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統治性と親の欲望――『下ネタという概念が存在しない退屈な世界 6』

今回取り上げるライトノベルは――発売から1ヶ月経ってしまいましたが――こちらです。
性表現が帰省されたディストピア世界を舞台に、夥しい下ネタでコメディトークを繰り広げつつも権力を問うこの作品もすでに6巻目となります。

下ネタという概念が存在しない退屈な世界 6 (ガガガ文庫)下ネタという概念が存在しない退屈な世界 6 (ガガガ文庫)
(2014/05/20)
赤城 大空

商品詳細を見る

 (前巻の記事

毎回表紙のインパクトも強烈なこのシリーズですが、今回は下ネタとしても妙な方向に凝っているというか何と言うか……作中の場面とも関係ありませんし。

内容に関しては、前巻から続いている部分が大きいので、前巻のネタバレを含まないわけには行きませんが……

前巻の最後で、政府は「性知識に触れることで感染し、子供ができなくなる」という奇病「こうのとりインフルエンザ」の存在を発表、一気に教科書にも掲載します。
そして「こうのとりインフルエンザ」の治療施設と称して、人工授精施設「ラブホスピタル」を全国に設置。
卑猥な表現物の単純所持を禁じる条例も、全てはこのための布石でした。

そこで持ち出される「証拠」が、「インターネットが普及して青少年が性知識に触れられるようになったことと、出生率の低下が相関している」等という、関連するその他あまりにも多くの要素を無視したお粗末な代物。
しかし、これは今までの性表現規制に一つの筋を通すものであり、お粗末であろうとデータを持ち出されていることから、信じる人も少なくなく、「SOX」の性知識流布活動は決定的な痛手を受けます。
何しろ、「性知識を持つことによる害」なるものをエビデンスをもって示されたら、エロ画像をバラ撒き性知識を語っても、人はそれに触れようとはしなくなりますから。

これまた、いかにも世相を反映した内容です。
最近では、たとえば原発事故による放射能被害を巡っても、随分と「科学的根拠」なるものが振りかざされ、議論になりました。
しかし、それによって人が死んだか無事だったかという結果以前に、実際に放射能が検出されるに従ってどんどん緩くなる基準値のどの辺に科学的客観性があるのでしょうか。
それでも、「科学的根拠」なるものは振りかざされ、持ち出されると説得されてしまう人も一定数いるのです。

ついでに、いきなり教科書掲載という強引さも、まるで国定教科書のごとく政治が教科書に口を出したがる動きを連想させます。

というわけで、今巻はプロパガンダによる情報戦という色彩がいっそう強まります。
明らかに大人の差し金で、子供たちがラブホスピタルを支持して「私たちは性知識に汚染されたくありません」と訴える場面など、どこかで見たようで身の毛がよだちます。

そしてここでも相変わらず、複数勢力の異なる思惑が渦巻いています。
「ラブホスピタル」設置を推進したのは、金子玉子と、彼女の率いる組織「セクシャリティ・ノー」です。

金子玉子&ソフィア
 (赤城大空『下ネタという概念が存在しない退屈な世界 6』、小学館、2014、p.59)

上が金子玉子。……文中でも品がないとか散々な書かれ方をしているものの、霜月氏のイラストだとそれを超える圧倒的なインパクトですが……

さて、ラブホスピタルの実態は単なる人工授精施設ではなく、同時に遺伝子操作を行い、デザイナーベビーを作り出す施設です。
しかもそれは、一般利用者も知らない内に行われ、さらに一部の特権階級は人よりいっそう優れた子供を授かる権利を持っています。

「昔から子供は親を選べない、なんて子供を哀れんだりしますけどねえ、逆を言えば親だって子供を選べなかったわけです」
 それはソフィアだけでなく、PTA幹部たちにも向けた演説のような口ぶりだった。
「しかしこれからは、親が子供を選べる時代になります。もちろん、《ラブホスピタル》の実情を知る、ワタシたちのような一部の上流階級の人間はその他の無知な一般市民とは違い、ホスピタルの職員に命じてより優秀な子供をつくってもらえます」
 子供を、オーダーメイドのブランド品かなにかだとでも思っているのか。
 唖然とするソフィアにかまうことなく、金子は続ける。
「《ラブホスピタル》は一般市民の子供たちに一定以上の優秀さを保証する素晴らしい施設です。そしてその施設を導入するために必死に活動してきた立役者であるワタシたちの子供により優秀な才能が、繁栄がもたらされるのは当然のことです。優秀な子孫の活躍によって、素敵で綺麗な世界の総説に奔走したワタシたちのその後も安泰でしょう」
 (同書、p.64)


もちろん、現実にはデザイナーベビーといっても、そうそう意のままの子供を作れるわけではありません。
その点に関しては作中世界の技術の進歩は現実と違うのでしょうが、「どこまでできるのか」を別にしても、出生前診断という「命の選別」やデザイナーベビーの孕む倫理的問題は、一概には語れない複雑さを持っています。

ただ、ここに見える親の欲望の歪みについては、詳論を俟たないのではないでしょうか。

 要は誰もが皆、イエスの母マリアになりたいのだ。
 自分の子々孫々が優秀であれば、理想的なスペックを持った天才であれば、その親である自分も優秀で敬われるべき人間として見てもらえると、そういう論法だ。
 それこそバカらしいと、《羅武マシーン》は断言できる。
 子供は、私たち大人の不出来や不道徳や不始末をなかったことにするための道具ではないのに。
 自分がなれなかった理想の姿を子供に押しつけて。
 自分が払拭できなかった汚点を子供に清算させて。
 そうやって立派に育った子供の姿を鏡に映った自分の姿だと錯覚して、それで自分が理想の人間になれたのだとほっと胸をなで下ろすのだ。
 これまでの自分に、そんなにも自信が持てないのか。
 (同書、p.74)


各層の思惑の違いには注意する必要があります。
多くの市民は命の選別という実態を知らないまま、「こうのとりインフルエンザ」の治療施設としてラブホスピタルを利用します。
金子たち実態を知る層は、他人よりも優秀な子供を“注文”する権利を持ち、優秀な子孫を持つことで自分たちの一族の繁栄を勝ち取ろうとしています。
他方で、錦ノ宮祠影は「セクシャリティ・ノー」と協力して現体制を作り上げた立役者ですが、彼の目的はむしろ、性表現をダシにした情報の統制にあります。とは言え、徹底した性知識の規制を行う以上、生殖の問題にまで踏み込むのは必然なので、これまで協力してきたのは当然のことでした。
ただ、作中ではすでに金子と祠影の権力闘争も描かれているくらいで、両者は一枚岩ではありません。

一方では生まれてくる子供の質の管理、すなわち生殖の管理を通した権力掌握という目的があり、他方には情報管理を通した権力掌握という目的があります。
ただいずれにせよ、問題になるのは未来の世代をいかに手中に収めるかであって、それゆえに必然的に、子供は自由と権利を奪われ、手段化されるのです。

さらに、金子たちに関しては、長期的な権力闘争の意識と、優秀な子供を持つことによって自己愛を満たしたいという浅ましい思いとが混在している節もあります。
少なくとも、多くの――ラブホスピタルの実態を知らされているレベルの――有力者たちが金子と「セクシャリティ・ノー」に同調しているのは、後者の浅ましい思いを掻き立てたから、という面が大きいでしょう。

そんな親世代の欲望から子供を守るという教育の意義はこの世界では見失われ、権力に教育が蹂躙されています。

しかしここまで話が大きくなると、前巻の最後で不破さんが感じた通り、事態は高校生の革命家である主人公たちの手に負える範囲を超えつつあるのも事実。
そんな中、今回物語の中心に立つのは、アンナの母親にして今までは性表現規制の中心人物であったソフィア・錦ノ宮(上で引用したイラスト下の人物)です。
彼女は性表現規制派ながら、子供を工業製品のように生産するラブホスピタルという施設には嫌悪感を感じています。それはもちろん矛盾を孕んでいるのですが、しかしおそらく、こうした矛盾は珍しいことではないのでしょう。

そこで、今までは敵であったソフィアと主人公たちはいかにして、いかなる形で共闘できるのか――これが今回ストーリー上の山場です。
一介の反体制派学生に過ぎない主人公たちが、いくばくかの人脈と資源を最大限に活用して、国を揺るがす権力闘争に食い込む、そんな困難なシナリオを描いているのはさすがです。

もっとも、内心自分の正しさと敵と悪を信じてやまない綾女は、清濁併せ呑む道を行き、最大の敵とも手を取り合える狸吉との間に溝を感じ、(おそらくは、一人勝手に)引こうとしている感がありますが……その辺の人間関係もどうなることやら。

個々のキャラクターに関して言えば、ソフィアの存在はアンナの運命にも大きく関わってくるでしょう。
アンナはあまりにも性知識を知らないがゆえに、それを卑猥と知らないまま性欲を暴走させ、最近の狸吉に対売るストーカーぶりはますます危険なものになっています。
しかし、彼女が「卑猥」を知り、自分のやってきたことが淫らで「正しくない」ことだったと知った時、どうなってしまうのか、自分を保つことができるのか――これは狸吉ならずとも、危惧しないわけにはいかないことです。
母親のアンナは、今のところ娘は「健全」で立派な娘だと信じていますから、子供が不出来でも同じように愛せたかと言われると、自信を持って答えることができません。
けれども、いつか実態を知る時が来るでしょう。その時にソフィアが、どんな有り様になっていようと娘を受け入れてやれること――おそらくアンナの救いは、そこにしかありません。


権力自体が一枚岩ではなく、権力者自身、自分が何を掌握して、それがどんな結果をもたらすのか、見通せていない部分があります。だからこそ、そんな亀裂から体制が動く余地も出てくるのでしょうそして権力は単に上から下に押し付けられるのでもなく、市民全ての動きがそこに関わってきます。
そしてそんな中で、親の欲望は強力なカードとして権力装置に取り込まれます。

ここにおいて、どんな子供であろうと生まれてしまった子供を受け入れ、自分で知識を得て判断する権利を認めるのか、自らの欲望と理想のために子供を意のままにしようとするのか――それはまさしく、将来の社会に対する、決定的な立場が問われるところなのです。


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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
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