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友情と恋の狭間で、困難な想い――『この恋と、その未来。 -一年目 春-』

今回取り上げるライトノベルはこちらです。
6月に出た作品で、その時に買っていたはずですが、ずいぶんと先送りになってしまいました。

この恋と、その未来。 -一年目 春- (ファミ通文庫)この恋と、その未来。 -一年目 春- (ファミ通文庫)
(2014/06/30)
森橋ビンゴ

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今回は早速内容の話に入りましょう。
主人公の松永四郎(まつなが しろう)、父親が不在がちの家にあって母親と三人の姉に虐げられる暮らしから逃れるべく、広島にある新設の全寮制高校へと進学します。
しかし、寮で彼のルームメイトとなる織田未来(おだ みらい)性同一性障碍者で、身体的には女性でした。未来を「男子生徒」として受け入れてくれる学校を求めて、この学校に入学してきたとのこと。しかも、特別扱いは受けたくないということで、四郎以外の生徒にこのことは秘密です。

姉のことがあって女の苦手な四郎に対し、人格的には紛れもなく男で、しかもやたらと女子に声をかけるのに積極的な肉食系で何かと四郎をも女遊びに誘ってくる未来。二人の共同生活が描かれます。
もちろん未来はあくまで四郎に「男同士の友情」を求めているのですが、四郎としては次第に未来を「女の子として」意識し、好きにならざるを得なくなってしまいます。けれども、それを口に出してしまえば、二人の関係は破綻します。
当たり前ですけど、女に見られて喜ぶ男はあまりいないわけで、まして自分の身体が女であることを気にしていればなおさらのこと。その点に関する未来の拒絶反応も丁寧に描かれています。言ってはいけないことを言ってしまって相手が沈黙する時の気まずい感覚など圧倒的な生々しさです。

関係の描写は実に丁寧で、たとえば「固有の文脈を共有しているがゆえに、傍から見ると何でもないことが二人の間ではやけに可笑しい」という場面など、気の置けない相手とバカをやっている時の感覚を巧みに表しています。しかし、それも相手が異性だと思うと、別の意味を持ってしまうのです。
四郎にとって、女相手の苦手意識や緊張感を感じさせず、それでいて身体は女だから異性として意識されてしまうという、未来に対する距離感もまた、絶妙です。

それから、もう一つ注目に値する点として、二人の鏡写しのような関係があります。
姉たちにこき使われる生活から逃げてきた四郎に対し、未来もまた今までの女として扱われる生活から逃げて、男子生徒として扱ってくれる高校にやって来ました。
未来は性同一性障碍だからと言って特別扱いされることを嫌がり、普通に扱われたがりますが、「普通」を求めているのは四郎も同様です。
ここには、四郎の父が滅多に家に帰らない、父親としてはかなり問題のある人物で、おまけに家族のことを実名でエッセイに書いて世間に公開していたりするということも絡んでいます。だから、自分について望まぬことを無闇に暴き立てられたくないという未来の気持ちにも、四郎は共感できるのです。

恋の相手に自分の鏡像を見るナルシシズム的構造は、割とキーになる問題意識のように思われます(同作者のファミ通文庫での前作『東雲侑子』シリーズを読んでいれば、この点についてもう少し何か言えるかも知れませんが……それはまたの機会に)。
求めるものが自分の写しであれば、同性に近い相手に惹かれてしまうのも当然、という面を考えることもできるかも知れません。

とは言え、未来の側からすれば事情は断じて対称ではなく、四郎から未来への「恋」は受け入れられないことを宿命付けられているのが味噌なのですが。
それどころか、友達としての関係すら何をきっかけに破綻するか分からない危うさ。
性同一性障碍という重いテーマを地に足の着いた形で描いているだけに、甘酸っぱい日常の基にあるのは中々にハードな事態です。


ただし――
「こいつは男だ、意識しちゃいけない、好きになっちゃいけない」というのは、いわゆる「男の娘」キャラを前にした主人公の心情そのものです。
未来は「可愛い女の子に見える男」ではなく身体的には女だという違いはありますが、構造的には同一です。
だからその点で本作は、性同一性障碍を「可愛いけれど、好きになってはいけないという背徳感のある相手」という「キャラ」として描いているのではないか、と思えるのです。

もちろん、本作はそれによって「女の子に見える男」という非現実的な存在(現実には、一見して性別不明の人はたいてい女です)に現実的な基盤を与えることに成功しています。
さらに、現実的できわめて重い性同一性障碍という題材とキャラとの間で、もっと言えば厚みを持った人格性を描くこととキャラを描くことの間でのこの独自の塩梅が、本作固有の味を出していることは、否定できません。
その味そのものは、美味いか不味いかと言えば美味いと言いたい。

けれどもそれは、「重い題材を軽く描く」ことと紙一重でもあるのです。

試しに一つ、できる限り悪い可能性を想定してみましょうか。
未来の性同一性障碍が“治って”、二人が恋愛関係に収まることができたら、どうでしょうか。
それは結局、「身体の性に合わせ、異性愛を行うことが幸せだ」と唱えることになります。それは性同一性障碍者がしばしば浴びせられ、そしてまさにそれが不可能であるがゆえに苦しんでいる偏見です。
そうした物語は全ての性同一性障碍者に不快感と絶望を与えることでしょう。
それはちゃんとファンタジーとしての基盤を作らずに現実的基盤の上にファンタジーを接ぎ木しているという意味で、悪しきご都合主義なのです。

もちろん、本作の中でもそれが不可能であることは、随所で示唆されています。
未来の“女”として扱われることに対する強い拒否も、現に女として男と付き合うことが不可能であったことも。
だから、そこまで悪くはなるまい、もっときちんと描いてくれるだろう、とは思います。
それでも、性同一性障碍がキャラとして描かれている節のある軽さは、若干気にかかります。この重さと軽さのバランスは、一歩間違えば相当に危険なのではないか、と。

こう言うと「政治的正しさ」が問題になっているかのようですが、私としても文学は「政治的に正しくないもの」を描いても良い、とは思っています。
ただ、「そうしただけの甲斐があるがどうか」は常に問われるべきことでしょう。

まあまず、本作はサブタイトルに「一年目、春」とあり、通常なら目次のあるはずのページにも「一年目、春」の一言しかありません。
何年目までやるのか分かりませんが、まだ物語は序章ということでしょう。
だから、「この題材をこういう風に描いた甲斐があったかどうか」はこれからの展開次第です。

そしてそれは、「主人公とヒロイン(と呼んでいいのかも問題ですが)が普通に結ばれることが不可能ならば、どこに落としどころを持ってくるか」、四郎を主人公とした青春小説として見るならば「失恋を運命付けられた恋を描ききれるのか」という、これまたライトノベルとしてはなかなかきわどい問いに直結しています。


なお、イラストで見ると着衣の未来が男で通せそうなのはいいんですが、逆に四郎は女装できそうと言うか、未来が「凄いイケメン」で四郎が「イケメンじゃない方」というほどの差を感じないのは……まあ、あまりとやかくは言いますまい。

この恋と、その未来 カラー口絵
 (カラー口絵より、左が未来)


東雲侑子は短編小説をあいしている 電子DX版 (ファミ通文庫)東雲侑子は短編小説をあいしている 電子DX版 (ファミ通文庫)
(2013/12/13)
森橋 ビンゴ

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