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その声は届くのか――『ミス・ファーブルの蟲ノ荒園 3』

発売からちょっと遅くなりましたが、今回取り上げるライトノベルはこちら、『ミス・ファーブルの蟲ノ荒園』7ヶ月ぶりの新巻です。

ミス・ファーブルの蟲ノ荒園 (3) (電撃文庫)ミス・ファーブルの蟲ノ荒園 (3) (電撃文庫)
(2014/07/10)
物草純平

商品詳細を見る

 (前巻の記事

ちなみに今回は2ヶ月連続刊行ということで、次の4巻は来月(8月)刊行予定。
内容も完全に前後編で、「続く」となっています。

今回、慧太郎たちは学園の聖歌隊の公演でパリにやって来ます。
何ぶんヒロインがファーブルなので今までの舞台は主として南仏でしたが、やはりフランスを舞台としているならば一度はパリに行かねば。
しかし、政治の中心地でもあるパリは、それだけ政争や陰謀に近いところでもあります。史実でもこの時代のフランスは革命が連発していた激動の時代である上、この世界には「蟲(ギヴル)」がいて、「裸蟲(ミルメコレオ)」たちの国際テロ組織「ブリュム・ド・シャルール」が暗躍しています。
物語の定型からしても慧太郎たちが事件に巻き込まれるのは当然。
しかも今回は、「ブリュム・ド・シャルール」の幹部が複数出向いてきて、フランス首相ティエールやルイ・ナポレオン・ボナパルト派の連中も絡んでくる壮大な事件です。

後半はブリュム・ド・シャルールの襲撃による大規模な殺戮と戦いになり、慧太郎も同じ示現流の分派たる剣客――それも途方もない大物――と対決することになります。

ティエールにルイ・ナポレオン、私立探偵ヴィドックと実在の人物も数多く登場する本作ですが(ちなみにファーブル以外性転換はありません)、今回新たに登場するのはチャールズ・ダーウィン。自然選択説を唱えたかの学者です。
「蟲」という異様な存在の出現は進化論的にどう扱われるのか、という点から考えてみても、登場したら面白かろうと思われた人物ですが、期待に応えてきました。
史実での『種の起源』の刊行はもっと後年ですが、それを言うならファーブルの『昆虫記』も同じですし、学者仲間に対してはすでに自説を語っているという設定ですね。
ファーブルが自然選択説に対し批判的だったという事実も踏まえて、アンリとは論敵同士。おまけに本作のダーウィンは変態で、個人的にも極めて相性が悪そうですが……

作中年代は1840年、史実ではペリー来航よりも前なのですが、「蟲」のために一足早く日本が開国しているという設定ですね。著作の出版といった小事から政治的事件という大事まで、総じて歴史が早まっている節はあり。
ただいずれにせよ、この時期のフランスが激動の時代なのは確かな事実。フランス革命を体験した世代もまだ生きている時期で、本作中でも、クロエの祖父はその時期のことに関わっている人物のようです。マリーアントワネットの名前も出てきましたし。

史実で二月革命が起きてフランスが第二共和制に移行するのは8年後ですが、歴史がその通りにならなさそうなことは今巻を読めばほぼ確定で、まさに今が歴史の転換期なのかも知れません。

慧太郎はあくまで「剣」であり、では彼を「振るう」主に相応しいのは誰か、という問いも作中に出ています。
慧太郎は世界に四つしかない「蟲天の瞳(エレクトロン)を宿した人間で、「ブリュム・ド・シャルール」の求める最重要人物というその存在の大きさを考えれば、その「主」とは、これからの歴史を、世界のあり方を決するような人物となる可能性すらあります。

さらに、本作において人間が「裸蟲」となるのは「シメーラ」という「蟲」に寄生されることによって――とされていますが、実は寄生前のシメーラは発見されていません。さらに大きな疑問を抱かせるのは、前巻で登場した、人間を裸蟲に変える「魔本」の存在。
いかなる魔術的な効果のある本だろうと、読むだけで蟲という物理的なものがどこから入ってくるというののでしょうか。
これは、むしろ「シメーラ」は元々人間の中にいて、それが目覚めるのではないか、と推測するには十分な要素です。

これはそれこそダーウィンと対決する価値のある、この世界における「人間とは何か」に関わる問題です。

――われわれはどこから来たのか。われわれは何者か。われわれはどこへ行くのか。


――と、盛りだくさんで物語も大きく動く今巻ですが、話の焦点はまずは、主要キャラクターたちそれぞれに突きつけられる「それで、これからどうするのか?」という問い――作者の言葉に従えば(これからの)「道」です。
前巻の件を経て、慧太郎とアンリに、貴族の娘で学園では級長のクロエ、それにサルデーニャからの留学生マルティナを加えた4人グループになっていました。

ミス・ファーブル3巻 口絵
 (カラー口絵より。後列左からクロエ、マルティナ、前列左から慧太郎、アンリ)

このグループ内でも、慧太郎の性別や「ブリュム・ド・シャルール」の陰謀により手配中であることを初めとして、お互いの秘密を誰がどこまで知っているのかは複雑なことになっているのは、今巻冒頭でも語られている通りですが……。

しかしこの内で、マルティナが「ブリュム・ド・シャルール」と通じていることは、すでに前巻の最後で示されていました。
そして今巻では、クロエの婚約者が登場。女同士だと想っていながら慧太郎に想いを寄せるクロエの心情もありましたが、事態はそれに留まらず、彼女の貴族としての生き方までが問われることになっています。彼女の祖父は「ムシ殺し」の悪名を取り、裸蟲に暗殺されたとされていますが、その時の真相は。そしてそれを知った彼女はどうするのか。

何より、慧太郎に突きつけられる問いです。
彼は甘くて青臭く、しかもそんな自分の青臭さと偽善をよく自覚した上で、皆の「救い」を求めてきました。
敵をも理解して受け入れようとし、できれば殺さずに済ませ、殺さざるを得ない場合にも、手を汚す痛みを逃げずに引き受けようと。
偽善と言われ嘲笑われようと、そうした足掻きにはきっと価値があります。

『おや。あの「楽園」という台詞が、そんなにお気に召さなかったのかい?』
 まさか。いいユメだと思う。胸に抱く価値があるユメだと。それを嗤う資格は誰にもない。
 ただ常識的な判断だけで「子供じみた願いだ」と、そう口にしてしまえる人間はきっと闘争を知らない。傷を負ったことがない。無念と苦痛と慟哭を経て、それでもなお手を伸ばさんとする人間の尊さを、おそらくは一生をかけても理解できない。
 (物草純平『ミス・ファーブルの蟲ノ荒園 3』、KADOKAWA、2014、p.168)


けれども、(単に力不足によってではなく、原理的に)その手の及ばない者を前にしては、どうなのでしょうか。

『ヌシが言いよる方法っちゅうんは、結局、ヌシに理解できる範疇の者しか救わんのじゃろうが? 世んなか「善良に生きるこつ幸せば繋がらん」うつけもおるぞ』
 慧太郎は思わず反駁の言葉に詰まった。致命的な矛盾を突きつけられた気がしたからだ。
 お前がいくら足掻こうとも、この世には絶対に救えない者たちがいる、と。
 敵のように泣く泣く切り捨てるしかない少数ではなく、秋津慧太郎が救いたいと願うその輪のなかに、そもそも初めから入れない者たちがいるのだ、と。
 (同書、p.279)


自分の限界と矛盾を突きつけられて、彼はどうするのか――

ちなみに、蟲愛ずる魔女であるアンリも、人間を助けるために泣く泣く蟲を殺さざるを得ない場面があり、それは悲しみながらも敵を斬る慧太郎と重なる場面なのですが、決して蟲は会話したり人間の倫理を当て嵌めたりできる存在ではなく、アンリもそのことが分かっている点に違いがあります。この重なりとズレがどういう意味を持ってくるのかもポイントでしょうね。

そしてアンリも、友との決別に直面します。自分から人間関係に距離を置いていた彼女ですが、友人の存在の重さを感じないわけには行きません。

敵に敗れ、掻き回され、過酷な現実を突きつけられての引きは、それぞれの人物を迷いの内に叩き込んでの引きでもあります。さて、彼らはどうするのか――

少しネタバレになりますが、今巻の段階では「ブリュム・ド・シャルール」におけるマルティナの立ち位置など詳しくは不明ですし、クロエの祖父の真相についても読者には明かされていません。
ただ、この4人の内で去って行ったのはマルティナだけです。次巻では、情報を共有する機会があるでしょう。
もちろん、真に打ちひしがれ迷う人間は「何があったのか」と聞かれても容易には答えないかも知れませんが、しかしそこを何とかするのがカタルシスへの道です。

実際、本作はむしろ登場人物の間で情報を共有させたがる傾向があるように思われます。
過去2巻では哀しき宿命を抱えた裸蟲との対決が物語のメインでしたが、そこでも慧太郎は相手のことを知った上で、肯定し受け入れようとしてきました。相手もまた、「お前は俺のことを分かってなどいない」と言うわけではないのです。そういう場面で対決が可能になっていました。
描かれるのは誤解やすれ違いではなく、認知を共有した上でのそれぞれの人物の考えであり決断であり、それら相互の対決です。

思い起こされるのは、ミハイル・バフチンの「ポリフォニー」概念です――というのが適切なのかどうか、それほど自信はありませんが。

その意味で、それぞれの「道」が分岐し交差する今回の話は、確かに一つの集大成に相応しいでしょう。
もちろんだからこそ、慧太郎の直面した困難――そもそも理解を絶した相手と対話は可能なのか――はいっそう重くのしかかります。ですが、自分の声を相手に届かせるべく彼ら彼女らが足掻いてくれるのに期待しましょう。


バフチン (平凡社新書)バフチン (平凡社新書)
(2011/12/16)
桑野 隆

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愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
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