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妖怪と想いに形を与える――『あやかし飴屋の神隠し』

今回取り上げる小説者はこちらです。

あやかし飴屋の神隠し (メディアワークス文庫)あやかし飴屋の神隠し (メディアワークス文庫)
(2014/07/25)
紅玉いづき

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作者の紅玉いづき氏は『ミミズクと夜の王』で第13回電撃小説大賞の大賞を受賞してデビューした作家。メディアワークス文庫には久々の復帰となります。
私は紅玉氏を作品を2,3しか読んだ覚えがありませんが、少女の繊細な心を描くその手腕は強く印象に残っています。
しかし今作は、作者自身あとがきで述べているように、二人の男が主人公という新境地になります。

全ての話を通した主役と言っていいのは、神社の境内に飴屋を出している二人の青年・叶義(かなぎ)牡丹(ぼたん)
美青年の牡丹は生きる気がなさそうに思えるくらい浮世離れした男ですが、天才的な造形の腕の持ち主で、飴細工で何でも作ることができます。
そして叶義は、妖怪を見ることができるのです。

叶義が見た妖怪を牡丹が飴細工で作ることで、いわば人や物に取り憑いていた妖怪を飴に移し変えるとでも言うべきなのか、妖怪を消したり、あるいは落とすには至らずとも何らかの影響を与えることができるのです。

「そう。あいつらは、形と存在を認識されると途端寄ってくるからな。あんたの傍にも妖怪がいるかもしれない。そいつに形を与えたら、何かが変わるかも知れない……困り事とかあったら、言ってみてくれ」
 (紅玉いづき『あやかし飴屋の神隠し』、KADOKAWA、2014、p.28)


本作は全4章構成になっていますが、前半は妖怪に憑かれた人たちが叶義に出会い、その「妖怪飴」によって何らかの形で人生を変えられる、という物語です。
ただ後半は、牡丹と叶義それぞれの物語になっていきます。

フォーマットとしては、店の主人のような何らかの専門職にある人物が毎回様々な依頼人の問題を――超常現象が関わるにせよ関わらぬにせよ――解決していくというタイプの物語で、『ビブリア古書店の事件手帖』のヒット以降メディアワークス文庫では流行りのタイプの物語になります。

※ ちょうど同時発売の『砂漠のボーイズライフ』に「カフェ出しときゃいいんだよ」とこの手の流行り物を皮肉ったような台詞がありましたが、厳密に言えば舞台はカフェばかりでなく、その他の専門職を主役にした作品も多々見られます。
ただそれでもカフェの印象が強いのは、この系列の作品が『ビブリア古書店』の直接のフォロワーというより、『珈琲店タレーランの事件簿』(宝島社)辺りがヒットしてから多発するようなになったものであることを物語っているように思われます。
「最初の二番煎じ」が一番影響が大きいという好例かも知れません。

フォーマットを語ればそうなりますが、しかし本作の見所は、やはり微細な心情描写による暖かい物語にあります。
妖怪を落としたとして全てが好転するとは限らない――妖怪に与えられていたものもあるのだから――のですが、妖怪からの解放は、心理的な拘束やわだかまりからの解放にも重なります。
それは飴屋の客たちばかりでなく、叶義と牡丹に関してもそうです。
交わらぬ人生を生き、お互いの気持ちが分かるというところからは遠いところにいる叶義と牡丹の関係、そして後悔ばかりだった叶義の人生、そもそも人が真に後悔するのは何なのか――

ですが、どうも物足りなさも残ります。
このフォーマットの作品は短編で様々な依頼人を扱い、やがて主人公の問題に切り込むというのがセオリーではありますが、そのせいで客と主役二人とで話が分散してしまったせいか(何しろ総計240ページ程度と薄い中です)、それともやはり手馴れていない男主人公であったせいか……
前半の飴屋の客たちは概ね女性ですが、そんな彼女たちの心情、たとえば仕事が好きで打ち込んできた女性の、それで手が荒れるのは受け入れつつも、それでも「綺麗な手に指輪を嵌めたい」といった心理描写は、心の微細な襞と女の情念を見事に印象付けるものでした。その意味で、作者はやはり女性を描く方が得意なのでしょう。
しかし作者の手腕を感じるほどに、いずれにせよもっと描き込めたはず、という印象も残ります。

それから、「妖怪」に関する考え方ですね。
本作に登場する妖怪は本作のオリジナルです。「妖怪」にとって伝承という要素がどのくらい重要なのかというのも議論になり得る点ですが、そこは措きましょう。
そして、物語の前半において妖怪は叶義にしか見えず、牡丹が飴にしてくれなければ周りの人間には認識できません。それに叶義も牡丹も、別にお祓いの専門家とかではないのです。彼らがあやることは妖怪に(一般人にも認識できる)形を与えるだけです。
形のない妖怪に形を与えることで何らかの変化を起こし、憑いているものを落とすこともできる――これは“妖怪”というものの観念的な捉え方を思わせます。
形のない観念やら想いやらが人に取り憑いて色々と厄介な事態を引き起こすのですが、ひとたび形を与えれば与しやすくもなる、これは――怪奇現象を信じるか否かに関係なく認めることのできる――確かな事実です。

が――本作の終盤で叶義の物語になると、人格を持った妖怪との交流という要素が入ってきて、これまたちょっとついていけないものを感じました。
妖怪を直接見ることのできない一般人にとってと、叶義にとってでは“妖怪”の持つ意義が大きく違うのも当然かも知れませんが――
客たちの話から叶義たちの話に移るに当たって少なからぬ断絶があって、やはりそこが描写・説明不足のように思われます。

雰囲気や細部の描写には非常に良いものがあるだけに惜しいですね。
男主人公であることが結果的にどこまで影響したか確言はできませんし、作者が今後も男主人公を書くつもりかどうかも分かりませんが、でもやはり女主人公でもっとじっくり人物を描き込んだものを読みたい、と思うのでした。


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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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