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「善いこと」――『フレッシュ! プリキュア』最終回

もう何度か言及しましたが、日曜日の朝は『侍戦隊シンケンジャー』『仮面ライダーW』と観ています。その後の『フレッシュ! プリキュア』は観ていなかったんですが、途中からいつの間にか(弟がTVをつけていたためか)観るようになっていました。この時間帯の番組名が「プリキュア」シリーズになってからもう何年も経ちますね。
観ていて思ったこと――変身シーンで髪型も大きく変わるところで、あの『美少女戦士セーラームーン』で、事実上素顔なのに正体がバレない設定だったのを踏まえて手を加えてるのかな、と(あれ、当時観ていて子供心に結構気にはなっていたんですが、まあ突っ込まないお約束なんだろうな、ということも分かりました)。せめてシリーズ他作品でもそうなっていたかを確認しておかないと、何とも言いようがありませんが(それに、いずれにせよ間近で話したらバレますよね)。

その『フレッシュ! プリキュア』も今日で最終回を迎えました。ラスボスのラビリンス総統メビウスは人間を管理して完璧な世界を作るためのコンピュータ――つまりは人の作り出したもの――だったと…まあこの手の設定は割とよくありますね。思い出せるところだと『無敵超人ザンボット3』とか…あるいは『勇者王ガオガイガー』のゾンダーもそういう「人間の弱さを超克するために作られたもの」だったと思います(オタク知識にしてもあまりに偏っているとは思いますが)。
が、しかし、なぜ「コンピュータによって完全に管理され、争いも憎しみもない世界」は倒すべき対象となるのでしょうか。主人公・ラブ(キュアピーチ)の答えは「人間は間違いを犯すけれど、それだからこそ良い」という趣旨のものでした(まあこれも定番ではあります)。
少なくともこの番組の場合、そんな台詞を待つまでもなく、繰り返し描写される「全てはメビウス様のために」と一斉唱和しながら虚ろな目で歩く人々を見れば、(非常にステロタイプだという点はさておき)その辺りの主張はあまりにも明らかでした。

これはアニメやら何やらの定番になっているくらい、分かりきっていること(余程ブラックに徹しない限り、「“完璧に管理された世界”が良い」等という結論は出しようがないのですから)なのですが、繰り返し物語られることには1つの叡智が込められている、とも考えられます(いささか大袈裟な言い方でした)。

次のような思考実験をしてみればよい。悪を絶対に犯しえないような存在者、よってこれまでずっと善のみを実行してきた存在者をMとしよう(当然Mは人間ではない)。Mにとって、自然にしていれば良いことを実行するのだから、自然因果性と自由による因果性とは重なってしまう。Mは責任を問われることがありえないのだから、責任主体としての「人格(Person)」ではない。
 (中島義道『観念的生活』、文藝春秋、p.175)


さらに世界全体が「悪をなしえない」ようになっていたら、人は「善いこと」をなそうという意志を持つこともないでしょう。そこにはもう、善悪などというものは存在しないと言うしかありません。
「善いこと」というのは結果として良い状態になることにではなく、悪をなし、過ちを犯しうる人間が、その上で善をなそうという意志にこそあるのです。
                           (芸術学2年T.Y.)

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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