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失われた他者と存在理由を求めて――『アリスと蔵六 6』

今回取り上げる漫画はこちら、今井哲也氏の『アリスと蔵六』の新巻です。

アリスと蔵六 5 (リュウコミックス)アリスと蔵六 5 (リュウコミックス)
(2015/04/13)
今井哲也

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 (シリーズ既巻についての記事

既巻についての記事で書いたように、超能力少女の紗名と頑固爺さんの蔵六が出会って家族となる話はひとまず2巻で一区切りとなっており、3巻からいわば「羽鳥編」になっていましたが、それも今巻で一区切りとなります。
敷島羽鳥は、人間の心を操る「アリスの夢」に覚醒してしまい、しかもそれをコントロールできずに周辺一帯の人々を心を持たないゾンビのようにしてしまっている少女です(彼女の無意識によるものか、親友の美浦歩(みほ あゆむ)だけは無事ですが)。
そんな自分を恐れ、歩と二人で家出していた羽鳥が通ったことにより、紗名も周囲の大切な人たちが感情を失い、反応しなくなってしまうという、かなり恐ろしい状況に見舞われました(能力のためか、紗名自身は羽鳥の能力の影響を受けません)。

今回、その件に関して怒りをぶつけるべく、紗名は羽鳥を「ワンダーランド」へと引き込みます。

アリスと蔵六5巻1
 (今井哲也『アリスと蔵六 5』、徳間書店、2015、pp. 4-5)

しかしどうも、二人の能力は相互干渉で無効化し合っているのか、紗名は「アリスの夢」を発動できなくなり、二人揃ってワンダーランドに閉じ込められてしまいます。
そこで語られる一つの事実――おそらくワンダーランドは紗名以前から存在しており、むしろ紗名そのものがワンダーランドの端末、他の「アリスの夢」能力もワンダーランドがこちらの世界の現れてきたものらしい、ということ。

さて、羽鳥は繰り返し「一度人を襲ったクマは殺される」と言っていました。
自分は「魔女」であり「人食いのクマ」である――つまり、おぞましき能力で実際に人心を改竄してしまった以上、もう後戻りはできないのだと。

アリスと蔵六5巻2

アリスと蔵六5巻3
 (同書、pp. 32-33)

この背景には、彼女が小学校受験に失敗してから母親の様子が変わり、過程の雰囲気も変わってしまったこと――それは「自分のせい」で自分は「いらない子」であるという感情がありました。

しかし実のところ、自分は「いてもいい」のかというアンデンティティ不安は、そもそも「人間でない」存在である紗名は、いっそう強く味わったことのあるものでした。
確かに、自己肯定は一人だけでは得られない、自分を拒絶し、かつ受け入れる他者――子供にとってまずは大人――がいてこそ、というのが、蔵六の存在によって本作の描いてきたことでした。
子供にとって第一の他者である親が然るべき時に暖かく受け止めてくれず、叱るのですらなく、関心を失ったような態度を取ったのは、確かに羽鳥にとって不幸なことです。
ある意味でそのことを反映したかのように、彼女は能力によって周囲の人間を思うままにして、いわば一切の他者を消し去ってしまいました。
しかし、「友達」という他者との出会いは、新たな視界を開きます。もう戻れない、やり直せないと思うのは早い、と。

自己肯定――すなわち、自ら「居よう」とする意志
レゾンデートルは自分の意志でもって摑むものですが、しかしそこにはやはり他者が必要なのです。

世間のことをほとんど知らない紗名の成長に当たって、「友達」ができることは新たなステップでしたが、羽鳥にとっても、紗名との出会いは大きく人生を変えます。

もちろん、羽鳥の以前からの親友である歩(ちなみに一人称「ぼく」でサッカー部のスポーツ系少女)も、羽鳥のことを紗名に伝え、外の世界から羽鳥たちを探す上で活躍を見せます。

「羽鳥編」では紗名が自分で怒り、行動を起こし、子供同士で向き合うことがメインであるためか、蔵六の出番は控え目ですが、今巻では孫の早苗と共に紗名を追ってワンダーランドに入り込み、そこでも揺るがぬところを見せます。

アリスと蔵六5巻4

アリスと蔵六5巻5
 (同書、pp. 176-177)

人の世は非対称。こと世代の差がある場合、「いただいた」ものをいただいた相手に返すことはできないことがほとんどです。しかし上からいただいたものを下にお返しする、そうして人の営みは連綿と続いています。

ワンダーランドの目眩く風景描写に加え、スマートフォンからキノコのアンテナが出て異世界に通じるなどの描写も、作者のセンスが詰まっています。

アリスと蔵六5巻6
 (同書、p. 130)

さらに、今巻の後半は「こうなったいきさつを時系列を遡って描く」という手法が繰り返されて、いささか複雑な構成になっています。
そこで時点を切り替える時の印が時計(もちろん、『アリス』の白兎の時計に通じる)という演出も何とも巧みで味があります。

アリスと蔵六5巻7
 (同書、p. 136)

アリスと蔵六5巻8
 (同書、p. 164)

さらに、そうしたあくまで作劇上の(すなわち、読者にとってのみの)時間のズレがワンダーランドと外界では時間経過が異なることによるタイムパラドックス的な要素(作中人物にとっての実在的ズレ)にさらっと繋がってくる演出も光ります。


自分は果たしていてもいいのかという、自己形成における根本的不安、それを豊かなイマジネーションをもってSFとして描く手腕は今回も鮮やかでした。お勧めできる作品です。


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高山宏、巽孝之 他

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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