スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

等身大ヒーローという枠の型破り

『仮面ライダー鎧武』ですが、前回、斬月(貴虎)に惚れて「メロンの君」と読んでいた凰蓮が、今の斬月は貴虎でないことに気付いていました。
今週(6/22)放送分では、そのことを聞いた湊耀子が、今の斬月の正体は光実だと気付きます。
彼女は貴虎がヘルヘイムに消え、残された斬月のゲネシスドライバーを光実が手にするところを見ているのですから、気付いて当然です。
とは言え、光実がチーム鎧武の皆から信頼されていることをよく分かっている彼女は、皆の前で光実の正体を指摘しても信用されないことを理解していてそれはせず、ただ、二人きりになったところで光実を問い詰めます。

「なぜあなたがここにいるんだ。これ以上僕の居場所を邪魔しないでくれ」という光実に対し、耀子は言い放ちます。「あなたにはとっくに居場所なんてない。人を騙し続けてきたあなたに」

光実は今でも紘汰たちに信用されており、彼の「嘘」を耀子のような余所者が指摘しても、彼の立場は用意に崩れることはありません。
それでも、周りを騙し、嘘で塗り固めて自分の居場所を確保しているという負い目は、自分自身が誰よりもよく知っているだけに、誤魔化せません。そしてその「嘘」を知る者が入ってくることで、負い目は一気に表面化します。
いくら周りから信用されていても、騙しているということは、結局自分の方から壁を作っていることであり、そういう者はつねに孤独です。

そんな光実は、フェムシンムのレデュエと結託、知恵の実を手に入れるのに協力する代わりに、レデュエが支配者となった暁には人類の支配権を譲り受ける、という約束をしています。
レデュエの曰く、フェムシンムの王ロシュオの目的は妃を蘇らせることだけ。そして彼がすでに知恵の実を手にしているのに使わないのは、「どうやって死者に知恵の実を食べさせたらいいのか分からないから」。
知恵の実を使わなくとも、妃を蘇らせる手段があれば、ロシュオは知恵の実にはこだわらず譲ってくれるはず……と言うのです。
そのためにレデュエは地球人の技術を利用するつもりのようですが、さて何をするのでしょう。

そしてレデュエは、ユグドラシルタワーにあったコンピュータを解析し、通信網に侵入して、全人類に宣戦布告します(短期間で日本語を覚えたフェムシンムの知能からすれば、たやすいことだったのでしょう)。

これを受けてアメリカは、ついに沢芽市を焼き払うべくミサイルを撃ち込んできます。
しかしそこでロシュオが登場、「ここはレデュエの挑発に乗ってやろう」と言って剣を一振りすると、街中に降り注ぐミサイルが全て着弾直前で空中停止、そして消滅します。

通常、等身大ヒーローの戦闘規模はそう大きくないものと考えられます。
「空爆で敵を殲滅する」という手が使えないのは、敵が人間(じんかん)に潜んでいるからであり、それゆえに敵を一人一人見つけ出して倒すヒーローが要請されるのです。
もちろん、これは絶対ではなく、たとえば後半になると怪人を倒して半径3kmの爆発が起こるようになった『仮面ライダークウガ』なら戦闘規模に関する事情も異なってきますし、またたとえば敵に「通常兵器では倒せない」という類の設定があった場合にも話は変わるでしょう。

しかし、本当に軍隊がミサイルで敵の潜む都市を殲滅しようとするのは、少なくとも『仮面ライダー』としては前代未聞です。
その攻撃を退けてしまうロシュオの力は、「人類の敵わない敵」を決定的に印象付けました。
自然の猛威が敵となっていたことと言い、等身大ヒーロー物に前提にラディカルに挑むことによって、「世界を救うヒーロー」をきちんと基礎付けようとする姿勢は明らかです。さて、この戦いはどこへ向うのか……

そして、ロシュオの力を見た光実は慄然とした後、フェムシンムと協力した自分の正しさを確証し、「居場所なんていらない。支配者になってから、自分の都合のいい場所を作ればいい」と言うのですが……

 ―――

以下は余談ですが、「型破り」というのは決して「否定」や「反対」ではありません
この場合も、「仮面ライダーとして型破りな設定・展開」は、仮面ライダーを否定するものではなく、むしろ「仮面ライダーのような等身大ヒーローはいかにして可能か」を問い詰めた結果ではないでしょうか。

たとえば、ヒーロー物は通常悪と戦っている現役ヒーローを描くものであって、「ヒーローは戦いが終わった後どうなるのか」といったことは主題として持ち上がることのあまりないものです。
そこで現役ヒーローの活躍を描いた物語を「王道」とすれば、「戦いが終わった後のヒーロー」を描いた話は「奇策」です。
しかし「あまりない」は「全くない」ではありませんし、「ヒーローは戦いが終わった後どうなるのか」といったテーマを描くに当たって奇策は王道より優れていると一概に言えるわけでもありません。
「戦いが終わった後どうなるか」は「ヒーローとはどんな存在か」という問いに含まれていて然るべきものであって、そして「ヒーローとはどんな存在か」を問わなければ、王道もまた成立しないからです。

ここで、『仮面ライダー鎧武ザ・ガイド』のインタビューで虚淵氏が「奇を衒った話も書いたけれど、『仮面ライダー』を作るからには王道を書く」旨を語っているといった作品外の事情を持ち出せば傍証になり得ますが、そうでなくとも、『鎧武』がいかに王道でヒーローを描こうとしているかは、作品そのものから読み取られて然るべきでしょう。
だからこそ、王道も奇策も一纏めにして「虚淵玄の作品」という括りから作品を解釈し、「虚淵玄の思想」を読み取ろうとする坂上秋成氏の評論には、いささか賛同しがたい部分はあります。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。