オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
ヘブライ語読書会の成果
しかし、この度その甲斐であってでしょうか、イスラエルから来日中のユダヤ文学者、アヴィドヴ・リップスケル先生に紹介していただくことができました。
実に望外の事態です。
このブログでは邦訳されてもいないものをあまり詳しく取り上げるつもりはありませんが、読んでいたのはシュムエル・ヨセフ・アグノン(Shmuel Yosef Agnon)の「印(Hasiman)」という短編です。


英訳は「The Sign」というタイトルで下記のアンソロジーに収録されています(同英訳を収録している本は学術誌を含め、複数ありますが)。
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ちなみにこのアンソロジーも、聖書の『申命記』から現代文学に至るまで、ユダヤ人が被った「破壊」を描いた文学(楽譜付きの音楽作品も含む)を集めた、なかなか凄いポイントです。
週に1回、1ページくらいずつのペースで、休みも挟みつつ、30ページ程の短編を読了するのに9ヶ月余りかかりました。
それでも理解の及ばないことはたくさんあります。
とりわけ、アグノンの著作はユダヤの伝統からの引用に満ちているのですが、それを特定する「訓詁」的な仕事はユダヤ人の専門家が研究しているようなことであって、我々の及ぶところではありません。
この「印」という短編が書かれたのは1950年代、公表は1966年ですが、作中時期はナチスによるユダヤ人虐殺が新たなニュースとして入ってきた時ですから、第二次世界大戦中~直後くらいでしょうか。
名前の出てこない一人称の「私」による語りですが、この語り手は明らかに著者であるアグノン自身を思わせます。
エルサレムに住んでいる「私」のもとに、彼の故郷の街(現ウクライナのブチャーチ Buczacz ※)のユダヤ人が皆殺しにされたというニュースが飛び込んできます。
しかしその日はシャブオット――ユダヤの律法伝授の喜びを祝う日――の前日だったため、彼は嘆かず、喪を延期します。
淡々とシャブオットを祝う中で、フラッシュバックする故郷の街の姿。
後半は幻視の中で死んだ故郷の街の人々に出会い、そして中世のユダヤ詩人ソロモン・イブン・ガビロールと対話する「私」。
最後まで読んでも、果たしてこれは「私」にとって救いになったのかどうか確言できないような、何とも不思議な味わいを持った話です。
※ この地域はアグノンの生まれた19世紀末にはオーストリア・ハンガリー帝国領、第一時世界大戦後にはポーランド領、第二次世界大戦後はソ蓮領、そしてソ蓮崩壊後はウクライナという複雑な歴史を持っています。
フランス哲学を専門としている私どもがアグノンに興味を持ったきっかけは(私の場合、まず語学が趣味のようなものというのがありますが)、フランスで活躍したユダヤ系哲学者、エマニュエル・レヴィナスが「詩と復活」(『固有名』収録)でアグノン「印」を論じていたことです。
この読書会のもう一人の参加者もレヴィナスを研究している方でしたし。
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英語で読める「印」についてのコメンタリーとしては、Alain Mintz ‘‘Between Holocaust and Homeland’’(下記の論集に収録)があります。日本語では残念ながら管見に入る限り見付かりませんでした。
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日本語に訳されているアグノンの作品は、確認できた限りでは『ノーベル賞文学全集』に収録されている短編5本だけです。
(もしかしたら、他に学術誌などに発表された翻訳があるかも知れませんが)
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