スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

運命など知ったことではなく――『張り合わずにおとなしく人形を作ることにしました。』

今回取り上げる小説はこちらの『張り合わずにおとなしく人形を作ることにしました。』、アリアンローズの新作です。



最初に言っておきます。
本作も例によってWEBサイト「小説家になろう」掲載作品の書籍化ですが、改稿が著しく、設定からストーリーまで(特に後半部は)まるで別物になっています(詳細は後述)。
一応、WEB版はこちら

ちなみに、作者のTwitterのプロフィールを見ると「脳外科医」とあります。

さて、本作の主人公・黒河透子(くろかわ とうこ)は急死して、異世界に転生します。
その転生した先というのが、生前彼女が嵌っていた乙女ゲー(=女性向けの恋愛シミュレーションゲーム)「ルーンナイトコンチェルト」の世界であり、この世界での彼女の名はアルティリア・ウィスプ――ゲームでは主人公を敵視するライバルキャラでした。
しかし、ゲームにおけるアルティリアはいずれのシナリオでも必ず悲劇的な結末を迎える定め。それでは堪らないと、彼女はゲームの流れを外れるべく行動を起こします。
まず、貴族は「みんなができること」をこなせるのが要求される世界にあって、ゲームでのアルティリアは普通の魔法の習得に尽力していましたが、その才能は標準以下。アルティリアに転生した透子はその道を避けて、自らの固有スキルである、人形に精霊を吹き込む魔法を磨くことにします。
普通の魔法を学ぶ魔法学院への入学も回避、海外留学を目指します。
しかしそんな中で、国家の転覆や世界の命運に関わるあれこれに巻き込まれてしまい……

まず、「ゲームの世界に転生」というのは、「小説家になろう」系作品では最も一般的なモチーフの一つです。
ゲームで男女差が現れるのは(やや安直な考え方のような気もしますが)まずは恋愛シミュレーションゲームということで、女性向け作品であれば乙女ゲーの世界、ということなのでしょう。実際、アリアンローズからは『ヤンデレ乙女ゲーの世界に転生してしまったようです』、さらに来月発売予定の『転生王女は今日も旗を叩き折る』等の同主旨の作品が刊行されています。

ただし本作の特徴は、「ゲームの大筋を辿りながら要所を外す」といったやり方ではなく、完全にゲームのアルティリアとは別物の人生を歩み、それで大活躍してしまっていることです。
学院にも行かず、ゲームの主人公ルトネと出会うこともなく、この巻の最後では世界の終わりに現れる終末竜の力で戦いを繰り広げる展開に。
「どうしてもゲームのシナリオに沿わされてしまう」といった運命の強制力めいた要素はあまりなく、それが上述の話の壮大さやシリアスさと相俟って、そもそも「乙女ゲーの世界」である必然性を薄れさせている感もありますが……

まあ、ゲームとして外から知っていた世界だけに冷静に観察して、人形たちを率いて活躍し、威勢良く敵に立ち向かい、そしてモテるアルティリアの姿が爽快ではあります。
そう、透子を愛するあまりこの世界に転生させた神アスアを筆頭に、ゲームで「攻略対象」キャラであった男性にもそれ以外にも、とにかく彼女はモテます。
アルティリアとしての彼女の肉体年齢はまだ10歳だけに、問題含みな関係もありますが……

ただ主人公の方から恋愛感情を抱く要素はほとんど皆無、その辺もある種爽快です。


で、最初に触れたWEB版からの改稿のことです。
ストーリーの別物ぶりについては簡単に語れないくらいまるで別物としか言いようがないのですが……一つのポイントとして、冒頭に転生前の透子を描いたプロローグが20ページ程あり、ここで彼女の夢に何度も登場して彼女を転生させる神アスアが本編においてもかなり大きな存在になっています。

転生と言っても生まれた時から前世の記憶を持っていればかなり妙なことになるわけで、8歳の時に前世の記憶を思い出したという形なのですが、書籍版ではそれゆえの「黒河透子」の人格や感情と、これまで8年生きてきた「アルティリア」の人格や感情との乖離がしばしば言及されるのも、一つの特徴です。

 ――“わたし”が前世の記憶を取り戻した結果、“私”になった。
 これまではそう思っていた。
 けれど、本当に?
 ――黒川透子の魂がアルティリア・ウィスプの魂を食いつぶして体を奪い取った。
 そんな風に疑い出していた。
 どうなんだろう?
 わからない。
 (遠野九重『張り合わずにおとなしく人形を作ることにしました。』、フロンティアワークス、2015、p. 60)


これも「転生して、次の生のある時点で前世の記憶を取り戻す」ということを真剣に考察した結果かと思われますが、ただこの要素がこのストーリーにおいて生きるのかどうかは、また若干の疑問がなくもありません。

後は、文章の差異をいくつか比較してみましょうか。
まずは、ゲームの主人公であるルトネとアルティリアに関する記述。

 けれど正直なところ、私はアルティリアがそんなに嫌いじゃない。
 この作品の主人公はどんな逆境でもめげないいい子なんだけど、あまりにも心が折れなさ過ぎて共感しきれないのだ。
 散々いやがらせをしてくるアルティリアに対してもずっと仲良くしようと試みていた。その姿に最初は感動したり勇気を貰ったりしたけれど、最後にはもう不気味さすら感じるくらいだった。

 それに比べると毎日のちょっとしたことで苛立ったり悩んだり、誰かに当たり散らしてしまったり、その後の仲直りに困ったりするアルティリアには人間くささがあった。どこか憎みきれないのだ。
 あと、趣味が手芸ってところもポイントが高い。
 (『張り合わずにおとなしく人形を作ることにしました。』WEB版第一話)


 そしてアルティリアがアルティリアなら、ヒロインもヒロインだ。
 ルトネ・クレーフス。
 どんな時も挫けない強い子。少女漫画のヒロインにありがちなキャアだけれど、ええと、なんというか色んな意味で強すぎるのだ。数十人のゴロツキを返り討ちにしたり暗殺者を逆に不意打ちで倒してしまったり、社会的に抹殺されかけても平然としていたり。皇帝暗殺の濡れ衣? 淡々と否定材料を集めてうまく切り抜けてしまった。完璧超人という言葉では足りないくらいの超人ぶり、活躍を眺めているのは痛快だったけれどイマイチ感情移入の対象にはならなかった。
 どうしてだろう?
 それはたぶん、ルトネがなにひとつ心に傷を負っていないからだ。
 (……)
 それよりはむしろ、ルトネに対して激しい嫉妬心を抱くアルティリア(ライバル)にこそ強い共感を覚えていた。しかも趣味が同じ手芸だったりするからポイント高い。
 (上掲書籍版、pp. 33-34)


次いで、魔法学院に入学しないことを決める場面。

 ゲームのキャラクターに会えるというのは……あんまり魅力的じゃない。

 彼らはイケメンだけれど一癖も二癖もある。萌え転げられるのはモニタ越しだからこそであって、実際に関わるのはちょっと遠慮したい。

 あと、正直なことを言うと主人公がこわい。

 あの善意の化身みたいな子を前にしたら、きっと後ろめたさとか恥ずかしさとかで死にたくなるに決まっている。本編みたいにイジメに走ってしまう可能性だってある。
 そういえば公式サイトにあがってたSSによると、もともとのアルティリアは見た目通り物静かで健気なお嬢様だったとか。それが主人公に関わってからというもの、情け容赦ない性格に豹変してしまったらしい。
 もしかすると私もそうなるかもしれない。
 (WEB版第二話)


 ナマの登場人物たちに会えないのはちょっぴり残念だけれど、学院に通ってしまったが、最後、原作通りの転落人生に足を踏み入れてしまうかもしれない。なにせ公式サイトにあがっていたSSnによると元々のアルティリアは物静かなお嬢様、ところがヒロインと出会ってからというもの、まるで別人のように豹変してしまったらしい。同じ流れになる可能性だって否定しきれない。
 (書籍版1巻、p. 44)


WEB版だとルトネが「善意の化身」のような「いい子」であることが強調されているのに対し、書籍版だとルトネの物理的、行動上での「強さ」が印象付けられます。

そして、アルティリアの幼馴染みで婚約者であるエルスに関して。

 そういえばアルティリアとエルスタットは古くから続いた公爵家同士で知り合いなんて設定もあったっけ。

 うわ、どうしよう。

 まさかこんなところで関わるとは思ってなかった。

 あ、でもまだ8歳なんだよね。

 どうか本編みたいなめんどくさい男になる前でありますように!


 ……どうめんどくさいのかって?

 捨てたはずの夢を捨てきれない系男子なのだ。
 (WEB版第二話)


 エルス――エルスタット・ロゼレム。
 前世を思い出す前だったら単純に大喜びするだけで済んだ。
 かつての“わたし”はエルスに恋をしていたから。
 でも、もう、いろんなことが変わってしまった。
 (書籍版1巻、p.. 48)


WEB版だと、長じてのちのゲームに登場するエルスは「剣に生きる」という夢を捨てられずに破滅的な生き方をしている青年という設定で、それを地の文は「めんどくさい男」と形容していますが、書籍版だと彼は目の前で母親を殺されたことから悪を討ちたい思いが嵩じてダークヒーローをやっていたという設定で、破滅的な生き方に関する記述は無し。随分と印象が違います。

総じて、「めんどくさい男」に「実際に関わるのはちょっと遠慮したい」といったWEB版のくだけた語り口は影をひそめ、文体面でもシリアスさが増していることに気付きます。
まあ、いずれがいいと一概には言えませんが……「ゲームの世界? 現実に関わるとちょっと……」というメタなギャップの楽しさは退いた作品になっているように思われます。

というわけで、かなりの部分「乙女ゲーの世界」でなくても成立しそうな設定と展開の本作ですが、他方で「ネット小説にありがちな展開」といった言い回しが随所に見られるように、メタ言及の多い作品でもあります。
やはり「『小説家になろう』で流行りのゲーム世界転生もの」という文脈があって、その上で「ゲームのシナリオを大筋では辿る」といった定番を外して突っ走っている点が特色の作品です。その点では『Vermillion 朱き強弓のエトランジェ』辺りに通じるものがあるかも知れません。









にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

大胆に逸脱するところ、それでも繰り返されるもの――『張り合わずにおとなしく人形を作ることにしました。 2』

今回取り上げる小説はこちら、アリアンローズから刊行の『張り合わずにおとなしく人形を作ることにしました。』第2巻です。 実は、前巻の記事を書いたことにより、作者の遠野九重氏から連絡をいただき、今回の2巻は献本もいただきました。ありがとうございます。  (前巻の記事) 本作は乙女ゲーム『ルーンナイトコンチェルト』の世界に悪役令嬢アルティリア・ウイスプとして転生した女性―...
プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。