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かつての王、今は愛玩物――『熊の歴史 〈百獣の王〉にみる西洋精神史』

今回は珍しく学術書の紹介でもいたしましょう。
ただ、分野は私自身の専門ではなく、歴史の研究書です。

熊の歴史 (単行本)熊の歴史 (単行本)
(2014/03/10)
ミシェル パストゥロー

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著者は歴史学の中でも、紋章学と呼ばれる分野の専門家です。
この分野は当然、紋章の図柄に使われる動物等の扱いにも関わってくるのですが、著者によると一時期は時代遅れとされていた分野で、中でも動物図像の扱いなどは博士論文や学術書のテーマにならなかった、とのこと。今では状況は変わりつつあるようですが……

本書の原著はフランス語で、原題は『熊 堕ちた王の歴史』とでもなりましょうか。
タイトル通り、西洋においてかつて、熊は「百獣の王」だった、と言います。
古代ゲルマン人には熊を崇拝し、熊になりきってその力を取り入れようとする習慣がありました。先史時代の洞窟壁画に関しても、そこに「熊崇拝」を読み取ることに関しては厳しい批判もあるのですが、著者は、先史時代人が熊を象った図像や彫像を何らかの儀礼のために扱っていたことを認めます。

そして、古代から中世にかけて、キリスト教会はこの熊崇拝という異教の風習を根絶すべくキャンペーンを張ってきました。結果、熊は悪魔として扱われ、貶められ、やがてライオンに玉座を譲ります。
その成果あって、近世に入ると熊は愚かで結構な動物というイメージを与えられるようになりました。
しかし現代にあっては、熊はテディベアとして、ふたたび人々に愛されるようになっている――と、有史以前から現代まで、熊の辿ったを踏破して本書は終わります。

なお、歴史学というのはあくまで特定の時代・地域の出来事を扱う学問なので、本書の範囲はヨーロッパ史に限られ、熊というのは基本的にヒグマです。
この辺、実は感覚の違いに注意する必要のあるところで、日本人にとって熊といえば通常ツキノワグマであり、ヒグマは北海道にしかいません。ツキノワグマも山で遭遇すれば恐ろしい存在ですが、ヒグマよりはずっと小さいですし、食性も植物食が主体で、人間を食べるために積極的に襲ってくるなどということはありません。それゆえ、明治期の北海道開拓民は、当初熊の恐ろしさがなかなか実感できなかったとか……

折角なので、本書の目次を通覧しておきましょう。目次を見るだけで結構色々なことが分かります。

畏敬された熊――旧石器時代から封建時代まで
 最初の神?
  描かれ彫られた画像
  頭蓋と骸骨
  熊崇拝の宗教
  少なからぬ奇妙な演出
  熊たちの女神アルテミス
  ギリシア神話からケルト神話へ

 百獣の王
  熊の力
  戦士の勇気
  「ベルセルキール」
  名称の力
  名称に関するタブー
  アーサー「王=熊」
  王に相応しい動物

 人類の祖先
  概観の類縁性
  一二世紀における動物実験
  熊のセクシュアリティー
  熊と人間の女
  精液に関する議論
  熊の息子
  獣性(動物性)の境界線

闘いを挑まれた熊――シャルルマーニュからサン・ルイまで
 野獣より強い聖人
  「北方のライオン」
  聖人の随伴者としての熊
  荷物を担ぎ、犂を引く
  羊を飼い大修道院を建てる
  熊の後継者としての聖人
  新しい暦
  熊の祝祭日から蝋燭の祝祭日へ

 悪魔に引き寄せられる熊
  聖書という(無)根拠
  熊の二人の敵:プリニウスとアウグスティヌス
  悪魔とその図像
  熊を夢に見る
  褐色にして毛深い
  野獣の肌

 ライオンの戴冠式
  三重の遺産
  多義的な象徴解釈
  紋章の誕生
  紋章上の動物史
  ノアの方舟
  君主の動物園
  肉体の復活をめぐって

王位を剥奪された熊――中世末から現代まで
 侮辱された動物
  新しい動物譚
  オオカミ、ライオン、そしてキツネ
  一人の王の失墜
  熊の死
  サーカス小屋の獣
  愚鈍から憂鬱へ
  悪徳に塗れた被造物
  七つの大罪の中の五つ

 君主の想像、夫人たちの幻想
  一四世紀に見る狩猟と精神分析
  シカの栄誉
  新たな標章
  熊とハクチョウ
  熊を愛でる大公
  火炎と体毛
  未開人オルソン

 山から博物館へ
  魔女たちの動物図鑑
  恋する熊
  紋章論から寓意譚へ
  残酷な諺
  「語る図像」
  博物学者たちの困惑
  博物館に幽閉される生存者たち
  民族学者たちのお気に入り
  猛獣の悲惨と苦悩

熊の反撃


これだけ見ても、かつては崇拝された熊が貶められていく過程がよく分かります。
さらに、本文冒頭に掲げられた題辞が、

他のいかなる動物であれ、熊以上に巧妙に悪をなしうる者はいない。
 ((大)プリニウス『博物誌』)

熊、それは悪魔である。
 (聖アウグスティヌス『イザヤ書註解』)

だが人間とのこうした大雑把な共通点は、熊の異常さをますます際立たせるばかりで、他の動物に対する如何なる優位性をも保証しない。
 (ビュフォン『博物誌』)


の三つ。熊を貶めた思想家たちの代表的な名前です。

「名称の力」「名称に関するタブー」というのは、英語なら bear 、ラテン語なら ursus という、熊を表す言葉に由来する名前がたくさんあるという話で、英国の伝説的な王の名前にしてヨーロッパではありふれた「アーサー(Arthur)」ですら、そうだというのです。
著者によると、神話の英雄や王はしばしば、熊の子孫であるとか、熊に育てられたとかいう背景があり、たとえばトロイア戦争を引き起こした王子パリスもその一人だといいます。それと関連して、雄熊は人間の女を攫って孕ませるという伝説が古くからあり、それはキリスト教が熊を性欲という悪の象徴に仕立てる上でも活用され、近代においてはプロスペル・メリメの小説中でも活用されている話も興味深い。

「人類の祖先」というのは、古代以来、人間に近いとされてきた動物は猿、豚、熊の三つであるという話。
これは蹠行性(かかとまで足の裏を地面に付けて歩く)や、手でものを持てるといった性質に由来します。
この点に関しても、「神の姿にかたどって」作られた人間を被造物の中でも特別と見なすキリスト教神学は、いずれの動物をも真に人間に近いと見なすことを拒絶し、そして進化論の登場により人間の親戚は猿に決まりました。
他方で、現代の再生医療の研究では豚と人間の(系統上の近さではなく、形態の)類縁性が新たな脚光を浴びていますが、この点でも実験動物にならない熊は遠くなったようで……

他にもテディベアの名の由来がセオドア・ルーズヴェルトであるとか、興味深い話は満載。
記録資料、図像、文学と数多くを当たった、大変興味深い歴史研究の大著です。


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そう言えば、ライトノベル『魔弾の王と戦姫』の主人公ティグルの父親の名前もウルス(フランス語で「熊」)で、2巻でティグルは熊の毛皮を被って顔を隠した状態でウルスと名乗り、最近8~9巻で記憶喪失になった時にも唯一思い出せた「ウルス」の名で呼ばれていました。
これもこうした西洋の風習を踏まえた話で、狩人の一族にとって強さを象徴する名であることは、想像に容易いことです。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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