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二人の悲劇と希望――『ニーベルングの指輪2 神々の黄昏、そして――』

本日は祖母の七回忌がありました。
大学があるので、法事を終えたら夕方には実家を出て、京都に戻ってきました。

 ~~~

さて、本日取り上げるライトノベルはこちら。
ワーグナーの同名オペラのライトノベル化、これにて完結です。
ちなみに、当初は昨年12月くらいに発売が予定されていたのですが、1月2月と順延されついに今月になりました。編集者公式ブログによれば理由はイラストレーターの急病とのこと。

ニーベルングの指輪2 神々の黄昏、そして―― (一迅社文庫)ニーベルングの指輪2 神々の黄昏、そして―― (一迅社文庫)
(2014/04/19)
六塚 光

商品詳細を見る

 (前巻の記事

しかし、いかにしてこの最終部をライトノベル化するのかは、多くの困難が予想されるだけに興味深いところでした。

繰り返し説明しておきますが、ワーグナーの『ニーベルングの指輪』は序夜と第1~3日で計4日間かけて上演される大作で、本作は1巻が第2日「ジークフリート」、そして今回の2巻が第3日「神々の黄昏」に相当します。ジークフリートを主人公にしたため、彼の出生以前の出来事である序夜と第1日は回想の形で挿入したのです。
……しかしすると、1巻は見事に主人公とヒロインが困難を打ち破り結ばれてハッピーエンドになっていたのですが、この2巻で彼らを待ち受けているのは――原作通りならば――悲劇なのです。
しかも、主人公が別の女に篭絡されて破局した末の。
悲劇的な筋立てのライトノベルはままありますが、そこにいわゆる寝取られまで絡むとなるとなかなか希少なハードさになります。

さらに、その点を差し引いても、原作通りでは話として成立しない部分があります。
ワーグナーの『指輪』の主人公はヴォータンです。彼は当初、最初から報酬を踏み倒すつもりで巨人族の兄弟ファーゾルトとファーフナーに城を建てさせるなど自らの権勢のためには手段を選ばない人物(悪党)で、アルベリヒの作った指輪を奪ったのもその力を求めてのことです。
そんな彼が最後には自らの滅びを受け入れる物語なのです。
そして、神々の黄昏を迎えた後、人間たちの他には、序夜の冒頭の登場人物であるアルベリヒとラインの娘たちだけが残り、ある意味で振り出しに戻ります。

対して、この六塚版ライトノベルはあくまでジークフリートを主人公にしています。そのジークフリートが途中で死んで、その後で神々の黄昏が訪れてもカタルシスもへったくれもありません。
さらにこのライトノベルでは、ヴォータンは「来るべきラグナロクを避けようと努力している」ことが強調されており、原作ほどの強欲ではありませんし、対してアルベリヒは指輪の力で九世界の征服を目論んだという魔王のごとき扱いです。
最後にラスボスだけが生き残る、では悪い冗談にしかなりません。

そこでどうしたかと言うと――確かに大筋は原作通りの悲劇で、前巻のハッピーエンドを見事覆してくるのですが、それでも上述の問題をクリアすべく上手く工夫しているのが分かります。

とりあえずあらすじとしては、ギービヒの領主グンターとその妹グートルーネがジークフリートとブリュンヒルデに助けられ、それぞれがブリュンヒルデとジークフリートに一目惚れしてしまいます。
しかし、ジークフリートとブリュンヒルデはすでに夫婦。なんとか二人を別れさせてそれぞれの惚れた相手を我がものにしようとグートルーネは陰謀を巡らします。
そして、ここに絡んでくるのが、グンターの義弟でアルベリヒの息子のハーゲン。彼はブリュンヒルデの持つ指輪を狙っています。この六塚版オリジナルの点として、ハーゲンは1巻で先行登場しており、今回は彼のリベンジという要素も入ってきます。

言い添えておくと、ここでグートルーネがジークフリートに盛る「記憶を失わせ、惚れさせる薬」、これはワーグナーが複数の作品で使っている小道具です。このご都合主義なアイテムと、前回はミーメの謀殺を読心能力で見破ったジークフリートが今回はあっさり嵌められるいい加減さは、シェイクスピアにも通じるワーグナーの乱暴さです。
しかし、これはワーグナーのオペラならば力づくで通せても、ライトノベルだとご都合主義で読者を呆れさせるところ。
この点に関しては、ジークフリートに力を与えたファフナーの血を、魔物を生み出したりもする強力な魔法のアイテムとして扱うことでそれなりの説得力を与えています。

かくしてジークフリートとブリュンヒルデの間は引き裂かれ――というところまでは、概ね原作通り。
その上、前半ではしっかり二人がイチャイチャしているところを描くことで、悲劇を引き立たせます(何しろサービス――入浴――シーンも積極的に一緒に入ってたりするくらいですし)。

ただし、本作はここから、かなり希望を感じさせる展開と結末を見せます。

最大のポイントはおそらく、ブリュンヒルデがヴァルキューレとしての力を失っていないことでしょう。
ワーグナーの原作では、ブリュンヒルデはヴォータンに叛いた罰として、眠りに就かされた上、目覚めさせた男にかしずくよう定められます。
かくして、そのブリュンヒルデを目覚めさせるのがジークフリートなのですが、戦場を駆ける戦乙女がその力を奪われることと「夫にかしずく」ことがセットになっている辺り、家父長制的な設定です。女が結婚して家に入ることと、戦乙女として外を駆ける強さは相容れないという。
その点、この六塚版においてブリュンヒルデは、力を取り戻した上、ヴォータンの意に反し自らの意志でジークフリートと結ばれるのです。
敵の手に落ちたジークフリートを助けるべく、失意の底から剣を取って立ち上がる戦乙女ブリュンヒルデ。可愛くてカッコいいヒロインとして十分な魅力を見せます。

他方で、ヴォータンよりも自由な男であったジークフリートが、グートルーネの手に落ちてその自由さを失ってしまうという構造は原作通りであるばかりか、薬によって記憶を封じられている様が夢の中で網に拘束されているイメージで描かれることにより、実に分かりやすく強調されています。
ヴォータンもこう言うほど。

「哀れなものだ。記憶をなくした人間は、ここまで愚かになれるのか……」
 (六塚光『ニーベルングの指輪2 神々の黄昏、そして――』、一迅社文庫、2014、p.167)


けれども、そのままで終われないのがライトノベルの主人公です。

繰り返しますが本作は、ライトノベルのバトルファンタジーらしい熱い展開も見せつつ、悲劇としての大筋に変わりはありません。それでも、エピローグまで含めると、暖かい読後感を与えてくれます。
そして、悪役たちはちゃんと滅び、ヴォータンの没落(つまり、タイトルの「神々の黄昏」たるラグナロク)に至っては基本的に物語の関心事の外。あくまでジークフリートとブリュンヒルデの物語として締め括ります。

ヴォータンの意のままにならぬ自由さを見せたジークフリートも、指輪の呪いがもたらす運命には逆らえませんでした。
もちろん、ヴォータンもラグナロクという定めには抗えません。
そもそも北欧神話というのは、戦いの末に神々が巨人族と相討ちで滅びてしまうという奇妙な神話です。
その後に来るのが人間の時代であるのなら、その時にこそ、人は神話の定めから逃れられるのかも知れません。
本当の愛と希望はそこに――そんな感じで締めてくれました。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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