オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
最後に還るところ――『ケモノガリ 8』
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(前巻の記事)
前巻で「クラブ」の本拠地に乗り込んだ赤神楼樹たち。クラブの運営者である七人の「聖父(ファーザー)」は残り3人になっていました。
今巻では楼樹と旅をしてきた仲間のシャーリーが「謙虚(モデスティ)」の聖父、クレア・ゴッドスピードと対決。「クラブ」のトップである「虚無(ホロウ)」の正体と、ローマ教皇との驚くべき因縁が明らかに。
そして何より、「無垢(イノセンス)」のアストライアと楼樹が、最後の対決となります。
楼樹と同年代の少年で、同様に卓越した殺人の才能を持ちながら、人間狩りを行う絶対悪たる「クラブ」の幹部となったアストライア。2巻で登場した時から、クラブと戦う道を選んだ楼樹と対をなす存在であり、最後に決着をつけるべき相手として描かれていました。
今回はついに、お互い相手に勝つために、全てを捨てて挑みます。
もっとも、その「全てを捨てて」が文字通りに過ぎるというか、前巻から描かれていたことですが、意識して記憶を捨てるとか、超人的な戦いぶりとは別の意味でやることが人間離れしてきていましたが……
自らの記憶も過去も、人間性をも捨てて戦おうとする楼樹。しかし彼の幼馴染である貴島あやなは、それでも楼樹が自分の隣に戻ってくることを信じて、彼を呼び戻しに決戦の地に向かいます。
最終章は80ページ以上使って、全てを失い燃え尽きた楼樹の復活を描くことなりますが……
本作は――この最終巻のあとがきでも改めて述べられている通り――ホラー映画のような怪物や圧倒的な暴力を前にして、覚醒した主人公が見事返り討ちにしていくという、ある種この上なく子供っぽい発想をストレートに実現した作品であり、それが魅力でもありました。
しかしまた同時に、それに伴うハードさを徹底して描いているのも特色でした。
享楽のために人間狩りを行う「クラブ」の連中はまさしく人でなしという意味での「ケモノ」であり、それを狩り尽くすため楼樹は「ケモノガリ」になりました。しかしその戦いの過程では、「クラブ」のメンバーに雇われた事情もよく知らない兵士のような、必ずしも「ケモノ」ではない人間をも、数多く殺さねばならなかったのです。殺人を憎むがゆえにケモノガリとなった身であればこそ、これは辛いことであり、壊れて「クラブ」の側に入ってしまった方が楽だったのかも知れません。
実際、楼樹と対をなす存在であるアストライアは、殺人に関していかなる葛藤も抱いていません。
オーソドックスなライトノベルの系譜上にある、楼樹による一人称「僕」の語りも、ハリウッド映画的な雰囲気やキャラ造形と独特のマッチ具合を見せていましたが、これも彼が根底においては普通の、朴訥な少年であることを物語る上で効果的だったように思われます。
それほどに戻れない道をひた走ってしまった楼樹が戻ってこられると、あやなは信じ続けました。それは、楼樹のためならいかに途方もない存在をも「何でもない」と見なせるだけの想いがあったからです。
ケモノたちに智と信仰を剥ぎ取られ、輝く者たちがいる――それらは時に善人であり、悪人であり、小悪党であり、非凡な者と凡人たちだった。
ケモノたちに牙を向ける怪物がいる――それは赤神楼樹。ケモノを狩るためにケモノガリとなった者だ。
ケモノたちを、ただの人間として扱う者がいる――それが貴島あやな。彼女は、過たず人間にとって究極の闇だ。
恋心。
そんな、時に人々が忘れ去ってしまいそうな……そして誰もが持つ不変の感情で、あっさりと光を駆逐した。
(東出祐一郎『ケモノガリ 8』、小学館、2014、pp.155-156)
それは他愛もないくらいに単純な想いであるからこそ、他人が畏れを抱くようなものを前にして畏れず、戻れない道を行ったものを呼び戻すことができるのです。
それは楼樹に関しても同じ。彼を繋ぎとめるのは単純な想いです。
かくして、才能ゆえにあまりにも過酷な道を歩み、知られざる英雄にもなった少年は、最後に全てを捨てて、日常に還って来ます。
それを可能にするのは、単純だからこそこの上なく難しいこと――青春です。
楼樹とアストライアの最終決戦の迫力はもちろん、CIAの精鋭たちや、元CIAの老人たちも実に渋くカッコいい活躍を見せた上で見事な完結。満足の一冊でした。
ついでに作者がシナリオライターを務めたゲーム『エヴォリミット』に繋がるネタがありましたが……まあこれはファンサービス程度の扱いでしょうか。
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