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映画作りと兄妹愛――『このラブリードールは俺の妹ですか?』

何と一週間も更新が滞ってしまいました。最大の問題は何をして生活しているかです。
更新しない方がグリムスが毎日変化していてとても気になりました。

 ~~~

さて、今回取り上げるライトノベルはこちらです。

このラブリードールは俺の妹ですか? (電撃文庫)このラブリードールは俺の妹ですか? (電撃文庫)
(2015/04/10)
芦屋六月

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作者の芦屋六月氏は『美少女が多すぎて生きていけない』(2巻まで)『ニート系戦隊らぶりぃー・どろっぷす』などの作品がある作家で、電撃文庫からはこで3作(4冊)目になります(過去作から本作まで、どうも読み手を絞りそうなタイトルセンスが一貫していますが、これは作者のセンスでしょうか、それとも編集者でしょうか)。

さて、本作の主人公・恋木沓一郎(こいき よういちろう)は不登校気味の男子高校生で、そして妹のみさらに対し、異性としての恋心を抱いてしまっています。
彼は兄の孝一郎とアパートを借りて暮らしているものの、孝一郎はほとんど不在で、再婚した母親と暮らしているみさらは他に友達もいないようで、よく彼の家に遊びに来ていました。
沓一郎は(当然のことながら)みさらに対する想いを隠しつつ、自分が妹と恋人になる妄想を密かにノートに綴っていました。

しかしある日、乙黒組という映画制作グループの連中がアパートに現れ、沓一郎は兄と間違われて拉致されかけます。何でも孝一郎は乙黒組に所属していたものの、行方不明になっているようで……
そして、妄想ノートを見られた沓一郎は、脚本として映画作りに参加するよう誘われます。
とは言え、妹と恋仲になる妄想をそのまま公開して本人にまで観せるわけにもいかず、新たに“ラブリードールを愛してしまった男の話”を書き下ろすことになります。
ところが、映画撮影のために用意されたラブリードールはなんたる偶然か、みさらにそっくりで……

物語としては、映画作りを巡る青春ドラマがメインでしょうか。
急な役者の不都合、予定していた撮影場所が使えなくなる、監督と役者の対立……等の数々のハプニングに見舞われる中で、沓一郎は何度も駆け回り、関係者を説得することで少なからぬ人を動かし、そして引きこもりがちだった本人もずいぶんと成長していきます。

そしてもちろん、兄妹のラブコメです。
兄妹ゆえにその想いを明かすわけにいかず、みさらが他の男と接近しても「兄なんだからそんなことには関わらないのが当然」と想いを噛み殺すのみの沓一郎の姿が悲痛で、それゆえのカタルシスもあります。

現場の雰囲気を伝える映画制作の描写に、映画制作と恋愛両面での青春ドラマとしての味わい、いずれにも関しても爽やかで、なかなかの出来です。

ただし――
「妹を異性として愛すること」への問いの扱いは、あっさりした印象でした。

もちろん、ドラマ作りには障害が必要というのが一般則で、この場合二人の間の障害はまずもって「兄妹であること」だという点では、この設定は機能しています。
ただ、ラブリードールとの関係を含むラブコメ展開の全体は、みさらが妹でなく別種の障害を用意してもできるように思えるのです。

象徴的なのは、沓一郎の書く脚本の主人公は現実の女に対して心を閉ざしてラブリードールを愛しており、それを人間のヒロインが変えようとするのですが、それが現実の沓一郎に重ねられていることです。
まあ、元々自分とみさらを主役にした沓一郎の妄想から始まった話ですから(この脚本自体は新作とは言え)理解出来る話ですが、このことが、恋愛ドラマの構造自体は「ヒロインが妹」でなくてもできることを証立てしているようにも思われます。

乙黒組にはハゲのオカマやカメラのレンズ越しにしか女を愛せないイケメンのカメラマン等の濃い面子が多く、だからこそ「世には容れられにくい特殊な恋愛」について問う余地もたっぷりありそうだったのですが、こうした面々の存在は――やり取りの彩りになるという点以外では――沓一郎の妹愛が「受け入れられやすい素地」としてくらいにしか働いていないように思われます(それも大事なことではありますが)。

 ―――

今や「妹」そのものはライトノベルの標準装備のようによく見かけますが、「兄として妹とどう向き合うか」を中心に据えたという点で思い出した最近の例が入間人間氏の『いもーとらいふ』(今月発売の『電撃文庫MAGAZINE』Vol.43に連載第2回を掲載)でした。
他に友達がおらず兄にべったりの妹、アパートに(実質)一人暮らしの兄などの点も共通しています(些末なことながら「兄さん」「にーさん」という呼称も)。

しかし、だからこそ対照は際立ちます。
『いもーとらいふ』の主人公は必ずしも妹に対し異性として欲情しているわけではありませんし、彼が妹に抱く感情は「女らしくなった」「可愛くなった」ではなくまず「妹がこんなに大きくなった(あるいはなっていない)」ことに対する戸惑いです。
今月の第2回では妹が兄を追って一人暮らしのアパートにやって来る展開もありましたが、ここでも妹は(それどころか親も)実に当然のように振る舞っていて、「兄が一人出ていったことに対して拗ねる」「兄の他の女性との関係に嫉妬する」といったラブコメ的展開はありません。
妹への感情は家族愛であって、異性に対する愛とは両立するはずだと分かっているし、実際妹を異性として見ているわけではないにもかかわらず、なぜか両者を両立不能なように感じて秤にかけてしまう兄の「兄妹とは何なのか」「自分はどんな兄でありたいのか」という問いこそが『いもーとらいふ』の主題であり、描かれるのはどこまでも自意識です。

それに比べると、『このラブリードールは俺の妹ですか?』のみさらは、確かに兄を異性として愛しているわけではないようで、そこにはズレもある(だからこそ沓一郎も苦しむ)のですが、しかしそのズレがどこまで主題になっているかは微妙なように感じられました。
「対抗馬」がラブリードールである点がさらに事態を特異なものにしていますが、拗ねたり嫉妬したりするみさらの反応は概ねにおいて常識的なラブコメのヒロインらしいものでした(なお、あらすじの記述に反して、沓一郎は妹とラブリードールの「どちらを取るか」で悩んでいるわけではありません)。

それ自体はそれで良いのかも知れませんが、トータルでの意外なみさらの出番の少なさと相俟って、当の「妹」という問題の扱いに関して物足りない印象をも与えている感はありました。


電撃文庫 MAGAZINE (マガジン) 2015年 05月号電撃文庫 MAGAZINE (マガジン) 2015年 05月号
(2015/04/10)
不明

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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