オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
苛烈な神の見守る星で――『STARGAZER ~星に願いを~ 1』
その代わり、実家に置いてあった漫画を久々に手に取る機会もあったので、15年以上前の作品ですがこちらの漫画を紹介させていただきます。
先日触れた「アブラハムのイサク献供に触れた漫画」というのも実は本作のことで、その点でもちょうどよい機会ではないかと思いますので。
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表紙はこんな感じです↓

本作は私にとってもおそらく最初に読んだ堤抄子氏の作品であり、また堤氏にとっても「エニックスではじめて仕事をした記念すべき短編の長編化」とのこと。
本作の舞台は現代日本ですが、ある日大量の流星が降り注いで街が破壊され、世界の様相は一変します。
「流星群が来る」ことは当然、天文学によって予想されていましたが、こんな惨事になるとは誰も予想していませんでした。
そんな中、主人公の少年・大空友樹(おおぞら ともき)の父親は学者で、ただ一人「この流星群で世界が滅びる」と主張していました
そして実際、父親から流星避けとして与えられた機械を左腕に装着していた友樹は助かったばかりか、その左腕の機械に隕石の一つが融合してしまったのでした。

(堤抄子『STARGAZER ~星に願いを~ 1』、エニックス、1996、pp. 22-23)
しかも、世界はただ物理的に破壊されただけではありませんでした。むしろ、風景の方は街が原型を留めているところも結構あります。
ですが、この流星は本当に願いを叶える力を持っており、それによって人間が人間でなくなったり、怪物化したりもしていたのです。


(同書、pp. 25-26)
とにかくそんな世界で、友樹は父親と、そして同級生で家も隣同士の少女・星野のぞみを捜して旅に出ます。
彼の旅の仲間となるのは、やはり願いによって人間の姿になった友樹の愛犬・陸王と、

(同書、p. 37)
のぞみの飼っていた猫・ミケ。

(同書、p. 30)
このように、願いを叶えられたのは人間だけではありませんでした。
動物どころか、植物や無生物までも……
友樹の出会う世界は過酷です。
怯えるあまりに小動物のようになってしまう人間がいる一方で、願いにより他者を虐げる手に入れて、怪物のようになってしまう人間もいます。

(同書、p. 54)

(『STARGAZER ~星に願いを~ 2』、1997、p. 112)
人々の願いが叶う世界とは、意思の強い者が弱いものを食い物にする弱肉強食の世界であり、それによって現れるのは人間の浅ましさばかりなのか――
いや、中には立派な願いを持ち、苦しい中で人を助けようとする人も登場しますが、そうした人々をもしばしば世界が襲います。
宇宙から何かが降り注ぐところから始まる物語、怪物の変形する有様、片腕に力を授かった少年――といったモチーフは少なからず『寄生獣』を連想させますし、人類の愚かさに警鐘を鳴らす敵というテーマ面の共通点もないではないのですが、ただ現代社会に人知れず潜む怪物の脅威を描いた『寄生獣』と違い、本作は世界の全面的な激変を扱っています。
数々の悲劇といくつかの希望に出会いながら、やがて友樹は「メサイア」と呼ばれる人物のいる地に辿り着きます。のぞみを連れ去ったのもメサイアだとのこと。
世界に救済をもたらすというメサイアですが、その真意と正体は――
アブラハムのイサク献供に関わる話はその辺のネタバレにもなりますので追記にて。
本作は冒頭部から、はっきりと『創世記』を指し示していました。

(『STARGAZER ~星に願いを~ 1』、p. 6)
「願いを叶える」星とは、精神と物質の力が一つであった時の名残り、宇宙で最も原初的な物質。
そして、メサイアの正体は友樹の父親でした。
原初の物質なる流星群の到来と、それによる終末を予見しながら、誰にも認められなかった不遇の学者。
しかし、メサイアを操っていた黒幕は別にいます。
彼は友樹と同じようにその身に隕石を受けた男――いや、より正確には、隕石に乗って地球に飛来し、その男の身を乗っ取ったサタンでした。

(『STARGAZER ~星に願いを~ 3』、1997、p. 136)

(同書、p. 137)
この「耳元でのささやき」は、もちろん『創世記』の蛇を示唆していますが、しかし彼の目的は地上を焼き払い、選ばれし人間だけを集めて生かし新たな世界を作ることであり、その意味で――皮肉にも――むしろノアの大洪水を起こした時の神の意図に近いものです。



「だがアイツの手の者も同時に地上に降りてきていたようだ
同じように流星に乗って 新しきメサイアの息子の左腕に宿った
父と子が引き合うのを利用して、子に父を殺させるために…
神の手段を選ばぬ残酷さが分かったろう
いつでもこうだ アブラハムとイサクの時も
この悲惨な世界こそアイツの似姿だ 神と世界は一から立て直さねばならん……」
(同書、pp. 149-151)
「アイツ」とは神のことであり、力を奪われ地球を追放されたというのは、もちろん堕天使としての彼=サタンの来歴を語っています。
そして「アブラハムとイサクの時も」というのは全く説明無しで引用されており、この聖書の物語に関する知識のない読者には何のことだか分からないでしょうが、長々と説明しないがゆえの迫力もあります。
「この世界が悪に塗れ悲惨なのは、創造神が悪神だからだ」というのはグノーシス的な発想ですが、神に取って代わって世界を作り直し「偽神」だろうとしているサタンがそれを言うところに妙味があります。
ここにおいて、神がアブラハムの信仰を試すため大切な独り子イサクを生贄に捧げるよう要求した物語は、神の残酷さ、邪悪さの象徴となります。
そして、実際にあの悲惨で人間の浅ましさの浮き上がった世界を、前にして、サタンの言を否定できるのでしょうか。
しかし、やはりサタンの選別は恣意的であり、地上を焼き尽くせばささやかな希望を持って生きている善良な人々をも犠牲にすることになります。
果たして友樹の選択は――
友樹の父は言っていました。これは「最後の審判」だが、神が人間を一人一人選ぶのではなく、人間一人一人が自分で選ぶのだ――と。
神は邪悪と悲惨にも転び得る可能性を与えるだけで、救い難き人間を救うという恩寵を与えてはくれませんでした。
そんな神を尊敬し信仰することができるかどうかは、難しい問題かも知れません。
しかし、そこで希望を持ち善き願いを抱くことができるかどうかは人間に懸かっていると言えば、他にも誰のせいにもできないというのは、当然のことなのかも知れません。
あるいは、神はこの上なく邪悪になることで、それを人間に対し問いかけた、と考えるべきなのでしょうか?
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No title
Re: No title
私は絶版マンガ図書館の存在につい最近気付いたという有様で……
今後はそのことも考えます。
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そのことに冒頭で触れたらとっつきやすくなるかなーと思いました次第です