オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
「地味な才能」か「地味が才能」か――『おいしいサンドイッチの作り方 スタンバイタイム』
『わたしと男子と思春期妄想の彼女たち』のやのゆい氏、デビュー作が全4巻で完結して以来約3年ぶりの新作です。
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本作の主人公は自分を「モブキャラ」と自認する男子高校生・草加雄馬(くさか ゆうま)。この度高校二年生に進級し、「高二デビュー」を目指していました。
しかしデビュー失敗……かと思いきや、剣道部エースの体育会系好男子・吾妻剛毅(あずま ごうき)に声をかけられ、書道部の控え目な眼鏡っ娘・文坂記子(ふみさか きこ)(通称カキコちゃん)を交えて三人で帰ることになります。
その道中、彼は開店前の喫茶店「アマミーレ」を見付けます。この喫茶店の店長・天宮甘美(あまみや あまみ)(表紙の人物)は並外れて美味しいコーヒーを淹れられますが、その代わりコーヒー以外はさっぱりという人物でした。
雄馬は彼女にある「才能」を見込まれ、「特別な自分になってみない?」と誘われ、「アマミーレ」でアルバイトをすることになります。
しかも、店長がコーヒー以外は駄目なので、サンドイッチ作りを任されることに。
アルバイトにいきなり厨房を任せるとか、まったく先行き不安な店ですが、まあそもそも開店時の事情そのものにかなり急なものがあったとか、あまり高い給料を払ってちゃんとした店員やシェフを雇うような方針ではないのだとか、一応の説明は付いています。
サンドイッチ作りを頑張る雄馬。
それに……言うまでもなくラブコメになります。
店長は別として、主要キャラが男二人に女一人の三角関係というのは、最近のライトノベルには珍しい――少なくとも流行りからは外れたタイプです。
今の主流は女の子の方を増やし、主人公のライバルというのは存在しても、真っ向女を取り合ったりはしません。
ただ、それでも本作は十分に楽しめます。
登場人物はいい子揃いでヒロインは可愛く、関係性も微笑ましくて、青春ラブコメとして爽やか。適度な試練による盛り上げどころもきっちりしています。
何より、主人公の無自覚な「才能」がちゃんと説明されています。
彼の「空気を読み」気を配る能力の非凡さは前半で明言されていて分かりやすく、また才能の貴重さもよく分かるのですが、それでいて雄馬自身は最後までその意味を正確に把握していないようです。
その才能が――たとえばスポーツ系部活のエースであるとかいうのとは異なり――地味なものであるということと、地味さが才能であるということは違う……と考えると、今回も作者の着眼点には鋭いものがあります。
ある意味では、平凡だと思っていた主人公が才能を見出され、そして各種の芸に秀でた仲間を集めてミッション(喫茶店経営)に挑む……というのは、冒険物のプロットに忠実でもありますね。もっとも、主人公がリーダー=経営者サイドでないというのは普通とは言い難く、だからこそ主人公の意志は「ミッション」よりもラブコメに向くことができたのでしょうが。
ちょっと引っ掛かるのは、やたらと自分が「モブキャラ」であることを強調する主人公のオタクっぽい語り口。
いよいよ高二デビューだ!
高二といえば、アニメや漫画の主人公!
彼らの多くは一六歳から一七歳の高校二年生で、学校に通いながら世界を救ったり、ヘンテコな部活に所属してヒロインたちとキャッキャウフフしつつ楽しくすごしてる。恥ずかしながら僕はそんな主人公たちに子供の頃から憧れてて、高二になるのをずっと心待ちにしてきたのだ。
今日から僕も「俺TUEEE!」な彼らの仲間入り!
けど、残念なことに、この学校にはヘンテコな部活は存在しないし、魔法やら科学で成績が決まるようなカリキュラムもない。それに謎の転校生が現れて、僕を異世界や裏社会にスカウトするような展開もなさそうだ。
そもそも僕はアニメと現実の区別ができてるので、物語の「主人公」になれるとは思ってないし、なろうとも思ってない。あくまで強い主人公キャラに憧れてるだけであって、草加雄馬っていう「キャラクター」が、「主人公」には絶対なれない「モブキャラ」だってわかっているのだ。
(やのゆい『おいしいサンドイッチの作り方 スタンバイタイム』、KADOKAW、2014、pp. 6-7)
この後に「モブキャラっていうのはアニメや漫画などの背景に生息してる人たちのことだ」と説明があって、こうした用語に詳しくない読者にも通じるよう気を遣った表現になっていますが、しかしオタク用語に詳しくない読者相手と考えるとなおさら変にディープな気がします。
会話シーンでも、こういう用語を平然と口にするわけでこそないものの、どこかこのノリが反映されているせいかわざとらしさを感じるところがありました。
もっとも、ヒロインも同類だったりするので、ある意味では筋は通っているのですが。
その他、作中で主人公が挑む料理のレシピが載っていたりする凝り具合も本作の楽しいところです。

もっとも、正確に言えば載っているのは原材料と分量までで、工程については簡素であるかほとんど書かれていないので、これだけで使えるわけではありませんが。
それから、前作『わたしと男子と思春期妄想の彼女たち』のキャラクターたちが登場するクロスオーバーがあるようですが、あとがきで言われないと分かりようがないレベル。
「あの人は実はあのキャラです」と外で説明されるだけでは仕方がないのであって、読んでいて「あっ、あのキャラか」と気付いてこそこういうファンサービスは楽しいのではないでしょうか。
一言で伝えられるほどに特徴的なキャラではなかったとしても、そのキャラらしい口調や行動・言動を見せる工夫が欲しかったところ。
レシピの件に関してもそうですが、こういう「遊び」にもうちょっと力を入れても、良かった気がします。
料理を扱うならその「美味そう」な描写はきわめて重要であり、工程の描写もそれに関わってくることがありますから、そういうところに力を入れるのも無駄とは限りますまい。
とりあえず、ラブコメとしても決着したわけではありませんし(店長は――実は十代というのが信じられないくらい――落ち着いて包容力のある人物なので、あえてラブコメ参戦してこなくてもいいですが)、サンドイッチに関しても一定の成功を収めたとは言えすぐに極められるようなものではないはずなので、続きは可能でしょう。楽しみにしておきたいと思います。
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