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生きる意味のため、命を懸けて――『クインテット・ファンタズム』

WindowsWP のサービス終了に伴い、研究室でも我が家でもパソコンの買い換えを余儀なくされました。
しかし、新しいパソコンだと以前のプログラムが上手く使用できないこともあります。そうでなくても、バージョンアップされたプログラムの使い方がすぐには分からなくて、苦労することがあります。
先ほども新たなプログラムを使うために1時間くらい費やしました。

まあ結局、次々と新しいものが出るのは売る側の利益という経済の論理に基づいているから、こうなるのでしょう。
そして、放っておけば必要なものは必要なところに回らない、というのが経済の論理の一大原則です。経済学の教科書には書いていなくても、そうです。何しろ、人は不要不急のものを溜め込みますから。
だから、経済が動くためには、至るところで無駄が必要になるのです。

限られた資源を必要なところに分配するために無駄が必要というジレンマ。

 ~~~

それはそうと、今回取り上げるライトノベルはこちらです。

クインテット・ファンタズム (1) 輝刃の姫君 (富士見ファンタジア文庫)クインテット・ファンタズム (1) 輝刃の姫君 (富士見ファンタジア文庫)
(2014/08/20)
東出 祐一郎

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作者の東出祐一郎氏はゲームのシナリオライター出身の作家で、ガガガ文庫で書いていたB級ハリウッド映画風の長編『ケモノガリ』を最近完結させたところです。

本作の舞台は21世紀半ばの未来世界。この世界では10代の少年少女が「自殺世代(アポトーシス・エイジ)と呼ばれるくらいに、若者の自殺が常態化しています。
主人公の御津神戌意(みつがみ いぬい)は男子高校生。かつて、拡張現実を利用した闘技「ファンタズム」のプレイヤーでしたが、試合で人を殺して依頼、引退していました。
しかし後輩の少女、刻導(こくどう)イミナから「わたくしと共に、『ファンタズム』を戦って下さい!」とせがまれます。
最初は断っていたものの、イミナの想いと才能に惹かれ、指導者兼チームを組むプレイヤーとして復帰することを決める戌意。

設定のポイントはまず、「ファンタズム」が死者の出ることもある危険な競技だという点です。
しかし「自殺世代」の少年少女たちは、まさに自殺衝動を乗り越え、生きる意味を摑むために、命懸けの危険な競技に挑むのです。

そもそもなぜ「自殺世代」などというものが出現した理由は何でしょうか。
それは数十年前から、少子化対策として子供が工業製品のように「生産された」からだ、と説明されています。

 現在、十二歳から十八歳までの若者の七割に両親は存在しない。ランダムに選ばれた男女によって計画的に“生産”された彼らは、生まれたときから政府によって保護され、育てられた。
 子供を産み、育てるのが困難な世の中であるというならば。政府がそれを肩代わりするより他ない。幸いにして、ストレスを一切溜めず、暴力などふるうはずもない、まさに人間以上に細やかな育児を行える“情報体(インスタンス)”という存在もあって、逆ピラミッド形になりつつあった人工をどうにか逆転させることに成功した。
 ――もちろん、その代償はあった。元より、古来の社会的規範を歪ませた計画なのだから。
 (東出祐一郎『クインテット・ファンタズム 1』、KADOKAWA、2014、pp.20-21)


少子化により「労働力が不足するから」、社会のために必要だからと手段として生み出された子供たちは、一人の人間として愛されることを知りません。
1巻中で実際に登場する「情報体」は一人だけで、彼女を見る限り人間的な親しみやすさはありますが、子育てにおける愛情までは定かでありません。
いやそれ以前に、大人たちが「子供は手段である」と考えることに慣れています。
そんな親を持ち、愛されなかった子供たちの絶望が作中でもはっきりと描かれます。
(ついでながら、遺伝子操作で目や髪の色が派手な子供を生み出すのも一般的という設定です)

後書きでも明言されているように、これは命の価値が権力によって押し付けられ、命の価値の差があまりにもあからさまに表明されるようになってしまった世界にあって、逆説的にも死の危険を伴う競技に挑むことで、命を価値を摑み取ろうとする少年少女の物語です。

 自殺世代が最も欲しがるもの。それは、夢だ。何かを成し遂げたい、何かに成りたい、そんな夢を持つこと。それが自殺(アポトーシス)防止への第一歩だという。
 (同書、p.26)


そんな構図がはっきりしてくる後半は実に熱い展開で、なかなか読ませます。
相変わらず主人公が無双の強さ(知る者の間では伝説的な扱い)で、敵に対して非道になれるのも作者らしさは十分です。

また、本作の世界では上記のような事情により、両親不在の少年少女たちが同居していることは珍しくないという設定で、戌意も華々蓮(かかれん)もなむという美少女と二人暮らしです。
お嬢様口調で戌意を忠実に慕う一方で激しさも併せ持つイミナと、戌意とはきょうだいか熟年夫婦のように通じた中であるもなむ、そんなヒロインたちも中々可愛いものです。


しかし――
まず引っ掛かるのは、「ファンタズム」があくまでも拡張現実を利用した「競技」である、という点です。
仮想現実でなく拡張現実なので、(最近流行りのオンラインゲーム物のように)データの世界でアバターとして行動するわけではありません。
あくまでも現実の空間で、生身の人間同士が戦います。
しかし、武装は物理的な破壊力や防御性能があるわけではなく、刃や弾などはほとんどホログラフです。ただし、攻撃が当たればパラメータに応じてダメージが計算され、脳内にある「D(デジタル)受容体」によって相応の痛みを感じさせられます。

それでなぜ死者が出るのか、という疑問が生じますが、その答えが提示されるのは後半~終盤なのです。この辺、どうも話運びに取っつきにくさを感じます。
まず、フィールド自体は現実空間なのですから、高所からの落下などによる事故死はあり得るわけです。
しかも、装備品には武器と防具に加えて「重力操靴(グラビシュティ)があり、これによって空を「飛ぶ」ようなアクションも可能になるのですから、事故の危険性は推して知るべしです。
ただ、この重力操靴だけはバーチャル系の技術でないのが、また違和感がありますが……

そしてもう一つの死因は、痛みによるショック死です。まあ予想はできました。

さらに、本作のストーリー上のフォーマットは学校部活スポーツ物になっています。
「ファンタズム」には個人戦もありますが、タイトルにもあるクインテット――つまり5vs5の団体戦が頂点とされており、クインテット戦は学校単位での出場という制度です。
そして主人公がイミナにせがまれて部活を結成し、仲間を集め、部の存続を賭けた試合を戦う――話としてはオーソドックスな部活物です。
仲間集め編というのは大体面白いもので、それは本作においても当てはまりますが、問題は「部活」という点です。

しかも、ファンタズムは上述の通りの危険な競技でありながら、学校公認の部活スポーツなのです。イミナの兄で生徒会長の零視(れいし)が「ファンタズムは禁止だ」と宣言してきた時でさえ、主人公は“学校に禁止する権限などない”ことを前提として話を進めています。
もっともこの点に関しては、やはり作品世界におけるモラルと価値観の歪さを反映していると読むことはできるでしょう。
何しろ、ファンタズムには装備品を開発する企業の宣伝という面もあり、「スポンサー」が介入しているのです。

 ……話そのものは珍しくはない。学生の引き抜きなど日常茶飯事である上に、他のスポーツのような規制が、(大企業の思惑によって)意図的に撤廃されている。
 高額の札束が飛び交うのも自明の理。弱小高校に突如現れたエースが、三ヶ月以内に極めて高い確率で強豪校のレギュラーとして登場するなど、よくあることだ。
 (同書、pp.339-340)


だから、巨額の金を動かして少年少女を危険な戦いに駆り立てる社会という設定は、理解できるのです。
ただ、それは学校が容認していることは理解できる、という消極的な理由です。
それがが「学校」の「部活」という単位で行われねばならない積極的な理由は――“部活という先入観”を取っ払って考えた場合――何かあるのでしょうか。

こうしたことを積極的に推奨する社会の異常さを描く、という面を考えても、疑問に思います。
それに本作は――いやそもそも、おそらくは作者のスタイルとして――主要登場人物の生きる価値を懸けた戦いという実存的問題に重点があって、社会の異常性を描くという点ではまだ弱い感もあります。

つまるところ、生きる意味、自らの命の価値を得るため「命懸けの戦い」に挑むという設定の方が本作の要と考えられます。とすると、拡張現実を用いて部活という単位で行われる「競技」という設定は、それに相応しいのかどうか、です。
場外乱闘まであるのですから、なおさらです。
私にはどうもしっくり来ませんでした。


後書きにによる本作の世界観は同作者の『オーギュメント・アルカディア』と共通とのことなので、おしかすると拡張現実技術そのものの設定は本作の筋から要請されたものではなく、それゆえにこうしたちぐはぐさを感じるのかも知れませんが。

オーギュメント・アルカディアオーギュメント・アルカディア
(2013/03/19)
東出祐一郎

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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