オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
ゼロから始める女子高生の登山――『ヤマノススメ』
可愛らしい絵柄ですが、そこそこ本格的な登山漫画です。8巻まで刊行されているシリーズです。
丸っこい絵柄なので幼く見えますが、設定上、主要登場人物たちは女子高生です。
主人公は雪村あおい。

(しろ『ヤマノススメ 1』、アース・スターエインターテイメント、2012、p. 8)
高校に入学したその日、彼女は小学校時代の幼馴染・ひなたと再会します。

(同書、p. 9)
幼い頃にひなたの父に連れられて山に登り、その山に「いつかふたりで来ようね!」と約束していた二人。
あおいとしてはすっかり忘れていた約束で、しかも現在のあおいは高所恐怖症気味。
最初は避けようとするものの、アクティブなひなたに強引に連れ回され、登山を始めることになります。

(同書、p. 12)
まずは地上でテントやらクッキングストーブやらといった道具の扱い、次いでごく初心者向けの山から始まります。

(同書、p. 34)
本作の特徴は、何と言っても実在の山が舞台となること。
舞台は埼玉県飯能市で、最初は近場ということで天覧山(標高197m)から。これだと散歩の延長くらいです。
次に1巻のラストが高尾山(標高599m)。
この手の作品がどうしても首都圏中心になるのはやむを得ないことでしょうか。地方在住の初心者の方は、各自で「近場」を探す必要があるかも知れません(余談ながら『山と渓谷』という専門誌の今月号も北陸新幹線開通でアクセスがどう変わるかという完全に東京在住者を対象にした記事を掲載していましたし……)。
徐々に登山仲間のキャラも増えていきます。
まずは登山のベテラン女子高生の斎藤楓が登場。あおいたちと同じ学校の生徒で、指南役としても活躍します。

(同書、p. 67)
それから、高尾山ではほわほわした天然系の中学生・ここなと出会います。

(同書、p. 130)
4巻では、あおいが写真撮影が趣味で山に登っているほのかと友達になり、群馬県高崎市に住む彼女ともしばしば同行することになります。

(しろ『ヤマノススメ 4』、アース・スターエインターテイメント、2013、p. 133)
ひなたは強引にあおいを誘っているようでいて、実は気遣いができていて、山という危険と隣り合わせの場所でお互いのことを思っての(時には喧嘩にもなる)やり取りがまた、良い味を出しています。
登る山としては、2巻で三ツ峠、3巻で富士山、そして4巻であおいとひなたが約束していた「想い出の山」である谷川岳、となります。
6巻からは作中の季節が秋に入ります。
山は標高が高い分だけ冬の訪れは早く、さすがに初心者に冬山は厳しいものがあるかと思われましたが、そこは行く先の難易度を下げたり、はたまたトレイルランなど山でやることにバリエーションを付けたりで、ネタには事欠きません。
あおいの高所恐怖症設定は比較的軽い扱いで(「最初は難色を示していた主人公が次第にその世界の魅力を知っていく」という物語の定番のための味付け程度でしょうか)、さほど大きな障害として描かれるわけではありませんが、ただ登山において出会ういくつかの壁――難所、高山病や怪我による撤退――などはきっちりと描いています。

(しろ『ヤマノススメ 2』、アース・スターエインターテイメント、2012、p. 77)
実際には、こういう道で落ちたという事故の話は不思議と聞かないのですが、まあ一見すると怖いのは分かります。

(しろ『ヤマノススメ 3』、2013、p. 102)
無理はしない、撤退する勇気を持つこと、挫折からの再起――そういう(普遍的な問題でもある)ところをしっかり描いているのも魅力です。
それから本作の特徴として、ところどころで背景に写真を使っていることがあります。

(『ヤマノススメ 1』、p. 31)
単行本の表紙も背景は全て写真で、その山の解説もカバー折り返しに載っています(本編では当然舞台にならないような上級者向けの山も)。
もちろん、絵で描いているところも多いのですが。

(『ヤマノススメ 2』、p. 68)
写真を取り込む漫画家は他にもいますけれど、一般に言って、描く労を避けて写真というできあいのものを用いるのは必ずしも望ましいことではありません。
もちろん、作品の価値とそこにどれだけの労力を費やしたかは関係がないのですが、問題は漫画の絵は写真とは明らかに別物であって、それが見え透いていることにあります。それはやはり作品の評価に影響せざるを得ないでしょう。
ただ、本作の場合、そもそも実在する地を描いているという点に売りの一つがあるわけですし、その意味でこれもありではないかと。
当ブログにしばしば書いているように、私も登山をしますけれど、子供の頃から父に連れられてのもので、ここ10年以上行く先もほとんど数ヶ所に決まっていたりします。
テント泊や自炊も基本的にしません。
最大の理由はテントや調理器具を持っていくとそれだけ荷物が重くなるからですが。
まあそれに、テントよりは山小屋の方が快適ですし、食事も楽しみだというのもあります。
それに、山小屋も結構いいところを(父が)選んでいたように思います。というのも本作の作者によれば「お風呂も無いことが普通」、寝床は「寝袋」というのが一般的な山小屋のイメージだとのことですが、私は結構風呂のある山小屋を知っていますし、シュラフ泊というのも(部屋が満員で談話室で寝るようなケースを除いて)ほぼ経験がありませんから。
というわけで、本作中で描かれる山のほとんどはもちろん、様々な道具や山の楽しみ方にも馴染みのないものは多く、流儀の違いを感じることもしばしばですが、しかし当然ながら山の楽しみや魅力、苦労やその時の新境などには共有できる部分も多々あり、馴染みの面と未知の面、両面で楽しませていただいています。
本作は2期に渡りアニメ化もされています。原作の今後もますます楽しみです。
是非劔岳に登るまで頑張っていただきたい(初心者に無茶言うな)。
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