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力ある者、何のために生きる――『着ぐるみ最強魔術士の隠遁生活』

今回取り上げるライトノベルはこちら。
第5回「このライトノベルがすごい! 大賞」最優秀賞受賞作品です。
『このライトノベルがすごい!』の時に言いましたが、一緒に献本を頂いた本でもあります。

着ぐるみ最強魔術士の隠遁生活 (このライトノベルがすごい! 文庫)着ぐるみ最強魔術士の隠遁生活 (このライトノベルがすごい! 文庫)
(2014/11/21)
はまだ 語録

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作中の世界は現代風ながら、魔術文明の発達した世界。なお、こうした「現代に似ているけれど異なる歴史・文明・社会構造を持つ世界」を舞台にした作品は今やたくさんありますが、「日本」という国名も「日ノ本」と手を加えているのは初めて見ました。
それぞれの人間が持つ魔力量=魔術の素質は生まれつき決まっており、それは髪の色に現れるので一目で分かるという設定です。黒や茶といった現実的な色の人間は魔術が使えるレベルになく、魔術の使える人間は赤や黄や紫、銀といった(アニメ的な)派手な色である、という分かりやすい設定。しかし、魔術士と非魔術士では社会的な立場にかなりの格差があり、そもそも権利や義務も異なるという考え方が一般的で、しかもそれが髪の色の違いに現れるというのは、明らかに人種差別を思わせる設定です。

主人公・夢野幸太郎(ゆめの こうたろう)は魔術士の名門・夢野家に生まれながら黒髪で、家を放逐されていた少年。
両親(正確には父とその再婚相手=義母)の葬式で久しぶりに実家に戻ったのを機に、双子の義妹マリアアリスの面倒を見ることになります。
ここには、夢野家の当主である幸太郎の父・敬太郎が死亡、祖父の敬心も病気で先行き長くないという状況下、魔術士としての才能は抜きん出ているマリアとアリスはまだ13歳で、有象無象の大人たちに利用される可能性が高い……といった事情がありました。
かくして、マリアとアリスは幸太郎の庇護下で、身元も力も隠して遠方の(魔術士養成向けではない普通の)学校に通わせることになりました。

ただ、どういうわけか幸太郎は熊の着ぐるみの姿になっています。
プロローグでは確かに普通の人間だった彼がなぜそんな姿になっているのか、そしてまた、魔術士としては落ちこぼれの黒髪であるはずの彼がなにやら普通でない力を持っているらしい(タイトルからして「最強魔術士」ですし)がそれは何か、といった謎が、物語前半の一つのカギにもなっています。

そういうわけで幸太郎が割と謎の多い人物だということもありますが、本作はマリアとアリス視点の記述が一番多く、また後半の山場にもこの双子の戦いが来ています。
魔術士としての才能至上の価値観と厳しい競争社会の中で育ち、自分たちは選ばれた才能を持つ者だという自負もあって、――親を亡くした直後とは言え――初対面の義兄を見下した上に「どうせ遺産目当てなんでしょう」と罵るほどだった彼女たちが、徐々に面倒見が良く家事にも学にも優れた幸太郎を敬愛するようになり、非魔術士の学友たちとの交流を経て考え方を軟化させて、最後は義兄のために戦うことになる、そんなまさしく子供の「成長」と呼ぶに相応しい流れが、話の軸になっています。
魔術士側の強いエリート意識と差別主義を読者に提示する役割を担っていることもあり、彼女たちの第一印象は決して良いものではありませんが、二人はかなり幼い感じに描かれているので、子供の成長と思えば微笑ましさも感じます。

他方で、幸太郎の真の力そのものは、中盤で割とあっさり判明します。
しかし、それに伴い、彼が自分の力と存在に負い目を感じて、ひどく自己犠牲的に生きようとしている風なのも見えてきます。
すると今度は「なぜそこまで思い詰めるのか」が引っ掛かってきます。自己犠牲的というのは、自己否定的ということです。

こういう引っ掛かりは『絶滅危惧種の左眼竜王』で感じたものに似ています。
ただ、この想い、もっと言えば自己否定ばかりしている幸太郎に対する苛立ちはマリアとアリスも共有するところであって、二人の義妹の奮闘なども経て、幸太郎が自己肯定を得られるようになるまでが、本作終盤で描かれるもう一つの「成長」です。

兄と妹たち、それぞれの成長を描いた二段構えの構成で、出会いがお互いの成長を導いたという構成、それが本作の見所でしょう。

そしてそれは、差別意識という題材にも関わっています。
繰り返しますが、作中世界では魔術士が特権を持つのが当然、と考えられています。

 それに対して、異を唱えているのは『平等教』を代表とした反差別主義者だ。
 彼らの理念は単純で、『人は生まれながらにして差などない』という立場だ。
 魔力量の差が生まれつき髪色に現れている現実を考えると滑稽な主張だが、彼らはそれを信じ行動している。科学文明の発達に力を注ぐなど前向きな者ばかりであれば実に素晴らしいのだが、人間はそれほど綺麗なものでできていない。
 たとえば『平等教』の過激派は差別をなくすという目的で、魔術士を殺す。
 (はまだ語録『着ぐるみ最強魔術士の隠遁生活』、宝島社、2014、p. 37)


一応、この箇所はマリア視点のパートですが、視点キャラからも一定の距離を置いた三人称文体ということもあり、これはかなり(作中世界における)客観的な考え方として提示されています。
実のところ、社会構造の見直しといったことは全く問題になっていませんし、最後までこうした考え方自体に異議が唱えられているかは疑わしいとすら言えます。「平等教」の扱いも最後まで変わりませんし(あくまで問題なのは「過激派」のみという限定はありますが)。
(余談ですが、フランス語で「テロ」に相当する terreur は固有名詞として使えばロベスピエールの「恐怖政治」のことであり、つまり「平等」のために――ロベスピエール派の考えによれば――「不当に」富を独占している貴族やブルジョワ、それに平等化に反対する者を粛正することであることを考えると、「平等教過激派のテロ」という表現はまこと意味深です)

ただポイントは、人間は生まれながらの才能に応じて生きるべき、という思想をマリアとアリスが深く内面化していることです。
だから、魔術の才能がありながら魔術士資格を目指さない、という同級生のことも理解できません。
義兄を助けるために立ち上がる場面でさえ、未だに「才能を活用するために」幸太郎を助けるべきだ、という旨を語っていることから、その根深さが分かります。
しかしならば、「危険な才能だから生かすべきでない」という主張に対してはどうするのか――ここでようやく、姉妹はそうした計算に還元されないものに直面することになります。
ここで話は幸太郎の自己肯定という問題と合流するのですが、人が生きるのは究極的には「社会のため」といった大儀のためである前に、一人の人間として尊厳を認められるから生きるのではありますまいか。

かくして本作は、力と才能によって縛られていた少年少女が、かけがえのない家族を得て、一人の人間として生きるということに向き合えるようになる物語なのです。

まあしかし、差別に関わる多面的な問題を考えた時に、片付いていない面があるように思われるのも事実。
たとえば、マリアとアリスは魔術士であることを隠して学校に通うので、彼女たちが「魔術士として」非魔術士と接する場面は少ないのです。
非魔術士だけの共同体を見ると、彼らは彼らで大多数は魔術士や社会構造を恨むわけでもなく平穏に生きているのは分かるのですが、魔術士と非魔術士が接触した時の問題は、それだけでは済まないものがあるように思われます。

またこの物語は、基本的には主人公たち個人の成長に焦点を当てつつ、一族内の権力闘争などの問題も一通りは片付けてエンディングを迎えています。しかし、政治的な問題が再発する懸念がないかと言うと、疑問はあります。
家族ドラマとしてはなかなか良いものだったので、そうした点をあまり細々突きたいとは思いませんが。


戦闘シーンに関しては、魔術の使い方に関する理論的説明が目立ち、端的な迫力という点では今ひとつの感がありました。
たとえば、空間を歪めるなどして長距離を短距離に変え一気に移動する、のなら分かります。しかし5mの距離を一気に踏み込む際にその5mを「無理やり五百キロメートルとして計算」し、それによって速度が十万倍として「処理」され、「その踏み込みで生まれた力」をぶつけて攻撃する(同書、p. 150)、と言われても分かるような分からないような……
こういう特異な理論を使ってはいけないとは言いませんが、「具体的にどう凄いのか」を伝える上では、あまりプラスになっていない気がするのです。


なお、幸太郎には幼馴染みやら元許嫁やらで交流のあった女の子が複数いるという設定が中盤で語られますが、彼女たちは特にストーリーに関わるわけでもなし……と思いきや、最後の最後で彼女たちが登場してハーレムになっていました。
本作はこの1冊で綺麗に完結していますし、主人公の圧倒的な強さを考えてもこの後どうするのかと思いますし、第一最後で着ぐるみでもなくなっているので、続きがあるかどうかは疑問ですが、あるいは続きの可能性も考えてのことでしょうか。
そうでなければ、本作は学園ハーレムラブコメといった物語が「始まるまで」の物語なのかも知れません。


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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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