オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
美少女に愛されるのも辛いよ――『恋すると死んじゃう彼女に愛されすぎると俺が死ぬ』
![]() | 恋すると死んじゃう彼女に愛されすぎると俺が死ぬ (一迅社文庫) (2015/01/20) 西型 一央 商品詳細を見る |
本作は一迅社文庫大賞 New Generation Award 2013 の金賞受賞作品です。
帯にも「2014」と書いてありますが、Web の新人賞ページで確認する限りは2013です。

まあ、募集が2013年、結果発表が2014年、発売が2015年ではいつの話か忘れもするかも知れません。
新人賞をリニューアルしたために「第○回」と付けなくなったのが混乱の始まりでしょうか。
それはそうと、本作は学園ラブコメ作品です。
主人公の杉浦修士(すぎうら しゅうじ)、まあ比較的平凡な男子高校生と思われます。
ある日の放課後、彼は学園のアイドルにして街一番の名家のお嬢様である天之川美月(あまのがわ みつき)に声をかけられました。
そして美月の主治医である天才保健医・村雨夕子(むらさめ ゆうこ)によって告げられる衝撃の事態。
美月は修士に恋している――だけでなく、恋愛に対する不安によって体調が悪化し、死に至る奇病「恋死病」に冒されている、というのです。
想い人に愛されていると感じている間はいいけれど、恋愛が成就しないという不安に駆られると生命が危ない、というのです。
自分が彼女を「愛している」とまで言っていいのか分からないまま、全力で彼女の想いに答えようとする修士。
ところが、修士は修士で、女子と接触すると命に関わる奇病「女死病」に冒されていました(村雨曰く「女子耐性の極めて低い非モテ」ゆえの「異性アレルギー」とのこと)。
しかしこのことを美月に知られてしまえば、彼女は「修士のためにはこの恋が報われてはならない」と思ってしまうかも知れず、それは恋死病にとっては最悪の事態……
というわけで、修士は可愛いお嬢様と密着して甘い日々を過ごしながら、吐血に耐えることに……
天国と地獄が同居するこのコンセプトは悪くありません。
もちろん、こうした状況がいつまでも波乱なく続くはずはないのであって、終盤では全てが破局するか否かの懸かったシリアスな展開になるのですが、切なさと甘さの入り交じったこの内容は、この設定に相応しいもので良い味を出していました。
ただ、中盤までのコメディは今ひとつ乗れませんでした。
総じて、この荒唐無稽な設定に引き込む力が弱いように感じられます。
たとえば、村雨医師は「この世界に存在するありとあらゆす病を治すことができると噂される」(p. 18)天才医師で、しばしば生徒を実験台にするため学校中から恐れられています。
椅子に腰掛けた村雨先生が、ニコリともせずに俺を睨みつけた。
左右で色の異なる二つの瞳。
長い前髪の間で見え隠れしている右目は、『神秘の黒曜眼』と呼ばれていて、その瞳の力で、どんな病気なのかやその対処法も「診える」という噂だ。
どんな異能設定だよ。
(西型一央『恋すると死んじゃう彼女に愛されすぎると俺が死ぬ』、一迅社文庫、2015、p. 21)
「どんな異能設定だよ」と地の文でツッコミを入れるのは、荒唐無稽な設定であることを承知の上でそれを現実のものとして持ち出すに当たって、それを「笑えばいい、冗談のようなもの」として扱うことで受け入れられるようにするワンクッションのようなもの(冗談なら荒唐無稽でも当然ですから)で、それでどこまで可能になるのかという微妙な問題はさておいて、しばしば用いられる手法です。
しかし、このツッコミはひどくあっさりしていてバイタリティに欠けます。
どうも設定の馬鹿馬鹿しさにツッコミが追いついていないと言いますか、コメディとしてそこまで笑えもしませんし、ましてこの巫山戯た世界観に馴染めるかというと、どうもしっくりこないものがあります。
天之川家の人々もかなりぶっ飛んだ連中で、村雨以外にも異能の類も登場しましたが、同じ印象です。
それから、本作はフォントをゴシック体にしたり拡大したりすることによる強調も多用していますが、これも効果的かどうかは若干の疑問を感じました。
まあ全体としてコメディに今ひとつ乗れなかったから、そう感じるのかも知れません。

推察するに、「恋死病」や「女死病」という設定は(それに近い事態はあり得るとしても、それで血を吐いて死ぬ等というのは)どう真面目に設定しても荒唐無稽なものにしかなりませんから、コメディ調で冗談のようなものとして提示するという形になったのでしょう。
さらに、そうした奇病をただちに診断できる医師は普通の医師ではあり得ない……というところから村雨の設定が演繹され、周辺人物も基本設定との兼ね合いでぶっ飛んだ設定が与えられていったのではないか、と思われます。
ただ、それを存分に活用できているかというと、、個人的にははてさて……と思ってしまいます。
クライマックスのシリアス部は良かっただけに、適性をよく考えてほしいところです。
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ところで、選評でもさんざん「カテゴリーエラー」と言われ、また作者自身もあとがきで述べていることですが、投稿作の段階では美月は「男の娘」だったとのこと。
改稿がどのくらいに及んだのか分かりませんが、出版されたバージョンでの本作には、その痕跡は見当たりません。
つまり、「男の娘」要素は本作の軸から切り離せるものだった、と考えられます。
それに対して、同期受賞作である『簡単に彼を変態とは呼べない』は、これも同様に「ライトノベルらしくない」題材(尿フェチ)が問題視された作品ですが、こちらに関しては選考の時点で誰も「改稿で何とかする」という選択肢を考えていないのが窺えます。
これは正しいのであって、『簡単に彼を~』の方は、「さすがにそれはない」と誰もが引くような性癖が主題でなければ、話が成立しません。ただ、その主題では読者も引くから売りようがないのです。
実のところ、改稿されて公刊されたものを見比べても、完成度では『簡単に彼を~』の方がずっと高いように思われます。
しかし完成度が高いがゆえに、難点を切り離すこともできなかったというのは、考えさせられる話です。
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