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多くを背負って、ただ二人の絆を頼りに――『穢れ聖者のエク・セ・レスタ』2,3巻

今回取り上げるライトノベルはこちらです。
2巻を読むのを先送りにしている内に全3巻で完結してしまいましたが……『穢れ聖者のエク・セ・レスタ』です。

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 (1巻の記事

本作は20世紀末のヨーロッパにおいて、魔法と巨大ロボット「輅機(ロキ)という力を手に入れて世界征服に乗り出したフィガロ魔皇国を相手取り、魔皇国に併合された亡国スィグアの皇子であるシリュウと、やはり魔皇国に併合されたアメア公国の姫と魔皇国皇帝オルドネスの間に生まれた娘であるエトラが繰り広げる復讐劇です。

巻頭に掲げられる世界地図が完全に現実の世界地図準拠であるというのは珍しいポイントでしょうか。

穢れ聖者のエク・セ・レスタ 地図

皇帝オルドネスに対抗する力を得るべく成り上がりを目指し、1巻では第五皇女ディーヴァを失脚させてセツキガルド州総領事という地位にまで上り詰めた二人(正確にはエトラが総領事で、シリュウはその部下という扱いですが)。
2巻では、第二皇子クロードと第四皇子ローランが皇帝オルドネスに対しクーデターを起こし、その鎮圧のためにエトラも召集されることになります。
しかし、クロードたちの急襲により一度は捕らえられ、バラバラに脱走することになる一同。シリュウとエトラはそれぞれに、今は魔皇国に忠実にクーデターを鎮圧するのか、それとも反逆した皇子たちに付いて皇帝を討つのか、決断を迫られることになります。
お互いの絆を信じ、二人が道を分かつはずがないと信じながら、しかし二人の道は分かれ……?

本作におけるフィガロ魔皇国の皇位継承順位は武勲によって変動するという設定で、したがってそれは魔法と輅機を操る能力に大きく依存します。大摑みに言えば上位の皇族ほど強いと考えて良いわけで、この2巻で上位の皇族が出揃った上に大部分が退場というのは、すでに話を畳みに入っていることを感じさせるに十分でした。
そればかりか最後では、シリュウの盟友であるはずの第三皇子ゼウルが敵に回ることも示唆されました。

そして3巻では、ゼウルがシリュウの故郷スィグアの人間――元々政治犯ではありますが――を虐殺することを宣言します。
ゼウルは第三皇子でありながら、シリュウの復讐心を知って、その上で支え、戦う力をも与えてくれた人物でした。彼ならば統治者としてもそう無法はしない、と信頼できる人物でもありました。しかし今回は何故か――
というわけで、盟友との対決。さらには皇子と敵対すれば、叛意は公然のものとなります。もはや隠れて牙を研いでいる時ではなく、一気にオルドネスとも対決せざるを得なくなるのですが、オルドネスは全て見通していて……

大物の悪役というのは威厳が求められます。あまり下衆な行いは小物のすること、という面はあるのですが、本作のオルドネスは主人公の母親を陵辱し殺すなどどうしようもない外道でありながら、底知れない恐ろしさを孕んでいて、ラスボスに相応しい存在感があります。
それだけに追い詰められた絶望感も、打ち破る爽快感もありました。

そんな中で、2巻ではようやくタイトルにあるエトラの「神代の詩(エク・セ・レスタ)も発動するのですが……
本作において、オルドネスとその子孫は「フィガロの系譜(フィガロエルヴェ)と呼ばれ、彼らだけが魔法を使うことができます。中でも「フィガロの系譜」各人に固有の最強魔法が「神代の詩」ですが、その習得にはこれまた各人固有の「捧貢(ほうぐ)を集める必要があります。
しかし明らかになったエトラの捧貢は、これまた何ともえげつないもので……
「愛の力で」とかいう方向には行かず、むしろ他者の犠牲の上に力を得ることを余儀なくされるのが、彼女らの背負っているものの、もはや投げ出すわけにはいかない重さを物語っています。

実際、シリュウとエトラは復讐のために血塗られた、破滅的な道を行くことを覚悟してはいますが、さりとてオルドネス一人を殺せば全て終わり、とは思っていません。オルドネスの後に変わらず非道な皇族が後継者になっては意味がないのであって、母国の民たちが平穏に生きられる治世を築かねばならない、という統治者の一族としての目的意識があります。
けれどもそれは同時に、復讐という目標を達成したら後は知らない、と言って逃げるわけにはいかないことをも、意味するのです。

3巻では故郷スィグアの民が、団結してフィガロ人に立ち向かうどころか、あらぬ方向に――シリュウにも――暴力を向ける浅ましさをも、シリュウは見せ付けられます。
救おうと思っていた民がこれでは、何のために動けばいいのか――

それでも、二人が道を分かちそうな時でも、絶望的な状況でも、目標すら見えなくなりそうな時でも、必ずシリュウとエトラの絆に帰着するのが、本作の見所です。

台詞回しも、ことシリュウの台詞は何かと気取った感じですが、それも雰囲気を表しています。

 居室の窓を雨粒が打っている。しかしやはり、陽が室内に射していた。
 (……)
「どうかしらね。けれど親しみのわく天気ではあるわ。晴天で欺いておきながら、裏では雨粒で大地を穿つなんて」
「まるでどこぞの負け犬と女狐だな。いや、大地を穿てるほどの力は無いか」
「それもそうね。この神秘的な空は嫌いではないけれど、そう思うと妬ましいわ」
 エトラが苦笑し、窓の外を見やった。
 シリュウも窓に近づき、空を見上げてふと思い出す。
「神秘的か。どの土地の人間でもそう感じるのだろうな。極東の島国ではこの天気のことを、狐の嫁入りと呼ぶらしいぞ」
「狐の……嫁入り? あら。お義兄様はずいぶんと大胆なことを言うのね」
 唐突にエトラがくすりと笑った。……何だ?
「驚いたわ、女狐の前でそんな話を始めるだなんて。ところで私が女狐だと知っている男はお義兄様だけなのだけれど、あなたは私を誰に娶らせるつもりなのかしら?」
「な――?」
 (新見聖『穢れ聖者のエク・セ・レスタ 2』、KADOKAWA、2014、pp.47-48)


どこか洋画的な印象を受けますが……
しかし、――シリュウの気障なのは素というのも事実でしょうけれど――二人きりで本音を打ち明けていてもざっくばらんにはなれない辺りが、聖女の皮を被った女狐を気取りつつ純真な普通の少女であるエトラのキャラとも対応し、また二人の絶妙な距離感を反映してもいます。
「世界で最も美しい少女が、その手で自分に触れている」(3巻、p.111)なんて極端な表現も、世界でただ一人、全生命を賭けて支え合う相手を前にしての心情を反映したものとして、納得できる流れがあるのです。

――と、筋はブレがなく、その軸になるキャラクターと人間関係は大変に魅力的な作品です。
1巻を読んだ時には、どこまでが主人公の策略でどこまでがイレギュラーなのか分からないせいで、そもそもどこにハラハラすればいいのか分からないという問題を感じましたが、2巻だとだいぶ良くなっているというか、主人公も含めて腹の内を明かさないのが、腹に一物ある連中同士の駆け引きとしていい味を出していたように思います。
持ち上げて落として、二転三転する展開も楽しめました。

ただネックは、やはりリアルタイムで起こっている出来事の描写、とりわけ戦闘描写です。

「それに、やっぱり俺には慈悲なんざ無えよ。なんせ俺は今度――――」

 乱射――!

 ターミナルに響く射撃の轟音。ロビーの方から兵士が四人現れた。
 (『穢れ聖者のエク・セ・レスタ 2』、前掲書、p.148)


これ、映像に置き換えてみると、場面は容易にイメージできます。
「ゼウルの台詞が終わらない内に銃声が鳴り響いた」(※)といった文言を極力削り、体言止めにして、眼前で起きている出来事を実況風に伝えたいのかも知れませんが、やはりその流れをただそのまま綴っているという感が強すぎます。
それでいて擬音を使わないのはこだわりかと思われますが、あまり成功しているようには見えません。これならば「乱射――!」のところを銃声を表す擬音にした方が、まだ良いのではありますまいか。

※ 実は「今度―――――」の後の台詞はちゃんと発言され、エトラもそれを聞いているので、「台詞は途切れた」とか「掻き消された」は相応しくない場面です。

「境界面から押し寄せる歩兵。それを斬る。斬る、斬る、斬り伏せる」(同書、p.92)とか、「攻防一体の連撃の応酬。打ち合う刃。飛び散る火花」(3巻、p.76)といった表現は、さらに内容的にも貧困です。
文章でスピード感や迫力を伝えようと思ったら、映像をそのまま実況するだけでなく、時に一瞬の出来事の説明に紙面を費やすなどの労力と文の緩急も必要です。

だから、本作は映像化すれば映えそうですが(イラストの色調も非常にアニメ的ですし)、しかしこれは必ずしも褒め言葉にはなりません。小説として発表するからには文章として魅せねばならないのです。

こうした戦闘シーンの難は、物語上のカタルシスをも少なからず削ぎます。
長所を伸ばすべきか短所を直すべきかという古典的な議論に関しては、状況に応じて色々な意見があるでしょうが、ただ一つ「長所を活かす妨げになるような短所は直すべき」というのは、確かではないでしょうか。
この点に関して、全3巻の内であまり向上が見られなかったのは残念です。

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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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