オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
コンテンツなき無意味と無意味なコンテンツ――『ぼっちーズ』(文庫版)
おともだちロボ チョコII チョコ、西へ行く①
よく見るとタイトルにも「II」と巻数(と思われるもの)がありますし、単行本の補足やおまけというより、本筋の続きと見た方が良さそうです。
同サイトのニュースページでの告知によれば「月一更新予定」とありが、もしやWeb連載に移行するつもりなのでしょうか。
同作者の場合、過去に『トカゲの王』でWeb掲載された掌編が単行本収録された例はありますが、完全に初出をWeb連載とした作品が単行本化された覚えはありませんし、そもそも次巻を出すかどうかも分かりませんし、発表形態そのものが実験なのかと思うくらい、先行きが読めません。
そうした「この作品をどういう形で発表し、仕上げたいのか」という点への疑問は、当然内容とも関わっています。
今回のWeb短編を見ると、単行本時に列挙した未回収の謎――火星と怪獣のコアの青、友香の成績など――については一通り答えが出ていました(怪獣のコアと火星の青に関しては、まだ緒方博士も全てを分かってはいないようで不明なことは残っていますが)。
山百合の友香に対する敵意も、火星の件に関してある程度のことを知っていたとすれば、納得しやすいものです。
他方で友香の成績は予想以上にくだらない話でしたが……しかしこの話らしいと言えばらしいものです。
そうして改めて振り返った結果……話の区切りとしては、1巻のラストはあれで良かったのだろう、と思えます。
1巻で相当に厳しい締めとなった後、新章でいわば再出発……として見ると、今回のWeb短編はまずまずよく嵌っています。
しかし他方で、そうしたストーリーの大枠はそのままに、上述の一連の謎に対する答えを1巻の中に入れてもそんなに無理があったとも思えません。
当初からこの形を意図して書いていたとすればそれはそれで構成に疑問であり、そうでなかったとしたら思いがけずこのような発表形態を取ることになってしまうような失敗があったことになります。その辺、事情のよく分からない所以です。
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さて、それとほぼ同時に(というのも、そもそも入間氏の公式サイトの更新は通例、電撃文庫およびメディアワークス文庫の発売日ですから)、同じく入間氏の『ぼっちーズ』の文庫化がメディアワークス文庫から発売されました。
元々は、約4年半前の2010年11月にハードカバーの単行本で発売された作品です。
![]() | ぼっちーズ (メディアワークス文庫) (2015/04/25) 入間人間 商品詳細を見る |
(単行本版の記事)
内容に関しては旧単行本版である程度書きましたが、本作は大学で友達のいない日々を送り、「秘密基地」――講義棟の片隅の知られざる部屋――に逃げ場を求めた「ぼっち」たちを主人公とする群像劇です。
実在する地名やいかにも体験談めいたエピソードによりいっそうの現実味を与える私小説的な語りから、複数の人間の生にまたがった物語へと展開していく虚実の用い方が巧みです。
まあ、その収束点はというと、ある意味壮大と言えば壮大ですが、やはりどこまでも(作中人物にとっての)個人的でくだらない話なのですが。
文庫化に当たっては細部に修正あり、あとがきが新規である他、15ページの新規書き下ろしで、第一章「いつか君との電気ロケット」の主人公とヒロイン・中村さんの後日譚「いつかの君と電気ロケット」が収録されています。
狭い学校教室に押し込められる高校までは、友達がいないことで浮いて目立ったりしますが、開放的な大学生活にあっては、人と関わらない人間のことなど誰も気に留めません。
ただ彼らは一方的に閉塞感を感じ、集団を恐れ、あるいは憎んで、忌避し、逃げ場を求めます。
「友達が欲しい」と思うかというと、そういうケースもありますが、その限りでもありません。むしろ、自分の居場所を他人に侵犯されることを恐れさえします。
その辺の、一人一人タイプの違う、しかし皆どこかで集団に馴染まないものを備えている連中の屈折具合の描き分けは、もちろん一つの見所です。
今回改めて読んで強く感じたのは、本作はコミュニケーションのコンテンツ(内容)に対する態度の問題を描いている、ということです。
日常会話というもののほとんどは限りなくコンテンツがありませんし、またそれを必要としません。
しかし、「ぼっち」たちはそうした無内容なやり取りに馴染まないのです。
たとえば、第1章で描かれる大学の新入生オリエンテーションの風景では、大学の新入生たちは海岸で砂遊びを命じられます。「最初は班のやつらも曖昧に笑うばかりで動こうとしなかった」のですが、
結局、班の連中が作ったのは不細工な人間モドキの顔真似だった。こんな醜悪な造形を人の顔面だと僕は認めたくない。腐りかけの巨神兵よりお粗末だった。しかもそれを眺めて班のやつらが笑っている。なんだよーコレー、などと指差して朗らかな雰囲気を醸している。
ケラケラと笑い声の粒が舞い散り、お互いの小突く日草に遠慮はなくなっていた。他の班の連中もそうして完成物を笑いの種として、潮風と日差しの中で合宿の締めくくりを上々に仕上げていく。僕のようにはみ出したやつらも、愛想笑いぐらいは浮かべて無理に参加しようと必死になっていた。はみ出し者同士で寄り添おうとする空気さえ感じる。後に敵となる笹島さえも、そのときはそちら側にいた。なぜか海草を両手に握りしめていたが。
この砂浜で真実独りきりなのは、きっと僕だけだった。
(入間人間『ぼっちーズ』、アスキー・メディアワークス、2010、pp. 20-21/同メディアワークス文庫版、KADOAWA、2015、p. 26)
こういうことは何をやっているんだろう、と冷めてしまうと駄目です。
ではそうした「ぼっち」たちはどうするのか。自分で無意味なコンテンツを作るのです。
本作の全てがそうした活動を巡る話であったことは、最後まで読めば分かります。
コンテンツなき無意味なコミュニケーションと無意味とコンテンツ――実のところ、この差はさほど明瞭ではありません。
砂遊びだって「なんだよーコレー」という会話だって、ある種の(無意味な)コンテンツには違いありませんから。
ただし、二人きりなら良くても、人間の数が増えてくるとその「輪」に入れなくなり、疎外されるのが人付き合いの苦手な人間の性。
ならば自分が主導権を握れるコンテンツを用意してしまおう、という。
しかも、本作における「独りぼっちたち」の物語は、時系列的にもかなりの厚みを持っています。
これだけのことにこれほどの時を費やした、バカバカしすぎて壮大な連中の姿を見る時、“恵まれた者”が羨ましさを感じるのは気のせいではありますまい。そこにはコミュニケーションの無意味を極めたからこその共同体の厚みがあります。
さて、今回の文庫化で気が付いたのは、意外と細部の修正が多いことです。
たとえば、冒頭部から。旧単行本版に存在して今回の文庫版で消えている部分は青で、文庫版で新たに書かれた部分は赤で表示してみました。
空を自由に飛びたいわけじゃない。
愛と勇気を友達にしたいわけじゃない。
明るく光る星一つ見つけたいわけじゃない。
僕が望むのは、普通の人が望まないこと。
当たり前にあるべきもの。
酸素とチョコレートの次ぐらいに、誰もが気軽に手にしているもの。
正直、真夏の蝉なんかより見かける数も、騒々しさもヤバイ。
坂を上る最中に嫌というほどすれ違ってきたし、どこを見渡してもぞろぞろ歩いている。そして群れている。その距離感の隙間にまばゆさを感じるほどだ。
手を伸ばせば触れることだけはできる。
道を尋ねれば答えぐらいは返ってくる。
僕は喋れないダルマではなかった。
他のあれやそれやこれやと大差ないつもりで。
それでも僕の願いに必要なのは、途方もない奇跡だった。が叶うために、どの道を進めばいいのかも分からず、途方に暮れる。みんな誰かに教えてもらっているのか、それとも自然と学んできたのか。
僕みたいなやつは他に、誰もいないのか。
無数に林立した墓から見上げる青空と、夏の雲を引き裂くような絶叫が肺を震わせる。
噎せ返る土の匂いと、木々の見当たらない世界での蝉の鳴き声。
もうもうと煙幕のように立ちこめる熱気に身体を溶かされながら、慟哭を止めない。
『たち』のない、1と1が延々続いていく孤独の祈り。
どうか届け。神に、できれば神様に。途方もない可能性を内応するご都合主義的な奇跡よ、降臨せよ。
(同書、pp. 3-4/文庫版、pp. 4-5)
他にも、「二等辺三角形のこんにゃく」を「おでんのこんにゃく」に直していたり(単行本版p. 13/文庫版p. 16)と、微細な修正が結構目に付きました。当時の文体を変えるほどに大幅な改変はないまま、概ねにおいて改善になっているかと思われます。
もっとも、これは主として序盤のことで、途中から修正はあまり見られなくなっていくのですが。
イラストは旧単行本版と同じく宇木敦哉氏。
表紙とカラー扉は新規ですが、本文中の章扉は旧版と同じものです。
しかしそんな中で、目次ページのイラストは下のようなものですが……

よく見ると、「イラスト/入間父」と書いてあります。
入間氏の父君は公式サイトにイラストや小説を寄せたり、またそのイラストが入間氏の著者近影にも使用されたりと活躍(?)していますが、ついに商業媒体でもその作品を見ることになろうとは。しかも違和感がありません。
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