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こんな学校制度でも、きっと楽しくやれる――『僕とドSと腐女子と脳筋』

今回取り上げるライトノベルはこちら、『穢れ聖者のエク・セ・レスタ』でデビューし、そのデビュー作も全3巻完結となった新見聖氏の新作です。

僕とドSと腐女子と脳筋 (MF文庫J)



 (前作『穢れ聖者のエク・セ・レスタ』の記事

本作は前作から大きく方向性を変えて(MF文庫Jというレーベルらしい方に、と言うべきでしょうか)、学園コメディです。
舞台は現代日本……ですが、学校ごとに「修学点(スコア)が与えられ、それによって学校行事の質が変化する、というシステムが全国的に取り入れられています。修学点が低ければ修学旅行からしてまともなところには行けませんし、他校との差が開けばペナルティとして他校への奉仕や強制労働まであり得ます。
「修学点」は生徒の学業や部活動での業績に応じて与えられ、争奪戦の勝敗により学校間でやり取りすることができます。

主人公の堤胡太郎(つつみ こたろう)は小学生時代以来、6年ぶりに日本に帰ってきた高校2年生。
彼の通う桜南(おうなん)高校は弱小校で、争奪戦で同地区の強豪校に修学点を搾り取られ続けています。
学校の下見に来た春休み中に早くも、胡太郎は桜南高校が争奪戦で他校のえげつないやり方に蹂躙されるところを目にすることになります。

しかし他方、この学校で、胡太郎は変人だけれどハイスペックな幼馴染み3人(女2人、男1人)と再会することになります。
成績優秀で人を陥れるのにも長けた策士の比叡奏(ひえい かなで)、芸術方面に長けた制作担当だけれど重度の腐女子の伊吹那由(いぶき なゆ)、そして野球部のエースでスポーツに優れているけどバカの鈴鹿哲也(すずか てつや)の3人です。
言うまでもなくタイトルにある「ドSと腐女子と脳筋」はこの3人。小学校時代はこの3人に胡太郎を加えた4人で遊んでいたメンバーです。
彼らが弱小校を変え、強豪校に一泡吹かせる……というのが本作の筋となります。

成績と、そしてこのような特殊な戦いで点数を競うシステムの学校、劣等生組が戦いの方で立場を覆す……という話は、『バカとテストと召喚獣』に代表されるもので、すでに一ジャンルになっている――と言うべきでしょうか。
本作の場合、このシステムが国単位で取り入れられ、個人やクラスではなく学校単位で争っているのが一つの特徴になります。
人権の扱いからして問題があるという点で無茶な設定ではありますが、「脱ゆとりの一歩先へ。子供達の競争力を高めるべく」(p. 26)などというフレーズが教育改革というものの考えなさを表現している気もしないではありません。

そして本作、主人公たちも最初から「強豪校を倒してやろう」と立ち上がるわけではありません。
奏は生徒会長ですけれど、桜南高校は生徒会長を選挙で選出するシステムではないので、「打倒強豪校」とかいった公約を掲げて生徒会長になったわけではありませんし、そもそも点差がありすぎると争奪戦を挑めないというルールと前年度の3月までにすでに他校に搾り取られている実情により、新年度が始まった4月時点では他校と戦って修学点を奪うという選択肢そのものがありません。

さらに、学業や部活動の成果でポイントを溜め、ひとまず争奪戦が可能になってからも、物語の動くのは他校の挑戦を受けるところからです。
もっと前半から主人公たちが引っ張る構成でも良かったのかも知れませんが、しかし挑戦されたところで皆が「最初から勝てると思っていない」実情に気付き、そこから全校生徒を扇動して(争奪戦は集団戦なので、参加する皆がやる気を出さないとどうにもなりません)巻き返していくところが見所になっているのも確かです。
司令塔の奏がいくら優秀な策士と言えど、最初から戦うプランができているわけではありません。しかし後手に回ったところで動じず何とかするからこそ、物事は面白いのです。

弱小チームは負けて当然と思っているのでまずは意識改革から、というのもよく理解出来る流れで、それをどちらかというとギャグ調の扇動で成し遂げてしまう展開も、楽しいノリと奏の人を動かす能力とをよく見せていて良いのではないでしょうか。

前作から大きく趣向を変えているので、コメディタッチの会話劇は作者にとって初挑戦となりますが、まずまずのものに仕上がっています。

「その留学が私達の目的だ。桜南高校には交換留学制度があるのでね」
「留学が?」
 胡太郎は首をかしげる。この三人はそんなにグローバル志向が強かっただろうか?
 ……いや、あれから六年も経っているのだ。いつまでも小学生の頃みらいに、くだらないことだけを考えているわけにもいかない。
 この幼馴染達もきっと、何か大きな意志を抱いて、海外へと飛び出したのだろう。
 そう思っていたところへ、奏が堂々と答える。
「中学の頃に胡太郎が『高二から日本に帰る』と連絡してきただろう? それを知った時、私達三人の胸には、同じ想いが湧き上がったのだよ。『――胡太郎だけ帰国子女だなんてなんだかカッコよくてずるい!』」
「そんなくだらない維持で進学先を決めるなよ……っ!」
 ずるいって何だよっ? 六年経っても変わらないなこいつらは……!
 (新見聖『僕とドSと腐女子と脳筋』、KADOKAWA、2015、p. 55)


あえて言うならば、上の引用箇所にも見られるように、地の文中に主人公のモノローグ(とりわけツッコミ)が入ることが多いので、地の文は一人称の方がスムーズだったのではないか、と思いますが、このような形態の三人称もあるので大きな問題ではないでしょう。

その他の点でも、前作と比べて、全体に文章は改善されています。何より、「ッッッッ」に「爆音」とルビを振るような妙な表現がなくなって普通に擬音を使った表現になっているのは随分と素直に伝わるものになったのを感じます。

キャラの魅力もなかなか。幼馴染み3人の初登場シーンでしっかり3人のスキルと性格を印象付けてくれるなど、設計も問題ありません。

ただ――本作は強い「売り」に乏しいように思えるのもまた、事実です。
仲間たちをバカをやりつつ、必要なことには真剣に挑んで、楽しくやっている雰囲気はよく伝わりますし、各自の技能と策略とが飛び交う争奪戦もそれなりに魅せます。ただ、いずれの要素も突き抜けたものではなく、後一押しが欲しかったというのが偽らざるところ。
例えば、もう少し恋愛面に踏み込んで、そこでシリアスな要素を見せるとか――いや、これは前作の主人公とヒロインの関係のイメージに引きずられた感のある一案ですが、とかく何かそうした+αがあれば……と思います。


さてここで、作者の(とりわけ文章面における)短所の修正と、こうした内容の物足りなさが相関しているのかどうか、どうしても考えてしまいます。
もちろん、文章と内容は別問題だと考えれば、それらは直接は繋がりません。

しかし、前作での作者は(その成否はともかく)内容に合わせたハードボイルドな表現を模索していたのに対し、今作ではコメディタッチであればこそ、素直に擬音を使うスタイルに切り替えた、とも考えられます。
あるいはそもそも、「バトルは今一つだったからコメディに切り替え」という可能性も……

であるならば、そこまで抜本的にやらない修正法もあり得たのではないか、と言いたくはなります。実態は分かりませんが……
前作に関して私は、「長所を活かす妨げとなる短所は直すべき」と言いました。その考えはもちろん変わりませんが、長所を消さない修正とはいかなるものか、一筋縄ではいきません。

まあいいでしょう、本作でこれから「もう一押し」していける可能性もあるので、ひとまず見守ることにしましょう。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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