スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

超能力少女の成長と、大人の役割――『アリスと蔵六』

今回取り上げる漫画はこちらです。

アリスと蔵六 1 (リュウコミックス)アリスと蔵六 1 (リュウコミックス)
(2013/03/30)
今井哲也

商品詳細を見る

アリスと蔵六 (2) (リュウコミックス)アリスと蔵六 (2) (リュウコミックス)
(2013/09/13)
今井 哲也

商品詳細を見る

アリスと蔵六 3 (リュウコミックス)アリスと蔵六 3 (リュウコミックス)
(2014/03/29)
今井哲也

商品詳細を見る

アリスと蔵六 4 (リュウコミックス)アリスと蔵六 4 (リュウコミックス)
(2014/10/11)
今井哲也

商品詳細を見る

作者の今井哲也氏に関して、私はそれまで『ニャル子さん』のアンソロジーコミックでしか読んだ覚えがなかったのですが、それだけ見ても、『ねじ式』のパロディというアンソロジーならではの飛ばした内容で、ちゃんと原作のキャラとクトゥルーネタをふんだんに活用するセンスは卓越していました。

というわけで、氏の現在刊行中のオリジナル作品を読んでみましたが、期待に違わぬ出来です。

本作の世界には――世間には知られていませんが――「アリスの夢」と呼ばれる異能者が存在しています。
彼女たち(はっきり確認できた限りでは皆女性なのでこう書きますが)は、空想をそのまま現実化することができます。
基本的に、現実化できる内容には各人固有の制約があるのですが、ただし紗名(さな)という少女だけはほとんどあらゆるイメージを現実化することができ、「赤の女王(クイーン)と呼ばれていました(もちろん、これらの名称は『不思議の国のアリス』および『鏡の国のアリス』からの引用です)。
ずっと「研究所」の中で過ごしてきた彼女は、ある時外の世界に逃げ出して、そして頑固爺さん・樫村蔵六(かしむら ぞうろく)と出会います。

外界の常識など何も知らないばかりか、能力で何でも願いを叶えてやるからと不遜な態度で取引を持ちかけ、さらには能力を使って、追っ手と街を破壊するほどの大立ち回りを演じる紗名。

アリスと蔵六1
 (今井哲也『アリスと蔵六 1』、徳間書店、2013、p.17)

アリスと蔵六3
 (同書、p.29)

しかし、「おれは曲がったことが大嫌いなんだ」が口癖の蔵六はそんな彼女たちを一喝します。
相手がどれほどの力を持っていようと、関係ありません。

アリスと蔵六2
 (同書、p.70)

蔵六の説教は、何か特別に含蓄の深いことを言うわけではありません。
駄目なことは駄目だ、ということをガツンと言う、それだけです。
けれども、そうやって否定を突き付ける「他者」の存在こそが、外から境界を画定することで「自我」を形成させ、子供を何者かにするのでしょう。

――この論がさほど突飛なものでない証拠に、本作には紗名が蔵六と出会う以前、研究所の中で初めて自我を持った時のことも描かれています。
元々、「アリスの夢」の能力で他者の心まで読み取ってしまい、そして世界の全てを意のままにできる紗名は、自他の境が希薄できした。自分を自分として自覚するようになった後でさえ、はっきりとした言葉を持たず、心を相手に同化させていました。
けれども、同じ「アリスの夢」である双子からアクセスを拒否されたことで、初めて言葉を得て、そして彼女たちにより「紗名」という名前も付けられたのです。

アリスと蔵六 紗名と双子1

アリスと蔵六 紗名と双子2

だが驚いたことにその二人は 私のアクセスに気づいたうえ はっきりとそれを拒否してみせた
それは世界のなかで初めて私が触れた“言葉”だった
 (同書、pp.120-121、クリックで画像拡大されます)


蔵六の一喝は、同化の拒否よりも強い「否定」でしょう(あくまで紗名と双子の関係は「友達」と言えるものです)。
そしてそれは、子供の社会化に不可欠な段階です。

そう、本作は紗名という少女の成長をストレートに描いた物語なのです。
「アリスの夢」というSF設定は子供の人格形成に関わる要所をいっそう鮮明に浮き上がらせ、蔵六という人物は子供の成長における大人の存在の大きさを見せ付けます。

もちろん、蔵六は誰が相手でも曲がったことに対しては厳しいけれど、家族への深い愛情を持ち合わせた人物でもあります。
紗名は蔵六に引き取られ、蔵六の孫娘の早苗と三人で暮らすことになります。

紗名と早苗
 (同書、p.97)

2巻では紗名を研究所に連れ戻そうとする敵との異能バトルが大きなウェイトを占めますが、どんな敵が現れようと、紗名が人間でないと聞かされようと、蔵六の「家族を迎える」態度は変わりません。

もっとも、2巻ではその分、バトルや感動ものの色彩が強くなりすぎた感もありますが、研究所との戦いはこの2巻で一段落してしまい、3巻からはまた日常中心で物語が展開されます(時間的にも、作中では2巻から3巻の間に半年が経っています)。
3巻からは何かと「モシャモシャする」と言い、自分の感情を持て余している風のある紗名。でもそれも、より奥行きのある自己が形成された結果として、自分でもよく分からず意のままにならない不透明な内面性も育っている、ということなのでしょう。

3巻から始まった話の流れは、最新巻の4巻でも区切りがついてはいませんが、どうやら紗名が歩む今度のステップは「友達」ということの模様。
1巻で登場した研究所時代からの知り合いである双子も再登場しますし、さらに新たな出会いも。
紗名が出会うのは、人の心を操る「アリスの夢」に覚醒してしまった少女・敷島羽鳥(しきしま はとり)
人知れず力に覚醒し、力をコントロールしきれずにいる彼女は、自分が「魔女になってしまった」と恐れています。

羽鳥1
 (今井哲也『アリスと蔵六 3』、徳間書店、2014、p.40)

すでにそれなりの自我を形成する年齢になっているというとは言え、まさに自ら他者を他者でなくしてしまうという意味で、彼女の状態はかつての紗名に重なるものがあります。
さらに、彼女が覚醒したきっかけが、自身の小学校受験の失敗のせいで母親が豹変し、父親と不仲になっているのを見たからというのも、子供の成長における大人の役割を改めて考えさせる話です。

羽鳥2
 (同書、p.133)

羽鳥3
 (同書、p.136)

まだ相手の事情や気持ちを慮るには程遠い紗名ですが、相手のことを知っていく中で、何を思うでしょうか――

羽鳥に限らず、自分でも理解できないまま「アリスの夢」に覚醒する少女たちがあちこちにいるようで、京都に突如としてどこからともなく観覧車が出現する、といった異変も生じています。
空想の現実化で形を変えていく世界。
けれども、話の軸は変わらないのでしょう。問題なのは「大人になる」「人になる」ということの普遍性ですから。

ところどころに、これは成長した紗名の回想であることを思わせる描写が差し挟まれるのも、何とも言えない感慨を抱かせます。

アリスと蔵六4
 (『アリスと蔵六 1』、p.172)

ある時には厳しい否定を突き付け、ある時には受け入れる大人と出会うことによる、子供の成長――このテーマをSFとして見事に描く作者のセンスが光ります。秀作と言っていいでしょう。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

失われた他者と存在理由を求めて――『アリスと蔵六 6』

今回取り上げる漫画はこちら、今井哲也氏の『アリスと蔵六』の新巻です。 アリスと蔵六 5 (リュウコミックス)(2015/04/13)今井哲也商品詳細を見る  (シリーズ既巻についての記事) 既巻についての記事で書いたように、超能力少女の紗名と頑固爺さんの蔵六が出会って家族となる話はひとまず2巻で一区切りとなっており、3巻からいわば「羽鳥編」になっていましたが、それも今巻で一区切...
プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。