オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
少女の決断が時代を動かす――『乙女戦争 ディーヴチー・ヴァールカ 3』
フス戦争の時代を描く歴史漫画『乙女戦争』第3巻です。
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(前巻の記事)
前巻では、大砲と「笛(ピーシュチャラ)」(鉄砲の原型)を活用したジシュカの新戦術により、わずか農民兵2000人で神聖ローマ皇帝ジギスムントの率いる10万の騎士団を打ち破ったターボル軍。
今回の舞台はもっぱらボヘミアの王都プラハです。
シャールカも所属する聖歌隊「天使隊」にもプラハの少女たちが新たに加わる一方、ジシュカも戦いの勝利に気を良くするフス派の有力者たちを焚き付ける啖呵を切る、とまさに破竹の勢い。



(大西巷一『乙女戦争 3』、双葉社、2014、pp. 50-52)

(同書、pp. 56-57)
しかしそんな中、ローマの教皇庁から送り込まれた暗殺者の刃がジシュカに迫ります。

(同書、p. 71)
ここまで神がかり的な勝利を導いてきたジシュカが死ねば、フス派に未来はありません。
しかし事態は敵味方が入り乱れて意外な方向に……
新たな勢力として、そもそもキリスト教徒から多くの偏見を受けてきたユダヤ人も絡んで、さてその行方は――
激動の中で、シャールカも選択を迫られます。
元々戦闘的ではない性格の彼女、「敵を殺すこと」に怯えている様子は以前からありました。
前巻で黒騎士シュバルツや皇帝の小姓ヨハンといった敵たちに命を助けられたこともあって、それはいっそう顕著になったようです。
前巻ではシュバルツを助けてしまいましたし、家族や生活を奪われた人々が捕らえた敵兵に復讐しようとするのも見ていられず、また敵兵を助けてしまいます。
そんな中で、平和を説く司祭ヘルチツキーが非戦派の人々を連れてターボル軍から離脱。

(同書、p. 27)
その理念は理解しつつ、「信仰を守る」ためにジシュカに与するという政治的判断を採るプロコフ(天使隊を組織した司祭です)との対比がまた印象的ですが……
仲間の少女兵であるラウラは、ヘルチツキーについてターボル軍を離れることをシャールカに勧めます。(ちなみに、ラウラは男に乱暴された過去のためにやさぐれ気味ですが、そうした過去事態はシャールカも同じであるというのも対照を興味深くさせます)


(同書、pp. 30-31)
彼女の決断は――
シャールカの特異性は、なぜ戦うのか、という点から見ると際立ちます。
多くの平民たちは、カトリックによる異教徒狩りに蹂躙され、その復讐のため、あるいは生活や信仰を守るために戦っています。同じく「信仰を守るため」と言っても、プロコフのような人物になるともっと政治的判断を含みますし、王侯貴族やローマ教皇庁の上層部となると利権拡大のためという面の方が強いでしょう。そしてジシュカは、戦争で騎士を打ち倒すこと自体を目的にしています。
シャールカはいずれとも違うようです。彼女の家族や村人を皆殺しにし、彼女を犯した相手が1巻で討ち果たし終えていますし、そもそも彼女に復讐という意識はないようです。
生きていくということならば他の選択肢もありましたし、ましてそれ以上の野心などありません。
彼女の当初の願いは「強くなりたい」ということ――それも、突如として襲ってきた異教徒狩りという暴力に家族を殺され、犯され、何も抵抗できなかった彼女の過去を思えば、その並ならぬ重さは理解できるでしょう。
人生を滅茶苦茶にするべく襲ってくる暴力に対抗し、障害を乗り越えて、自分の人生を自分で摑み取れる力が欲しい――ただしそれは彼女の場合、「敵を憎む」ことに向かうわけではありません。
それでいて、彼女は(自分が敵を殺すのを恐れることはあっても)戦いを憎んで積極的に平和主義者の側に与するわけでもない、それは特徴的なところです。
さて、前巻ではシュバルツに助けられた後は状況にまた振り回されるばかりで、ふたたび荒くれ男たちにレイプされかける場面もあって、「ちっとも強くなってない」ことを痛感していたシャールカですが、今巻は少なからず彼女の決断と行動が事態を動かしているのを見られます。
今回は合戦のシーンが少なく、暗殺者やスパイが絡む展開ということもあって、彼女と親友ガブリエラとの奔走が効いてくるのです。
さらに、彼女の歌も思わぬ魅せ場になります。今まではもっぱら味方の兵を鼓舞するために使われてきた天使隊の歌ですが、敵対していた相手との架け橋にもなり得たのです。
他方で、山場ではやはり「笛」での活躍も。
しかしここでも、決して敵を憎んでではなしに、大切な仲間だと思っていた相手に泣く泣く銃口を向ける彼女は、当初は人殺しを蔑んでいながら、最終的には憎しみから敵を撃つことになるあるキャラクターと好対照を見せます。
そこにきっとシャールカの特異な――ある面では危うく恐ろしい――強さもあるのでしょう。
聖歌を歌う「天使隊」と「笛」を扱う女性兵の両方を代表する彼女の活躍、それはまさしく、宗教的(そしておそらくは文化的・チェコ人の民族アイデンティティ的)にも戦争のやり方という意味でも時代を画するフス戦争、という本作の史観を象徴します。
「乙女戦争」というコンセプトの面目躍如の巻となりました。
時代風俗の考証を活用したサービスシーンも相変わらず満載。プラハの都市らしい空気も感じさせてくれて、楽しめます。

(同書、p. 62)
もちろん、まだまだ戦争は激化する一方。
史実に則ればジシュカの死期も近いわけで、さてどうなるでしょうか。今後も楽しみです。
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