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世界を殺し、国際関係を革新する力を求めて――『国家魔導最終兵器少女アーク・ロウ』

今回取り上げるライトノベルはこちらです。

国家魔導最終兵器少女アーク・ロウ (富士見ファンタジア文庫)国家魔導最終兵器少女アーク・ロウ (富士見ファンタジア文庫)
(2014/06/20)
ツカサ

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作者のツカサ氏は、ガガガ文庫から『RIGHT×LIGHT』シリーズでデビューした作家だと記憶しています。

本作は完全に異世界を舞台としたファンタジー作品です。
主人公は小国エルファレス第三皇子エルク・リード。彼はエルファレスと魔導大国フレアリアの友好のための人質としてフレアリアに預けられ、留学生として魔導学院に通っています。
いつか妹のリィンと再会し、そして幼馴染の少女剣士イスカ・カリバーンを「剣」としての役目から解放して「人」にするのが彼の目標です。
しかしある日、エルファレスで政変が起きて状況は一変、エルクのもとにも刺客が差し向けられます。絶体絶命の窮地にあって、彼はフレアリアの最終兵器として作られた「虚人(ドーレム)の少女スピネルと契約してしまいます。
スピネルの力は絶大で、しかも一度エルクと契約してしまった以上、彼なしでは生きられません。この力はチャンス。まずはフレアリア上層部の信用を得るべく刺客の始末に向うエルクですが……

ポイントはまずは、魔法世界における軍事関係と、そこにおける「最終兵器」のポジションでしょう。
エルファレスがかつて滅びた巨神の遺骸(イコン)から巨大で魔法も通じない兵器「虚神(ゴーレム)を開発したことで、情勢は大きく変わりました。フレアリアには遺骸がないため、虚神を作ることはできません。
それでも、フレアリアには国土を焼き払うことの可能な戦略級魔術の使い手がおり、報復が可能であるがゆえに、両国間の緊張を孕んだ「友好」関係は保たれてきたのでした。
ただ、報復のための戦略級魔術はあくまで抑止力、一度発動してしまえば今後の国際情勢に多大な影響を及ぼすので、攻撃のための武器にはならないものです。
しかもこのたび、エルファレスはフレアリアの戦略級魔導士を暗殺するという手で来ました。

そして、「虚人」スピネルは、かつて全ての巨神を殺したという巨神アーク・ロウの魂をホムンクルスに宿した、虚神に大公可能な兵器です。
彼女は等身大の「兵器」であるがゆえに、もちろん暗殺者との戦いも可能です。

主人公の一人称語りで繰り返し強調して使われるのは「正解」という言葉です。
これは多くの場合、「不満や苦汁を飲まねばならないが、それでも“現状では”これが正解」という苦々しさを含んでおり、政争の中で生きてきた主人公のドライで計算高い判断を示しているのでしょう。
彼の最終目標を達成するためには、祖国の政治体制や国際関係を大きく変えねばならず(それは「世界を殺す」とすら表現されます)、一筋縄ではいきません。
そうした状況を前に、エルクは決して現実離れした理想を唱えているわけではなく、現実と向き合ってそれを変革するにはいかなる力が必要か、真剣に考えて取り組んでいます。たとえば、以下のようなやり取りも、そうしたことを示しているのでしょう。

「いや、争いを失くす方法がないと断言するのは早計だろ。方法自体は、いくらでもある」
「何だと……?」
 眉を寄せるイスカに、俺は苦笑しながら答える。
「一番単純なのは、人間を滅ぼしてしまうことかな。そうすれば当然、人間同士の争いはなくなる」
「ふ、ふざけるな!」
「俺は真面目だよ。もちろん、これが“正解”だと言うつもりはない。だが、争いを失くす方法は存在する。そして方法があるのなら、それに必要な力を用意することで実現は可能だ」
 イスカの目を見つめて、俺は断言する。彼女に夢を諦めて欲しくないから、真剣に言葉を紡ぐ。
「俺はイスカが“剣”として戦う必要のない、平和な世界を作りたい。それは人間を滅ぼしてしまうよりも、ずっと難しい目標だろう。けれど、方法はきっとある。俺はその“正解”を必ず見出す」
 (ツカサ『国家魔導最終兵器少女アーク・ロウ』、KADOKAWA、2014、pp.167-169)


ただ同時に、敵側の重要人物もまた、「世界を殺す」という望みを抱いていました――今の世界ではいかないと思うがゆえに。
主人公と敵の間にいかなる差異があるのか、それともないのか。敵は主人公の影、あるいはあり得た姿なのか――

バトルファンタジーとしてはオーソドックスながらそうそうおかしなことはなく読める出来でしょう。その上で国際政治という大きな動きの中でも「力」のあり方というテーマを織り込んでいるのがポイント。
終盤にはある人物の正体が読者に明かされたり(エルクたちはまだ知らないまま)もして、今後への伏線も豊富。

キャラ的にはやはり、子猫のように「マスター」たるエルクに甘え、社会常識に疎く無垢な少女らしさを見せるスピネルが売りでしょう。

しかし――

同時に平凡な印象があるのも事実。
魔導学院にしても、魔法の実習という特有のものはありますが、魔法以外の授業――たとえば体操服に着替えて体育――もあり、学食で昼食を食べ、人目をはばかる話とあれば屋上に……と、現代日本を舞台にしたライトノベルで限りなく見てきた学校風景そのもので、あまり異世界の匂いがしません。
別に、西洋風の世界だからといって学校も西洋風――たとえば『ハリー・ポッター』に描かれるイギリスの寄宿学校のような――にせねばならないと言っているわけではありません。ただ、こういうところにその世界ならではの空気を感じさせるかどうかが、世界観の作り込み具合の表れるところでもあるのです。

作中の国際政治にしても、目立っておかしなところはありませんが、どこか薄味さを感じます。
一つには、あくまでエルクとフレアリアの長老議員といった、個人同士の取引に留まっている感が強いせいかも知れません。
だから、「“人は裏切るもの”と思っている相手にいかにして信用させるか」という個人心理のドラマになってしまいます。
エルクがスピネルとの契約によって得た力があくまで個人の心に関するものである点も、その方向性を強めます。

皇子であるエルクもその他の登場人物も、基本的には支配者の立場にある人物ですが、それに対する支配される民衆のことは、この作中には読み取れません。
それは単に、具体的な庶民の生活やそれを代表するような人物が描かれないというだけでなく、多くの民衆の生に対して責任を担っているという支配者の立場やその自覚も描かれません。
エルクにとって妹と幼馴染のことが第一というのは理解できますが、物語の全体がその範囲を出ないで良いのかはまた別問題です。

「政治」とは「〔下に立つ者が上を〕政(まつ)り〔上に立つ者が下を〕治める」という相互作用であって、そうした実質的な力が描かれていないと、どうも形式的な印象を与えてしまうのです。


なお、表紙に描かれているスピネルの衣装、前がけのような布面積の少なさでギリギリの露出度ですが、本文イラストはさらなるきわどさ。裸の美少女が添い寝をしていた、という場面では裸の上に開脚していたりします(何の場面なのかと思いました)。
絵としては良いと言えば良いのですが……


RIGHT×LIGHT―空っぽの手品師と半透明な飛行少女 (ガガガ文庫 つ 2-1)RIGHT×LIGHT―空っぽの手品師と半透明な飛行少女 (ガガガ文庫 つ 2-1)
(2007/10/18)
ツカサ

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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