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ミッシングリンクの繋がる時――『修羅の門 第弐門 14』

忙しかったりエンターテインメントを読む気がしなかったりでブログも滞り気味でしたが、ひとまず先日発売されたこちらの漫画の新巻を取り上げさせていただきます。

修羅の門 第弐門(14) (講談社コミックス月刊マガジン)修羅の門 第弐門(14) (講談社コミックス月刊マガジン)
(2014/10/17)
川原 正敏

商品詳細を見る

 (前巻の記事

いよいよ今回はトーナメント決勝戦で、陸奥九十九が姜子牙と激突します。
九十九は強敵を相手にすると内に眠る修羅が目覚めて強くなるという性があり、その修羅の覚醒もついに見られます。

しかしそもそも、九十九は2年前に南米でケンシン・マエダと戦って深傷を負い、未だにその戦いの記憶は失ったままです。
肉体的にはリハビリを終え、戦いの場に立てるようになったものの、周囲は彼を「壊れている」と評し続けていました。
その「壊れている」の内実も、ある程度までは明らかになっていました。つまり、やたらとリスキーな戦いを繰り返すのです。
しかし、なぜそうなってしまったのか――それが今回、ボクシング編の名トレーナー、テディ・ビンセントの口から語られます。

14巻テディ
 (川原正敏『修羅の門 第弐門 14』、講談社、2014、p.10)

2年前の戦いで負けたかも知れない、だがその記憶がない――そうした想いゆえに、今度こそはっきりと、文句なしに自分より強い相手に負けたいと思っているようなのです。
もちろん、だからといって手を抜くわけではありません。あくまで「自分を負かしてくれる強い相手」を求めているのであって、ある意味では『バキ』の最凶死刑囚たちの「敗北を知りたい」を思わせる心理でもあります(まあ『バキ』の場合、審判のいないストリートファイトで勝敗の基準が明瞭でないことから「負けを認めなければ負けじゃない」という理屈を捏ね出して加速度的におかしくなりましたが……)。

しかしそもそも、陸奥圓明流は千年無敗という触れ込みでした。
その看板を背負う九十九にとって――いや彼に限らず、歴代陸奥にとって――、勝敗とはある意味で自分一人の命よりも重いものであり、それゆえの恐怖とつねに直面しながら、それでも他方で強者との戦いを求め、戦いに高揚する、その緊張感が陸奥の戦いの見所だったのではありますまいか。
しかも、陸奥圓明流は人殺しの技というのもさんざん強調してきたこと、ならば敗北は即ち死というのが本来のあり方のはず。そこでは「負けて先に進む」など、あり得ません。

そんな九十九が「負けたい」と思っている――これで、今の九十九がどこか明後日の方向を向いているようで、読者としても煮え切らない思いを抱かされてきた理由もはっきりしました。

殺し合いでなくとも、勝敗を競う競技をやっている以上、勝利への意志というものは絶対に必要でしょう。
前巻で飛田が見せた熱さも、――あくまでも競技者としてであり、九十九とはいささか次元が違うものの――その闘志ゆえです。

スポーツでも、弱いチームのファンや関係者が「負け癖が付いている、勝利への執念が足りない」とぼやくのを、しばしば耳にします。
別に手を抜いているわけではない、勝つためのプレーもしている、でもどこか闘志を感じない――『第弐門』の九十九にもそんなところがありました(結果的に勝っているのにぼやいては贅沢ですが、漫画の読者は結果だけを読みたいわけではないので)。

しかしついに、姜子牙との死闘で九十九は原点を問われ、そして2年前の記憶も蘇ります。

14巻ケンシン・マエダ
 (同書、pp.184-185、クリックで画像拡大されます)

正直な話、殺し屋である姜子牙との戦いこそ、殺人拳という無印のテーマに還り、そして無印と第弐門の間の断絶を繋ぐためのポイントとなるところですし、現在の戦いと回想をオーバーラップさせるのも定番なので、ここでケンシン・マエダ戦の回想が入るのは予想の範囲内ではありました。
とは言え、恐らく最強の敵との戦いと現在のボス戦を一緒にやっては、少なくとも一方の印象は薄くなってしまう可能性が高く、回想の方のクライマックスはまた機を改めて描いて欲しい想いもあります。まだケンシン・マエダが本領を見せてからの戦いは今巻では描かれていないのですが、どうなることでしょうか。

そして、九十九が「死ぬのは負けるより嫌」と言ってしまう舞子……戦いという“男の世界”の結果よりも、男が無事で自分の許に帰ってくる方が大事、というのはある意味“女らしい”反応ではあります。
無印中期の舞子はそういう女の下心を強く感じさせて、少年漫画のヒロインにしては健気さに欠けるところがありました。現実的ではありましたが。
無印第4部の頃からは肝が据わって、九十九の修羅としての生き方に付き合う覚悟が決まってきましたが、九十九がこれだけ命の危機に曝される戦いを目の当たりにするのはもしかしたら第2部以来だけに、女の本音の方が出てしまうのも仕方ないのかも知れません。

 ~~~

スピンオフのサッカー漫画『ふでかげ』7巻も同時発売。

修羅の門異伝 ふでかげ(7) (講談社コミックス月刊マガジン)修羅の門異伝 ふでかげ(7) (講談社コミックス月刊マガジン)
(2014/10/17)
飛永 宏之

商品詳細を見る

 (前巻に触れている記事

こちらもいよいよ準決勝でJリーグ・東京ギガンテスと対決。
本作の主人公は天皇杯決勝戦で「国立競技場のピッチに立つ」ことが目標だけに、事実上の最終決戦です。
主人公のチーム・ふでかげは前巻の準々決勝で島がレッドカードとなり、この試合にも出られません。
代わりとして拳将の幼馴染み・さつかが出場。前代未聞の女子高生天皇杯出場です。
こっちのヒロインはストレートに熱くて、主人公との関係も微笑ましくていいですね。

7巻さつか
 (川原正敏/飛永宏之『修羅の門異伝 ふでかげ 7』、講談社、2014、p.66)

主人公・小早川拳将は、選手を活かし育てるのではなく、徹底して自分の考える勝つための「システム」としてのチームに選手を嵌め込むことだけを考えるサッカー部の監督に反発して草サッカーチームで独自に栄冠を目指したのですから、本作にも反「勝利至上主義」と言っていいモチーフが見られます。
ただ、拳将の目標も「国立のピッチを勝ち取る」ことであって、勝利への執念は劣らず強いわけで、「勝てばいいのか」という問い方は前面には出ず、因縁ある高校サッカー部監督との対決も「どっちのサッカーが勝つか」というスポーツ物としてオーソドックスで分かりやすいドラマツルギーになっています。

ただし、勝敗を競うといっても、団体競技であるというのがサッカーの大きな特徴。

東京ギガンテスには、第1話で拳将と若干の因縁があり、世間的には「イグナシオ・ダ・シルバが認めた天才」とされている結城亮選手がいます(実は「イグナシオが認めた天才」は拳将である可能性が高いのですが)。
他にも名選手揃いで、「個人能力だけ全部足すなら間違いなく日本最強」と認められるチームです。

ただ、「個人能力だけ全部足すなら」強い方が勝つとは限らないのがチームスポーツ。
個人技が武器であることは、スタンドプレーに走ることと紙一重です。
しかし、一人でチーム全体の雰囲気や試合の流れを変える選手というのもまた、いるものです。

ギガンテスにはキングカズならぬ「三沢提督」こと三沢督(みさわ おさむ)(35)がいます。

三沢提督
 (同書、p.49)

怪我でこれまでは休んでいた彼ですが、ふでかげとの対戦では出てくるのか、そこで何を見せるのか――
試合の山場で今巻は引きとなります。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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