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全ては下部構造(下着)から始まる――『パンツではじまる世界革命』

今回取り上げるライトノベルはこちらです。一迅社文庫の新作です。
作者の来歴は分かりませんでしたが、少なくとも同名義での過去作品は見当たらず、小説家としてはこれがデビューなのでしょうか。

パンツではじまる世界革命 (一迅社文庫)パンツではじまる世界革命 (一迅社文庫)
(2014/07/18)
綾野 陽一

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主人公は女子高生愛好家の男子高校生(本名不明)
茨城県の東常鉄道に乗ったところ、乗り合わせた結城剣子(ゆうき つるぎこ)という美少女(なぜか東北の名門女子校の生徒)と共に異世界に飛ばされてしまいます。
元の世界に戻る方法は提示されており、そのためには戦う必要があるのですが、主人公の目的は別のことに向けられます――パンツを開発するという目的に。
そう、この世界の衣服には(下着の)パンツが存在しないのです。

異世界召喚、そしてパンツが存在しない中世風のファンタジー世界でパンツを作る話というと、思い出されるのは『巨竜城塞のアイノ』です。
ただし、『アイノ』は現代の数学・科学知識を活かした主人公の活躍がメインだったのに対し、本作『パンツではじまる世界革命』は、明らかにもっとパンツに重点を置いています。
また、比較的現実の中世を踏まえた『アイノ』の世界(まあ、「大砲はあるけれど当たらない」世界で主人公が数学知識を活かして弾道計算するのもご都合主義ではありますが)と異なり、本作の世界はステータスが数値化され、戦って経験値を溜めることでレベルアップするRPG的世界観です。

そして、パンツが問題になる背景にも違いがあります。
『アイノ』の場合、「女が股に布を当てるなどとんでもない」という思想的・習慣的理由で、主人公がパンツを作ってもヒロインが拒否するのに対し、本作の場合、最大の問題は、良い布がないという物質的制約です。
その分、思想的に拒否されるということはなく、パンツはむしろ積極的に受け入れられます。まあ、この異世界に召喚される人間は定期的にいるという設定で、主人公と一緒に召喚された剣子に加え、もっと以前に召喚されてこの世界に住み続けている服屋の少女・小袖といった現代日本出身者もいるので、それだけでパンツの需要はあるわけですが、異世界人(それもモンスターなので裸が状態)の少女に「ノーパンは恥ずかしいことなんだ」と教え込むことにあっさり成功する辺り、文化の壁については無頓着にも見えます。

ただ、これは必ずしも「パンツを穿くという現代文化を自明視した結果」ではないかも知れません。やたらとパンツにこだわる主人公が変人であることも一読した明らかなわけですし。
むしろ考えてみると、私たちは衣服の問題を心の問題として考えることに慣れています。
何しろその気になれば衣服は選び放題の社会にあっては、たとえばパンツではなくふんどしを着用している人がいたら、それは信念の問題だと考えるのが普通でしょう。

『スカートの下の劇場』で上野千鶴子はフェミニズムの社会学者らしく、「下半身の管理」という権力関係の視点から(他の論点も多々ありましたが)下着を論じました。
そうした論が興味深く、意義あるものだということを否定するわけではありません。
ですが、あるものを判断する以前に「ないものはどうしようもない」という物質的制約に着目することも、シンプルながら重要なのではないでしょうか。まずは下部構造ありきです。

そうした下部構造を変革するために主人公が行うのは、商業であり交易です。
ここでポイントなのが、人間の「アイランド王国」、魔法使いの「魔法帝国」、そして「モンスター部族連合」という三つの勢力が争っている世界観です。未知であった相手との交易は時に世界を劇的に変え、広げます。
「プロジェクトX」ばりのパンツの完成シーン、そこから街が発展し、社会構造や政治的な勢力関係まで劇的に変化していく有り様は、まことに小気味良いものです。現実の産業革命が繊維産業から始まったことは作中でも触れられている通りで、まさに歴史の転機を見る思い。


他方で気になるのは、こういうある種現実的な題材に対して、上述の通り世界観は極めてゲーム的であることで、これは相応しいのかどうか、と最初は思いました。
しかし、読んでいると分かってきます。

パンツ開発とそのための商売に精を出している主人公は戦いませんから、経験地を溜めて強くなることもありません。
このゲーム的世界観にあって戦い、レベルアップして強くなり、騎士として頼りにされるまでに至るのは、ヒロインの剣子の方です。
彼女もアクティブで適応力があって、主役に相応しいイニシアティブと魅力があります。

当初、元の世界に戻るために戦う彼女は主人公については「何を考えているのか」と呆れ、二人はほとんど独立して活動しています。
とは言え、彼女も自分が帰った後に残される主人公や小袖のことを考え、情勢を変えたいと思っていますし、他方で経済的に世界が動けば武力の出番も出てきます。
決して示し合わせたわけではないのに、二人のどちらが欠けても成り立たない形で世界を動かす様はW主人公と言う感じで、二人の間に独自の信頼関係も感じさせました。


そしてここでもパンツは要です。
上では、本作の関心事は心の問題よりも物質的な下部構造と言いましたが、衣服に関わる心の問題が描かれないわけではありません。

 ならば股引(ズボン)でも穿けばいいようなものだが、剣子は学校の制服を着て戦うことにこだわっていた。なぜなら、彼女にとって制服は現世の象徴だからだ。もし、それを脱いで戦ったら、そのまま《アイランド》の住人になってしまうのではないか? 元の世界に帰れないのではないか? そんな恐怖にも似た気持ちを剣子はいだいているのだ。
 (綾野陽一『パンツではじまる世界革命』、一迅社、2014、p.164)


古参の被召喚者である小袖がセーラー服を着続けているのも――彼女の場合「帰ること」は諦めているとはいえ――同じような心理あってのことかも知れません。
そして、「女子高生」とのその「制服」に異様なこだわりを見せる主人公は、きっと最初から、そうしたアイデンティティにおける衣服の意義を理解していたのでしょう。
そこで痒いところに手が届くがごとく必要なものを用意されれば、信頼する気持ちも芽生えようというものでしょう。


随分と褒めてきましたが、設定に関して引っ掛かる点が多いのは事実。
たとえば、主人公のスマートフォンを取り込んだスライムが日本語を理解できるようになるのですが、スマートフォンの日本語アプリと言ったって、コンピュータそのものが意味を理解しているわけではないでしょう。
仮に、大量の用例を集めれば意味が推測できるとしても、スマートフォンに蓄積されているのはせいぜい単語であって、例文集ではないと思うのですが……この世界の「スマホ」は我々の知るものより高性能なのかも知れません。
さらにはスライムとも(当然、日本語とも)別の言葉を話している相手に対する通訳まで果たすのは謎です。スライムの言葉からすると、スマートフォンにデータのあった地球の言葉(英語など)に比較的近かったから解析できた、ということだと思われますが……

スライムが「ここ《アイランド》は、お二人がいらっしゃった世界におけるファンタジー系RPGとどこか似た世界です」(同書、p.52)と説明する辺りに至ってさらに違和感は強まります。なぜ向こうの世界の住人がこちらの世界の知識を前提として話をするのか。
あえて考えるならば、日本語を習得するということは、同時に日本語で話されている様々な事柄に関する知識をも得る(そうでなければ日本語ができるとは言えない)ということなのでしょうか――その知識もスマートフォンから。

他にも色々ありますが、設定の粗探しを長々と続けようとは思いません。
ただ考えてみると、上の一連の疑問点は「主人公が優れた通訳を得る」という展開に関するものです。これはストーリー上極めて重要な意味を持ちますが、設定上の無理は少なからずありますし、第一そうなったのは全くの幸運な偶然、要するにご都合主義です。
しかし、ご都合主義は武器になるのです。

障害(たとえば言葉の壁)を“いかにして”乗り越えるかはご都合主義でクリアして、乗り越えることができたということを活用してどこまで突っ走ってくれるのか――それもまた、一つの魅せ方ではないでしょうか。


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パンツと言えば、全くの余談ですが、以下のインターネットページは「腰布」を三種類に分類しています。

 パンティーはいつ頃から穿くようになったの? 歴史の中のエロティカ

そのうちの一つは長い三角形の布で出来上がっていて、それぞれのコーナーに紐か幅の狭い布地が縫い付けてあります。 この紐はウエストの回りにめぐらされて結びれます。布の一部は両足の間からそれを覆うように持ち上げられて腰紐に挟み込むか、そうでなければ腰紐に結び付けます。

別の種類は、スカートのようなもので、布地を腰の周りに巻きつけるように数回めぐらします。これを帯で留めるわけです。 暖かい気候では、腰布がただ一つの衣類ということになるかもしれません。その場合には下着とは言えないかもしれませんね。 しかし、寒い地域では、腰布は人の衣類のなかで基礎的なものになり、他の衣服によってカバーされることになります。

3つめは、長い一本の布地からなるもので、日本で「六尺」と呼ばれているものです。文字どうり、引き伸ばすと長さが6尺になるのでそう呼ばれます。 先ず、腰の周りにこの布地を巻き締め、それから両足の間を通して、最後に、初めに巻いてできた腰のバンドにたくし込むようにして留めます。


日本語の感覚で言うと、形状としては一つ目が「パンツ」、二つ目が「腰巻」、三つ目が「ふんどし」ではありますまいか。

しかしその直後に「ブラジャーおよびパンティーの発明も古代のギリシア人にまで、さかのぼることができます」と書いているのを見ると、著者はこの三つを総称する「腰布」に近い意味で「パンティー」と言っているように思われます。
さらに次の項で、丈の長いドロワーズのことを「パンティ」と呼んでいるのはもっと明瞭です。

日本語の用法としては違和感があるのですが、これはカナダ人である著者と日本語話者の感覚のズレか……

形状の上での「パンツ」と「ふんどし」の区別にこだわり、「磔刑のキリストが穿いていたのはどんな下着だったのか」といった(多くの人は一生に一度くらい気にすることがあっても深入りしない)テーマを追究した米原万里氏の『パンツの面目 ふんどしの沽券』を読んだ後だと、余計に気になります。

ついでに、「ドロワーズの布面積の小さいパンティの間には断絶があり、前者の布面積が減っていった結果が後者ではない」旨の上野千鶴子氏の主張も、一定の説得力があるのですが……「ある時代にこんなものがあった」ということと、「それが現代にどんな影響を及ぼしているか」は別物であることもあるので、これまた難しい問題です。

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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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