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本当に「暇だ」ということ

実技の彫塑が終了しました。
今までの実技でやった課題で、ヌードなんかは(モデルさんのことも考えると)公開しにくいし、自画像は…別に困りはしないんですが色々と考えると…といった具合で何もお見せしませんでしたが、これ位なら、と公開してみます。これも生身のモデルさんがいますが、まあ肖像権に触れる程のものではないでしょう、多分。

彫塑 首


一度、首の周辺の胸部分まで作りかけたんですが、下の方に支えがなかったため首から下の粘土が落下。首のみ30分余りで何とか作り直しました。昨年(アバタのヴィーナス――首像――の模刻でした)は3回位落下したことを考えると随分マシになったというべきでしょうか。
これが実物にどれだけ似ているかはさておき、今目の前にいる相手の顔は写せても昨日見た相手の顔はもう識別できないというのは、不思議と言えば不思議です。

先日述べた通り、実技は2年生までですから、これで終了です。3年生からは自分の専門に集中…となるのかどうか。

その後、Googleブックポルトガルの本を読んだりしていると、「暇ですね」と呆れられました。(ちなみに、ポルトガル語は隣国のスペイン語と非常によく似ていて、フランス語・イタリア語とも近いので、文法書の名詞・動詞の項を一通り読んだだけです。細かいことは辞書の巻末の活用表が頼みで)
本当に、CDエクスプレスのローテーションとか、ちょっと想像を絶する暇さ加減ですよね。
本当に暇なのを実感するのは、やることがなくてぼんやりしている時ではなくて、「あれもやらないと、これもやらないと」とあれこれやっている時のような気がします。その大半がどうしてもやらなければいけないことではなく、つまりは「よくそれだけ要りもしないことをやっている暇があるな」という意味で、です。
なぜこんなに暇なのか、我ながら実に不思議です。

他にやらなければいけないことがないはずはないんですね。別にそれをやっていないことはないはずですが、もっと集中すればもっと出来るのではないか、と思うと、要らないことをやっているのが逃避行動であることは否定できないでしょう。
例えば、「2000字以上」のレポートがあったとします。どうしようか…等と思いつつも取りかかってみて、一晩で1200字余り書けてしまうと、「続きはいつでも出来るな」と思って、後はもう締め切り直前まで書きません。昨年は「原稿用紙3枚」位の指定のレポートを10枚分以上書いたのが複数あったり、結構必死だったことを思うと、手の抜き方は確実に覚えていますが。

しかし、良いか悪いかはさておき、こうも始終現実逃避を続けていると、そもそもどこに現実があるのかが分からなくなります。すると、一体どこから逃げているというのでしょうか。
                           (芸術学2年T.Y.)

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テーマ : 芸大・美大・その他美術系学校 - ジャンル : 学校・教育

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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