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誕生という決定的な境界侵犯――『CtG ─ゼロから育てる電脳少女─』

今回取り上げるライトノベルはこちら。

CtG ─ゼロから育てる電脳少女─ (角川スニーカー文庫)CtG ─ゼロから育てる電脳少女─ (角川スニーカー文庫)
(2014/09/30)
玩具堂

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作者の玩具堂氏は『子ひつじは迷わない』でデビューし、同作をシリーズ6巻まで刊行した作家。本作は同シリーズ6巻以来2年ぶりの新作とのことです。

本作の主題となるのは、「クレイドル・トゥー・ザ・グレイブ」、通称「CtG」と呼ばれるオンライン・ロールプレイングゲームです。
五感の全てを再現しているわけではありませんが、それに近いリアルな世界を全身で体感できるオンラインゲーム――いわゆる「VRMMO」と呼ばれ、現実には未だ実用化されていませんが、ライトノベルではよく目にするようになったモチーフです。

主人公の春日井遊(かすがい ゆう)は16歳の男子高校生。ゲーム内では「クランプ」の名でこのゲームをやり込んでいます。
そんな彼はある日、ゲーム内でミーファという少女と結婚します。
「結婚」というのもゲームシステムに込み込まれたきわめて稀なイベントなのですが、その結果として、なんとクランプとミーファの間にはハルハという娘が生まれてしまいます。

そうして2ヶ月が経ち、ハルハが(2ヶ月で赤ん坊から)外見年齢8歳ほどに育った時、遊の家に生身のハルハがやって来ます。
ゲーム開発者サイドの人たちと、それにミーファのプレイヤーである女子高校生・釘宮美遙(くぎみや みはる)を伴って……

かくして、高校生の身で、しかもゲーム内では夫婦であっても現実では見知らぬ少女(しかも美遙は男性が苦手)と一緒に、子育て生活が始まります。
泣くこともおしめを汚すこともないゲーム内データとして8歳相当までを過ごした分、子育ての苦労は大幅に軽減されているとも言えますが、それにしても……

繰り返すようにオンラインゲームを題材にした作品は非常に多い当今ですが、そんな中、本作は現実とゲームをほぼ1:1の比率で描いています。
つまり、主人公たちはまさしくゲームと現実にまたがって、その両者が一体となった世界を生きているのですが、しかし実生活以上にゲームに入れ込んでいるプレイヤーと言えど自明と見なしている線引きがあって、本作はその上でその侵犯を描いてみせるのです。
――よもやゲームの中で生まれた子供(当然、対応する「プレイヤー」はいません)が現実に出てくることはあるまい、という線引きを。

ゲーム名「クレイドル・トゥー・ザ・グレイブ」は訳せば「揺りかごから墓場まで」ですが、本当に「揺りかご」や「墓場」に関わること、つまり誕生と死の領域においてゲームと現実の境が踏み越えられるというのは、空恐ろしい話です。
と言っても、人間を作るよりも殺す方がずっと簡単ですし、実際ゲームを題材にした作品で「ゲーム中で死ぬと現実でも何らかの影響が……」、珍しくありません(本作でもそういう展開は見られます)。しかし「誕生」の方に目を付けてきたのが、本作の特色です。

しかも、ゲーム内で生まれた存在には対応する肉体がないはずだというのもさることながら、本作においてはコンピュータで「心」や「人格」を作ることは不可能だということも、ちゃんと強調されているのです。
遊の幼馴染みの少女・小槌冬風(こずち ふゆふ)は言います。

「『心』の定義にも依るだろうけど、計算やプログラムで自己意識を作るのは不可能、って説を聞いたことがあるわよ。量子脳理論がどーたらで」
 (玩具堂『CtG ─ゼロから育てる電脳少女─』、KADOKAWA、2014、p.66)


コンピュータと人間はどう違うのか、物質的な形だけでは心は宿らないと考えるか(心身二元論)、物質として見てもその振る舞いで決定的な質的差異があると考えるか、それとも両者は同質だと考えるか――考え方は色々ですが、差異の強調する理論の中でもロジャ・ペンローズの「量子脳」を持ち出す辺り、実に私好みです。
創意工夫が可能であったりするハルハが、いくら多様でも決まった反応しか見せないNPCと異なる存在であることは、具体的にも明瞭に描かれます。

そして、そこまで断絶を強調するからには、いかにしてそれを乗り越えるかに関しての理屈付けもあるわけです。
まことに、SFとして十分に楽しませてくれます。

ですがこの違いは、色々なところに決定的な影響を及ぼします。
たとえば、美遙が母親にCtGも禁止されそうになった挙げ句、家出してきたという話について。

 これは遊の想像だが、そんな厳しいお母さんに「ゲームの中で子供がデキたからやめるわけにいかない」なんて理由を説明できるわけもなかったのだろう。したとしても理解を得られるわけがない。遊にしたって、実際にハルハと触れ合っていなければ、どうしてそこまでゲーム上のキャラクターに入れ込むのか理解できないに違いない。
 そんな状況だったから、美遙は思い詰めてしまったのだろう。
 客観的に見れば、養ってもらっている立場の子供が実生活にはなんの役にも立たないオンラインゲームなんぞに耽溺した挙げ句、我がままを張って家を飛び出した、ということだろうか。およそとんでもない親不孝だ。
 (同書、p.160)


「客観的に」は遊も美遙の母親の心境を理解できますし、遊が友達付き合いもせずCtGをやり込んでいることを心配する冬風のような存在もいます。ゲームに耽溺すること自体が必ずしも正しくないことは、皆周知の上です。
しかし、「実生活にはなんの役にも立たないオンラインゲームなんぞに~」とは言えても、「実生活にはなんの役にも立たない子供なんか捨てなさい」とは言えません。
それは「子供は成長したらいずれ役に立つ」からではありません。子育てのコストに見合ったリターンを返さない子供なんて、いくらでもいます。
カントも言うように、人間はそれ自身が目的であって、決して手段と見なされるべきものではないからです。
だから、ハルハを「人格」として認めた瞬間に、それに「入れ込む」ことの意味は決定的に変わってしまうのです。

しつこいようですが、「なぜオンラインゲームを主題にするのか」は問われるべきことです。
ゲームの中での冒険を主として描く場合、「所詮ゲームじゃないか」と思われてしまっては拙いでしょう。
ではゲームの世界をどんどんリアルに近いものとしていって、その世界での生死が喫緊の問題となるようにする――そうなると、別にゲームではなく「そういう異世界」を舞台にしてはいけないのか、という疑問が生じます。
既存の作品がそれにどのように対処しかた、また成功したか否かは別の機会に論じるべき課題として、本作はゲームと現実の「両面」を描きます。しかもその二つの世界は決して等価ではなく、また混同されるものでもないことを前提した上で、その境界の侵犯を描くところに、衝撃を与えるものがあるのです。
まったく独自の「オンラインゲームを主題にした甲斐」を感じる作品です。

その上で、子供のアイデンティティを問うという点でも魅せてくれます。
「娘の母親は他人」という遊と美遙の奇妙な関係にあって、二人が思春期の少年少女らしい喧嘩(あるいは修羅場)を展開することで娘に与えてしまう不安感、真に「親を頼る」という経験をせずに育ってきたハルハの決意と、それを前にした「親」たちの自覚……
さらに、そもそも「CtG」の開発者が遊の死んだ母親で、だからこそ遊は母の遺したゲームを必死にやり込んでいるという設定もあるのですが、そんな中、遊も自分が親となることで母の想いを知るという、身につまされる場面もあります。

……とは言うものの、本作には色々と難を感じる点もあります。
たとえば、冒頭で時系列的に進んだ場面を見せておいてからそこに至った経緯を描く、という手法は一般的なものですが、本作の場合、クランプとミーファの結婚 → 現実でハルハの子育てに追われる遊と美遙 → ゲーム内での結婚後、ハルハが現実に現れるに至るまで、という順番になっており、プロローグが二つあるかのようと言うか、叙述トリックで読者を騙そうとするわけでもない作品としては入り組みすぎているきらいはあります。

物理法則も倫理も現実とは異なるゲーム内で育ったハルハに手を焼くシーンもありますが、こうした問題はもっと色々と描けるんじゃないか、その点であっさりしているという印象も拭えません。
そして、クライマックスはゲーム内でのバトルです。ゲームと現実との関係について綿密な設定を組んだ上で、それに則ってゲームでの派手なバトルを山場に持ってきたのは分かりますが、敵の設定はこの展開から逆算して作られた感もあって、テーマ的に相応しいクライマックスの形だったかどうかは疑問も残ります。

もっと子育ての悲喜こもごもを、特殊な出生の子供に関するSF的考察と絡めて描いてくれれば、手放しに褒める気になったかも知れないのですが……次巻以降ではどうなるでしょうか。
制作者サイドの陰謀が大きく動いてきそうな気配もあり、また恋愛面では幼馴染みの冬風が本格参戦しそうと色々引きはあるのですが、その分どちらに転ぶか不安もあるのです。


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それにしても、最近「ゼロから~」というタイトルを立て続けに見かけるような……

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
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