オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
池袋に咲く広島の人情――『メイド喫茶ひろしま』
2週後の後半討論など、まだやることはあるのですが、ひとまず更新再開させていただきます。
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というわけで、今回はこちらのライトノベルを取り上げさせていただきます。
また「ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ」の新作です。
![]() | メイド喫茶ひろしま (1) (ぽにきゃんBOOKSライトノベルシリーズ) (2014/05/03) 八田 モンキー 商品詳細を見る |
主人公は広島で勇名を馳せたヤンキー少女・滝本多麻(たきもと たま)。
熊をも倒すといわれる腕っ節と情の厚さで知られた彼女ですが、東京・池袋で喫茶店を経営していた祖父の銀一(ぎんいち)が病気で倒れて意識不明と聞いて急行、高校もやめて銀一が戻ってくる日まで店を受け継いで経営することを決意します。
そこに通りすがって多麻に一目惚れした名門高校に通う美少女・遠山葉月(とおやま はづき)も多麻を助けて副店長になってくれるのですが、その結果、葉月の主導により店はメイド喫茶に……
けれども多麻は祖父・銀一の大切にした店のカラーは譲らず、店名も「メイド喫茶ひろしま」に。
おまけにメニューにも載っていない手製のお好み焼きを客に進めるなど無茶をしますが、彼女のお好み焼きの腕と、誰とでも話を弾ませられる人情家で明るいキャラクターがメイド喫茶に合わさり、独特の店として人気を博し始めます。
その後、店の経営をさらに上向かせるため人気No.1キャバ嬢・美濃川咲夜(みのがわ さくや)の引き抜きを図ったり、その関係で池袋のヤクザ物と悶着を起こしたり色々とありますが、基本は情とご都合で解決する人情物です。
型破りで豪快だけれど人が良く誠実な多麻が痛快です。
後は、広島ネタ――とりわけ、主人公の通り名「赤ヘルの多麻」にも表れているカープネタの多さも特色です。
男は凄みつつも、内心ではひるんでいた。自分はさきほどのパンチを手加減したつもりなどない。にもかかわらず、目の前の赤髪の少女は――まるで二〇一三年に二塁手最多捕殺の日本記録を塗り替えた菊池涼介がセカンドゴロを拾うように――難なく自分の拳をその手中に収めているではないか。
(八田モンキー『メイド喫茶ひろしま』、ポニーキャニオン、2014、p.14)
ネタとしては説明過剰で文章のテンポが悪い気はしますが、知らない人はこれくらい説明されないと分からないでしょうし――
「ウチは鉄鯨高校二年A組、滝本多麻じゃ! 身内に手ぇ出すやつは、ササラモサラにしちゃるけんな!」
その言葉を聞いて、井上が興奮した様子で言う。
「で、出たぁ! 『赤ヘルの多麻』の決め台詞、『ササラモサラ』じゃっ! 『仁義なき戦い 完結編』において松方弘樹演じる市岡輝吉が発した言葉で実際はまったく使われていないマイナー方言『ササラモサラ』とはすなわち『無茶苦茶』という意味じゃが多麻さんは微妙に使い方を間違えているっ……!」
(同書、p.17)
ギャラリーが長々と説明するのはきわめて漫画的ですが、わざとらしいことをあえてやるというギャグとしての効果もあります。
後半、広島ネタとこういうコントのなくなった戦闘シーンは普通で、かえって物足りない感もありましたし、これは結構大事な本作の色だったのかも知れません。
ただ、気になるのは、後半に行くほど多麻の考えなしな面が目立ち、ほとんどが葉月のお陰、葉月の物語という印象で終わりになることです。
元々多麻は経営のことなど分からず、多くを葉月に頼っていましたし(もっとも、そこに多麻の型破りさが合わさって独自の店になるのが面白いところですが)、「たまたま身内に問題解決の鍵を握る人がいました」という類のご都合主義も悪いとは限りません。
ご都合主義は一つの魅せ方になり得ます。本作の場合、たまたま身内に重要人物がいたなら、その人物がいかなる想いで協力してくれるのかという「人情」の部分が見せ場になります。
しかし、多麻の人物像そのものにブレを感じるとなると話は別です。
多麻は初登場時、チンピラをぶちのめして中学生を助けた後、チンピラたちに上司のところへ連れて行くよう頼み、中学生にもこう言っていました。
「おめえらも来え。こういうんは、きちんと終わらせんと後々引きずるけんな」
(同書、p.18)
「後々にお礼参りがあるかも知れないので、ケンカをしたら相手のボスと話を付ける」――多麻は学こそないものの、こういう付き合いのやり方を知っている人間だったのではないでしょうか。しかし、多麻が中盤以降でこの対応を見せていれば、終盤のいくつかの危機は回避できたでしょう。
それではドラマにならない――と言うのであれば、それは逆境に陥らせるために都合に応じて登場人物の能力を下げる負のご都合主義です。
「よくできた偶然」の方のご都合主義ならば、いくら確率が低くてもあり得ることという意味で理解できますが、都合に応じて登場人物の能力が下がるのはそれ以上に筋が通りません。
第一、いくら苦境を乗り越えるのがドラマだからといって、無理矢理に陥らされた(本来は陥る必要のない)苦境では盛り上がりようもありません。
ついでに言うと、敵の方にも問題があります。銀行が頭取の縁故で無担保で金を貸した挙げ句に頭取が変わるとガラの悪い取り立て屋を雇ってくるとか(扱いとしてはサラ金と変わりがありません)、取り立て屋が支援で店の邪魔をしに来るとか(支払いの収入源となる経営を邪魔してどうするのか)、とにかく器が小さい連中がいるのです。
「てめえが考えてるほど大人は甘くねえ! てめえみたいな小娘ひとり、池袋から消すなんざわけねえんだ!」(同書、p.218)とある人物は言いますが、大人が子供に勝っているのは嫌がらせをする能力の大小だけですかそうですか。
少なくともそのレベルのことならば多麻は分かっている人間ではなかったのか、という点まで含めて、疑問に感じます。
――とまあ、色々と言いましたが、多麻の痛快さは中々楽しめました。特に前半は。
ところで、広島弁少女と言えば『修羅の門異伝 ふでかげ』のさっか(作者の地元だとか)。
同作者の前作『海皇紀』のアグナも同じような口調でしたね。
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