オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
フロンティアでの開店――『シャルパンティエの雑貨屋さん』
昨日に引き続き女性向けレーベル「アリアンローズ」から、そしてこれも Web サイト「小説家になろう」出身作品です。
![]() | シャルパンティエの雑貨屋さん 1 (アリアンローズ) (2014/12/12) 大橋 和代 商品詳細を見る |
本作は第1回アリアンローズ新人賞の「最優秀賞」受賞作品で、作者としてもこれがデビュー作になるようです。
最近は小説投稿サイトと連携して Web 作品から投稿を受け付ける新人賞も増えていますね。
さて、本作の舞台は魔法や魔物の存在するヨーロッパ風ファンタジー世界。
主人公のジネットは、小国アルール王国の王都ラマディエにある雑貨屋の娘です。十二歳の子と「十ばかり離れてたって気にすんな」(p. 13)とか「八歳で真似事を始めてそろそろ十云年、売り時が過ぎそうで心配するよと両親に言われ出してからでも、結構な年月が経っていた」(p. 22)とあるので、二十歳は過ぎているでしょうか。
今は番頭として店番をする日々ですが、兄の結婚が決まっており、兄嫁が家に来たら家を出て行こうと考えています。ただ、一人立ちして店を持つのは、もちろん簡単なことではありません。
そんなある日、兄がひょんなことからシャルパンティエという地での営業許可証を手に入れてきました。
シャルパンティエは隣国ヴィルトール王国の、しかも人に聞いても誰も知らないような辺境の地。営業許可はあっても、そもそもそこで店をやっていくことができるのか、行ってみないと分かりません。
しかしジネットは、これを機に旅立つことを決意します。
道中、他でもない営業許可証を発行したシャルパンティエの「初代領主」ユリウスとも出会います。
しかし話を聞いてびっくり、シャルパンティエは想像以上の未開の地でした。
ヴィルトール王国の東進政策の一環でこれから開拓される土地であり、それまで領主もいなかった土地の領主の地位を冒険者上がりのユリウスが「買った」というのが実態です(だから初代領主なのです)。
とは言え、これから冒険者の集まる地にする見込みはあるとのことで、ジネットも出店を決意、同時にユリウスの領主としての仕事も手伝うことになります。
『シャルパンティエの雑貨屋さん』というタイトルからは、街の雑貨屋を舞台に店員と客の間で繰り広げられるドラマを連想しますが、実は何もないところで村作りから始めるフロンティアスピリット溢れる話でした。
この1巻の中では結局、開店直前までしか行きません。
とすれば、これは冒険物語で言う「仲間集め編」に相当すると考えられます。
こういう話こそ、往々にして仲間を集めた後の冒険よりも面白かったりするのですが、だとすると「仲間」の扱いがひどくあっさりしているのが気になるところです。
ギルドマスターとなる魔術師の美女ディートリンデや、若き鍛冶屋の少年ラルスホルトなど、これからシャルパンティエの地を一緒に盛り立てていくと思われるスペシャリストたちは登場しますし、彼らを「仲間に加える」エピソードもあるにはあるのですが、全体に控え目。ジネットとユリウス以外のキャラ描写にあまり力を入れている風ではありません。そこがいささか物足りなく感じます。
ただし、ジネットのキャラは魅力的です。
商売感覚に長けたしっかり者で、基本的には礼儀をわきまえつつ、時にも領主にも真っ向物申すができるアクティブな性格(勢いで、という感もありましたが)。
夕方になると、当然、客足が伸びて忙しくなってくる。
王都近郊のダンジョンや森、草原、時には海から帰ってくる冒険者達が、足りなくなった備品や使ってしまった消耗品を買いに来てくれるのだ。
「ランプを壊されちまったんでな、一つ貰おうか。いつもの小さいのでいい」
「ありがとうございます、二テストンになります」
「ねえちゃん、タラの干物と堅焼きパンと二袋」
「まいどー! 二十八ディナールです……っと、はーい、ありがとね!」
「ジネットちゃん一つ」
「百万ドールの掛け売り無し出世払い不可ですが、お手持ちはよろしいですか?」
「高っ!?」
(大橋和代『シャルパンティエの雑貨屋さん』、フロンティアワークス、2014、pp. 21-22)
また、保存食としての堅焼きパンなどの食の描写や、国によって通貨が違うことによる換算の面倒さ(それに、それをこなすジネットの仕事慣れした様子も)などの描写は細かく、生活感が出ていて、「雑貨屋」という仕事に関わるディテールをきちんと描こうという意気が感じられます。
堅焼きパンは日持ちはするけどあまりにも堅くて美味しくない保存食、蜂蜜棒は堅焼きパンとほぼ同じ製法でも短い棒状で、蜂蜜を練り込んであるから少し甘いし食べやすい。日持ちのするお菓子と保存食の中間かな。
仕入れ値なら堅焼きパンが一包み五ディナール半――銅貨五枚分と半分、蜂蜜棒が一袋で二ディナール。
ここに税とか利益とか売れ残りを考慮して、堅焼きパンが一包み十二ディナール、蜂蜜棒が一袋四ディナールで店先に並べられる。
(同書、pp. 10-12)
開拓に必要な作業や考えねばならない経費なども、結構丁寧に描かれます。
ただ、シャルパンティエという地名は明らかにフランス語風で、アルールもヴィルトールも「同じラ・ガリア語圏」(p. 38)という記述もあるのに(「ガリア」はラテン語でフランスのこと)、ユリウスたちヴィルトール人の名前はドイツ語風というのは少し気になります(ちなみに名前からしてプロイセン=現ドイツを思わせる「プローシャ」という国はヴィルトールの南隣という設定)。現実との対応は別にして、言葉が共通という設定ならばネーミングも統一してほしいのですが、まあいいでしょう。
恋愛があるなら、当然ジネットとユリウスの間で、だと思われますが、今のところその色彩は弱め。
女主人公で男性と恋愛するのは女性向け作品としてむしろ普通なので、ここでも Web 作品では少し目先の違うものが流行るのかも知れません。まだあまり確かなことは言えませんが。
イラストを見ると、ジネットは可愛いですし、文章のページのところどころに道具類のイラストが入っているのもいい感じです。

ただ、「髭面の大男」で、一見すると怖いことが強調されるユリウスに関しては――

(同書、)
あまり強面に見えず、髭も申し訳程度。
少女漫画的な絵で、しかもヒロインの相手役を描く場合の宿命でしょうか。
必要なものは一通り揃っていざ開店したところで引きとなり、今後どういう風に転んでいくのか分かりませんが(サクセスストーリーかそれとも人情話か)、とりあえず期待してみましょう。
(もちろん、先が気になるなら Web 版を読めばいいのですし、そもそも本作は Web ではすでに完結しているようですが。ただ本作は書籍化に当たっての改稿が結構大きく、章の区切りも Web 版とは違っていますし、この1巻の結びも書籍に当たっての加筆です)
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