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ハーレムと政治的立場との間で――『魔弾の王と戦姫 11』

今回取り上げるライトノベルはこちら。アニメも放送を終えた『魔弾の王と戦姫』11巻です。

魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉11 (MF文庫J)魔弾の王と戦姫〈ヴァナディース〉11 (MF文庫J)
(2015/03/24)
川口 士

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 (前巻の記事

前巻で第2部が終了、主人公のティグルも無事記憶を取り戻してヒロインのエレンのもとに帰還しました。
そもそもブリューヌの田舎アルサスの領主であるティグルは、本作冒頭でエレンの、したがって隣国ジスタートの捕虜となっていましたが、身分上は捕虜のままブリューヌの内乱を収めた英雄となり、それを捕虜のままにしておくわけにもいかないということで、ブリューヌ・ジスタート両国間の盟約により客将としてジスタートに3年間滞在する予定でした。
しかし、第2部でジスタート王の依頼により密使として異国に出向いた先で多くの騒動に巻き込まれ、新たな功績を挙げる一方で、消息を絶ってあわや死んだかと思われる事態にも陥りました。
ジスタート王としても責任を取り、予定より早く、すぐにティグルをブリューヌに返すことが決定しました。

そんなわけで今巻は、帰国直前、ジスタートの王宮で新年祭を祝うところから始まります。
しかしそんな中、今まで目立った動きを見せなかった国ザクスタンがブリューヌに侵攻したとの報が入ります。
すぐさまザクスタンを迎撃するためブリューヌに向かうティグル。援軍としてついて来るのは――ジスタート王の勅命により――エレンと、そしてこれまでほとんどティグルと接点のなかった戦姫ヴァレンティナです。

今回は魔物や竜も現れず、また竜具やそれに類する神話的武器の使い手との戦いもなく、そうした相手に対してはティグルや戦姫も大技は使わないので、後半はずっとファンタジー要素抑え目の合戦です。
数的な劣勢を跳ね返すのはほとんどいつものことでしたが、今回はザクスタンの敵将もなかなかのもので、ティグルとエレンもなかなか打開策を見出せず苦戦します。そんな中、ヴァレンティナが策謀家らしい活躍を見せることに。

実のところ、ヴァレンティナがおそらくラスボス格の存在であるガヌロンと通じていることは、第1部の終盤ですでに示されていました。
さらに第2部では、彼女はあわやジスタートに内乱を起こすかと思われる謀略を巡らせていました。
ただ9巻では、その謀略もそれほど緻密な計画というわけではないこと、さらにはガヌロンの正体をよく知っているわけでもなさそうなことが示されて、底が見えた印象もありました。ともすれば、最期は利用されて終わるのではないかという不安も抱かせたのですが……
しかし今回、――未だティグルたちにそれを明かしはしないものの――やはりガヌロンが魔物であることを知っているらしき描写。今なお彼女の実態は摑み難いものがあります。
味方となったとは言え、まだ手の内を明かす気もなさそうですし……

しかも、ザクスタンとの戦争は今巻では終わりません。
そもそも、国内の反現政権派がザクスタンと通じて引き入れていることはほぼ確実ですし、今回の冒頭はブリューヌ宮廷での謀略から始まっています。
さらに、ザクスタンの動きを見て、かつてティグルと戦ったムオジネルの将クレイシュも腰を上げました。
国内外にティグルを追い込まんとする動きが見えています。

どちらかというと、大群を率いる将の立場を降りてのティグルの旅を中心に、戦姫と魔物にウェイトを置いていた第2部から一転、ここまでの布石も活かして、第3部は一気に戦記としての方向に舵を切った感じです。
何しろ、すでに4ヶ国が参戦しており、大陸全土を巻き込んだ大戦になりそうな勢いですから……

そんな中、未だ動きを見せていないのはアスヴァールです。アスヴァールのタラードは、ティグルが第2部でアスヴァールに密使として赴いた時に出会い、共闘もした相手ですが、やがては敵になりそうな気配もありました。
年齢等の面でもよりティグルに近いものがありますし、彼こそライバルとしていつか満を持して登場する……のでしょうか。


ところで、今回ザクスタン侵攻の報が入るのは120ページを過ぎてからで、前半3分の1はジスタートの王宮での祭で、ティグルと6人の戦姫が顔を合わせて会談する展開です。
とは言え、ここで人物同士の関係やら宮廷の雰囲気やらを丁寧に描いているのも本作の売りの一つ。
そして何より、ティグルの政治的処遇や女性関係の問題も、はっきりと示されました。

ティグルほど功績のある者が、いつまでも田舎の小領主として今まで通りに暮らしているわけにはいきません。周りがそれを許さないのです。

「才能や功績のない者が野心を抱いてもろくなことにはならぬが、そなたのような者が無欲でもよくない。そなたの為人を知らぬ臣下たちは、国王に不審を抱くであろう。功績に対して正しく報いることもせぬと。そなたを無欲な者として美徳に仕立てあげる手もあるが、他の者はそなたに嫉妬の視線を向けるであろうな。領民たちも、誰もが無欲な領主を喜ぶわけではあるまい。領主が恩賞にあずかれば、そのおこぼれを望む者もいよう」
 (川口士『魔弾の王と戦姫 11』、KADOKAWA、2015、pp. 92-93)


今や王位すら望める立場にあることを突き付けられたティグル。今回の報償の件については片付けたとしても、それでこの話が終わった訳ではありますまい。

そして、そろそろ結婚する気はないのか、という話も二度に渡って訊かれます。
しかも、一度はヒロインのエレンによって。
実際、ティグルも18歳。そろそろ結婚していてもおかしくない年齢ですし、領主は跡継ぎを作ることも求められます。

ただ、だからといってエレンはこのことと、自分とティグルとの関係は明確に切り離して考えています。
戦姫たちはそれぞれジスタート国内にある公国の主で、ティグルはアルサスの領主。どちらがその立場を捨てて嫁入りまたは婿入りすることができない以上、現段階で結婚は不可能なのです。
この点に関しては、他の戦姫も皆弁えています。
皆が揃うシーンでは互いにティグルとの関係をアピールし牽制し合う修羅場も見られますが、裏を返せば誰ももはや自分の気持ちに関して迷うことなどない、ただ立場上結婚は諦めている、ということ。
本作の登場人物たちは、為政者として見れば未熟なところはあっても、自らの社会的責任を自覚して受け入れている大人であって、自分や相手の気持ちを問い質すゲームとしての恋愛は、問題としては副次的なものです。
やはり、ハーレムは何よりも、社会的・制度的な問題なのです。

他方で、ティグルがレギン王女と結婚してブリューヌ王になる道は、まだ現実的に思われます。
そもそも、第1部ラストで「月光の騎士(リュミエール)の称号――かつて唯一人同じ称号を授かった騎士は、王女と結婚して王となったという――を授けられた時から、王女側は確実に外堀を埋めてきています。
今回は(多分)知らずしてとはいえ、レギンと親交のあったティグルの侍女ティッタが、それにちなんでブリューヌ・ジスタート連合軍を「月光の騎士軍(リューンルーメン)と名付けてしまいました。
ただ、戦姫たちとの関係を考えてそこが着地点とも思えないのが味噌でしょう。

そんな中、第2部でティグルと出会った戦姫オルガは、非常にストレートに好意を示し、ソフィーには明確に対抗心を見せるなど、恋愛面で存在感を見せています。
今回、久々の登場でティグルの「子供が欲しい」と大胆発言です。

「騎馬の民において、婚姻は家同士のつながりを重視する。家の絆は一万の羊に優るという言葉もある。一方で、優れた技能を持つ者の血を取り入れることも奨励されている。相手は同じ部族の者であったり、行きずりの旅人や傭兵だったりとさまざまだが」
 (同書、p. 62)


オルガは現役戦姫の中で最年少の15歳(初登場時は14歳)で、外見も際だって幼い感じ、挙動も幼く見えることは多々ありました。
しかも騎馬民族の長の娘から急に広大な公国を治める戦姫となって戸惑い、見聞を広めるため失踪して2年間も放浪していたという経歴もあります。それは為政者としての責任を放棄したと言われても仕方ないことであり、真面目ゆえのことかも知れませんが、子供だったという面もあるでしょう。

ただ、今回の件に関しては、単に子供っぽいことを言っているわけではなさそうです。
彼女は明確に、結婚できないのは分かっているから、婚姻関係の外でティグルと結ばれて子供が欲しいと言っている――つまり制度上の問題に対抗するため異民族の異なる習慣をぶつけているのです。
もちろん宮廷人からすれば、「蛮族は貞操観念が未発達だ」と見られるのがオチの話、これをそのまま実行に移せるかと言うと難しいでしょう(こうした恋愛・結婚習慣の多様性を巡る話を詳しくはまたの機会に)。

ただ、オルガの発言が制度の問題に一石を投じた面は確かにあります。
こうなればティグルに求められるのは、現在の制度と体制の枠を超えて戦姫たちを従える王となる道しかありますまい。

ちなみに誰を娶ろうがティッタが愛妾になるのはほとんど確定という勢い。彼女が一番立場を保証されているとも言えましょうか。

 ~~~

前巻に引き続き、今巻も漫画版新巻と同時発売です。

魔弾の王と戦姫 7 (MFコミックス フラッパーシリーズ)魔弾の王と戦姫 7 (MFコミックス フラッパーシリーズ)
(2015/03/23)
柳井 伸彦、川口 士 他

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ゲーマーズ購入特典はオリジナルブックカバー

魔弾の王コミカライズ7巻 オリジナルブックカバー1

装着するとこんな感じ↓ 前巻と違って、描かれているのは通常のカバーと同じエリザヴェータなので、やや新鮮さは落ちるかも知れませんが……

魔弾の王コミカライズ7巻 オリジナルブックカバー2

内容としては原作4巻の中盤~終盤。
二千の軍でムオジネル軍二万と戦い、ひとまず撃退に成功するティグルたちですが、その二万ですら先遣隊にすぎないことが明らかに。絶望的な状況で彼を救うのは……
他方で、エレンは親友サーシャを助けるためジスタートに戻り、戦姫エリザヴェータと対決していました。
現作4巻のクライマックス――ムオジネル軍との決着およびレギンの正体については次巻です。

今回、戦姫が全力で竜技を放っての戦いとなるエレン対エリザヴェータは割とあっさり片付きますし、ティグルの側は黒弓による超常の技を振るうこともなく、技量と策で挑むので、アクションシーンはやや控え目な印象です。
しかし、これも原作の雰囲気に忠実な結果でもあるのでしょう。
そして、ティグルの神業めいた弓はやはり痺れるものを見せます。

なお、今巻の内容は漫画版の連載とアニメ放映がほとんど重なっていたのですが、新登場キャラのデザインはアニメ版といくぶん違いはあるものの大枠は近いという感じに。
コミカライズ作者の柳井氏の名前もアニメのキャラクターデザインにありましたし。ただ、漫画で描く以前にキャラクターデザインをアニメ用に作成するという作業をどのくらい行っていたのか、詳細は分かりませんが。

オージェ子爵の息子ジェラールの色男ぶりは概ねイメージ通り。

ジェラール
 (川口士/柳井伸彦『魔弾の王と戦姫 7』、KADOKAWA、2015、p. 21)

ムオジネル先遣隊の指揮官カシム

カシム
 (同書、p. 12)

それから、原作の最新巻にも登場し続けている、ムオジネルの総指揮官にして王弟の“赤髭(バルバロス)”クレイシュ
原作の記述だと、

 中肉中背ながら引き締まった体躯を派手な色彩の絹服に包み、頭部を包む絹布には虹色の巨大な羽根を差している。目は大きくくぼんで、鼻と耳は長い。異名の由来である赤髭は顎を覆い、胸元まで伸びていた。
 悪相とまではいわないが、奇相ではある。これが奇抜な服装とあいまって、王族というよりは道化師に見えた。
 (川口士『魔弾の王と戦姫 4』、メディアファクトリー、2012、p. 120)


それが漫画では…

クレイシュ
 (川口士/柳井伸彦『魔弾の王と戦姫 7』、p. 56)

「道化師に見える」と言うにはかなり強面な印象でしょうか。何より異様な目つきが怖いですね。
ただ、各部の特徴については概ね合っていますし、後々まで登場する大物の敵らしい迫力と存在感もあります。
やや残念なのは、彼の「もし戦姫とやらが評判通り美しければ協力を持ちかけよ」の台詞がなかったことでしょうか。

後は、原作イラストにたっぷり描かれているキャラですが、エリザヴェータも今回が初顔見せ。

エリザヴェータ
 (同書、p. 103)

彼女の特徴であるオッドアイは、モノクロ画でこうはっきり描くと結構異様な感じもしますが……

ともあれ、相変わらず表現の質は高くて素晴らしいコミカライズです。


魔弾の王と戦姫 設定資料集魔弾の王と戦姫 設定資料集
(2015/03/25)
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魔弾の王と戦姫 スタッフ本 『魔弾の本』魔弾の王と戦姫 スタッフ本 『魔弾の本』
(2015/03/25)
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プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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