オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
生きる理由はまだあるか――『殺したがりの天使ちゃんは黒木君の夢を見る。』
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作者はからて氏。元々は2ちゃんねるで発表されたという『マカロン大好きな女の子がどうにかこうにか千年生き続けるお話。』でデビューした作家で、本作は単行本第2作目となります。
本作の主人公は男子高校生の黒木勇人(くろき ゆうと)。
中学時代までは野球でエースとして活躍していましたが、事故で怪我して野球を離れており、クラスではヤンキーだと想われて恐れられる日々。
唯一親密に声をかけてくれる幼馴染みの少女・真弓渚(まゆみ なぎさ)(野球部マネージャー)とも、事情あっていささか気まずい関係のまま。
そんなある日、彼は空から落ちてきた天使とぶつかり、その胸を揉んでしまいます。
何でも天界では胸を揉むのは婚約の印、しかし人間は死なないと天界には行けない、というわけで、天使はあの手この手で黒木を殺そうとしてきます。
婚約を解消する方法は、黒木に好意を持っている他の女の子の胸を揉むことのみ。
残り5日間のタイムリミットで、何とか相手を見付けるべく奔走する黒木ですが……
ですます口調の押しかけ上房ヒロイン、好意全開で変なものを食べさせるなど傍迷惑なアプローチをしてくる……という辺りは少なからず『ニャル子さん』を連想しました。名前が人間に聞き取れないというのは(まだありがちという点で)ともかく、「ポケットからそこに入るはずのないサイズのものを取り出す」といったネタまで共通していたので、なおさら意識してしまいました。
もっとも、意図してボケをかましているニャル子に比べ、こちらの天使はもう少し天然のようですが。
まあ、それは大した問題ではないのですが、『マカロン大好きな~』は、他人が不幸になろうが世界が滅びようが救われようがどこ吹く風、というブラックさが持ち味の一つとしてあったのに対し、本作ではそれは薄れた印象です。
天使が正面から「殺す」という倫理的に問題ある行為を仕掛けてきて、主人公がそれを問題ある行為として受け止めて逃れようとしている限り、それはブラックユーモアというよりスラップスティックであって、総体としてはむしろ倫理的に健全ですから。
ただ後半になると、前作のブラックさとは方向性が違いますが、黒木がいかにクラスの皆から敵視されているか、という描写はなかなかに強烈なものがありました。
その山場は、クラスの女子のリーダー格が「あんた、もう渚に話しかけるのやめてくれない」「あんたみたいにサイテーな奴に絡まれても渚が迷惑だって言ってんの」(p. 166)と言ってくる場面です。
自分はあくまで皆が恐れる悪党に対し毅然と立ち上がったのだ、という確信を持って。
友達がいないとかヤンキーと誤解されて恐れられている主人公は何度も見てきた設定ですが、周りが「黒木君に話しかけるとか、殺されるぞ」と過剰反応して逃げ回っている内は、まだコメディで済みます(実際、序盤から描かれている大部分のクラスメイトはそうした反応でした)。
他方で、友達がいない主人公の孤独を真剣に描いたとしても、単に周囲との交流がないとか存在を認知されていないとかなら、開き直って平和に過ごすこともできるかも知れません。
しかし、真剣に敵意を向けられると事態はまさに針の筵。そんな中で誤解を解いて自分を認めて貰おうとすること自体が正しいのだろうか、という黒木の悲痛な想いがよく伝わります。
そしてポイントは、黒木にそうして敵意を向けてきた女子も、黒木を――場合によっては周囲の人をも――殺そうとする天使も、基本的には善意でやっている、ということです。
善意から来た悲劇――と言えば表現は月並みですが、この辺が一番味を感じた見所だったように思います。
また、黒木も野球ができなくなってから生きる目標を見失ったようになり、一時は天使に殺されてもいいんじゃないか、とも考えますが、やはり命は惜しいもので、天使との婚約解消――実態は女の子の胸を揉むということであれ――を新た阿目標として活力を取り戻します。
しかし、そうして動いたところでクラスメイトの露骨な敵意に遭い……と、彼の挫折と絶望が二段階になっているのもポイントでしょう。
その二段階の果てに、最後に彼が譲らず立ち上がる理由となるものも、見えてきます。
黒木と天使の過去に関わる事柄は、当初天使が「結婚したくないよー。好きな人いるのにー」(p. 32)と言っていたのが、すぐに切り替えたかのように黒木への好意を示してくる時点で早々に予想は付きますが、説明控え目なのもちょうどいい塩梅です。
ラストもオーソドックスながら綺麗で爽やかでした。
しかし、『アンドロイドは電気羊の夢を見る』のパロディタイトルももはや定番の一つですね。
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