、紅玉いづきの各氏による短いコメントも掲載。

それから、坂上秋成氏による評論「虚淵玄論」。ただしこの評論はタイトル通り、ノベルゲームやアニメでの虚淵氏の仕事を幅広く取り上げて、そこに見られるテーマの延長上に『鎧武』を位置付けるというもので、『鎧武』のガイド本ではなく別の場に載っていても違和感がない気はしますが。

それから最後に、江波光則氏による30ページ弱の小説「REAL RIDERS 駆紋戒斗外伝」
まだインベスゲームが始まる前の時期、高校生だった頃の戒斗を描いた短編です。物語に深く食い込むような内容ではありませんが、それは作品の性格上止むを得ないでしょう。現場の都合で内容が変わることもある特撮作品にあって、まだ作中で語られていないことを踏まえたメディアミックスができるとも思えませんし。
それでも、戒斗の育ち――父親の工場がユグドラシルに土地ごと買収されてなくなった――等の事実関係に関しては本編と矛盾なく、それでいて内心に関しては独自の読み込み(あるいは読み替え)を加えて、江波氏らしい屈折した内省をも描いて読ませるものにしているのはさすが、というべきでしょうか。
(「監修/虚淵玄」というクレジットが形式的なものでないと仮定すると、戒斗の過去の方に関してはこれ以上新情報がそうそう出てくる予定はないと見なすべきでしょうか)

いずれの記事も読み応えはありました。
虚淵氏のインタビューは決して驚くような内容ではなく、それゆえに非常に腑に落ちた思いです。光実は案の定挫折する予定のようで……彼は要するに「上手く立ち回ること」を良しとする風潮へのアンチテーゼなのですね。

あるいは仮面ライダーブラーボ・凰蓮は「大人げない大人」だとか。
彼はさすがに軍隊経験のある「戦闘のプロ」だけのことはあって、危険な目や痛い目に遭っても揺らぎはしません。インベス事件の元凶としてビートライダーズを糾弾するというのもユグドラシルから引き受けた仕事としてちゃんとこなそうとしていますし(ただし彼自身、インベス出現の原因はビートライダーズではなくユグドラシルが嘘を吐いていることを知らないのでズレているのですが)、パティシエとしても客を守り、客を人質に取るという策は拒否、他方で騒ぐ客は追い出すなど、仕事上の筋は通しています。
ただ、子供の遊びに「これが本物の世界の厳しさ」と言って乱入してくる時点で大人げないことも事実であって……

それから、『クウガ』が時代('97年の神戸連続児童殺傷事件など)を反映して殺人鬼の恐怖を描いていたのを踏まえて、「今怖いもの」として「天災」を扱っているのだとか。
「天災」はライダーの流れとしては異質なものを感じていましたが、「震災以後」という時代を自覚的に踏まえた結果というなら話は明瞭です。

はたまた、チーマたちがインベスゲームを繰り広げるというアイディアの理由を、

虚淵 (……)「シリアスなお話で」というオーダーでしたが、錠前で変身してフルーツをかぶるシリアスなヒーローがどうにも想像できなくて。さらにそのヒーローが人々を救うなんていっても全然信用されないだろうと思ったんですね。だから、いっそもうこれは導入部だけは「おもちゃです」と言い切って、子ども達の中に放り込むしかないぞと。
 (『仮面ライダー鎧武ザ・ガイド』、星海社、2014、p.97)


とか。
変身ギミックとストーリーが必ずしも一致していないことはままあるように思うのですが、真面目な話です。
ただ、これは以下の話と考え合わせるとなかなか興味深い。

虚淵 仮面ライダー1号こと本郷猛の時代からヒーローというのはみんな、頼れるお兄さんでした。対して、子どもの立ち位置は「少年ライダー隊」であり、ヒーローに守られる側でした。でも実際には子どもがおもちゃのベルトで遊んでいるわけです。だとしたら「自分がベルトを巻く側だったらどうする?」という物語にすべきじゃないかと考えました。
 (同書、pp.99-100)


繰り返し言っているように、「未熟なヒーローの成長」そのものは極めて伝統的な題材ですけれど、『仮面ライダー』においてそれが前面に出なかったことが多いのは確か。そこにはもしかしたら、「等身大のヒーローの成長を描く物語は別にある」という住みわけもあったのかも知れません。
そもそも初期の仮面ライダーは「大人がライダーごっこをしているような」(ひこ・田中氏の表現による)チープさゆえに親しまれた作品なので、その辺のギャップはあまり問題にならず、『クウガ』のような作品では「頼れるお兄さん」を前面に出すパターナリズムが強化されていました。
でも、実際にライダーベルトを巻くのは子供――この点を念頭に置いた作品作りというのは、歴史的に新たな一歩となるかも知れません。

それに、貴虎について、彼は自分の正義のために「いろんなものを諦めている」けれど、「実はひとつでも諦めた瞬間に正義を語る資格はなくなってしまう」(同書、p.99)という箇所。
私は『フォーゼ』の時に論じましたけれど(「君の正義と俺の正義は違うか」参照)、問題は必ずしも、Aの正義とBの正義が対立するという相対主義的状況だけではありません。そうした相対主義は、「それぞれの正義」を確固としたものとして前提しています。
けれども、自分の正義を貫こうとする中で自分に対する誠実さを裏切っていたと気付く場面も、あるのではないでしょうか。
貴虎がそのことに気付けるか、と同時に、紘汰が大切なものを諦めずに正義を追求し続けられるかどうかも、見所でしょう。


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(2013/12/11)
鎧武乃風

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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