スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

野球に見るリーダーの資質――『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール 2』

今回取り上げるライトノベルはこちら、実に1年半ぶりの新巻となる『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール』の2巻です。


 (前巻の記事

一時は続巻は困難とも言われていたのですが……やはり『このライトノベルがすごい! 2015』で全体5位、新作1位となった影響が大きい模様。帯にも露骨にそのことが書いてありますし、『このライトノベルがすごい! 2015』の発売後に1巻の重版もありましたし。
その間にレーベル名がスーパーダッシュ文庫からダッシュエックス文庫に変わり、背表紙の装丁が変わりと色々ありました。

本作は、野球の存在するイスラーム風の世界で、皇帝に復讐するため女装して後宮に潜入した少年・香燻(カユク)が後宮内で女官たちの戦う野球に参加して繰り広げるスポ根ドラマです。
実のところ、本作がなぜかくも「色物」と言われるのか、私にはよく分かりません。
なぜ「魔法の存在する世界」よりも「野球の存在する世界」を奇異に思うのでしょうか。魔法が実在しませんが、野球に現実に存在するでしょう。
こう言うと、以下のような反論があるかも知れません――魔法だって、西洋風の世界に陰陽道が存在したら奇異に思う。アメリカ発祥のローカルスポーツである野球と、そこからとりわけ文化的に遠いイスラームの後宮との取り合わせだから奇異に思うのだ、と。
しかし、「西洋(中世)風の世界」や「西洋の魔法」だって多くの場合、、「西洋」や「中世」に関する正確な考証に基づいたものではなく、有名なファンタジー作品によって漠然と築かれたイメージにすぎません。
慣例として成立しているイメージに乗っかるのはある意味で手堅いことですが、そこに甘えもあるのではないかと言いたいところです。
独自に築き上げたイメージの世界に読者を引き込まんとする目論見を、「色物」の一言で済ませて欲しくはありません。

閑話休題。
本作の後宮での野球は、12人の女御更衣が率いる12の殿舎による「七殿五舎リーグ」があり、さらにそれぞれの殿舎の下部組織として上﨟・中﨟・下﨟があって、それぞれにリーグ戦を戦っています。
言うなれば、七殿五舎リーグがメジャーリーグで、上~下﨟はマイナーの3A~1Aという感じです。

前巻の最後で、主人公の香燻は蜜芍(ミシャ)、蒔羅(ジラ)とともに、それまで所属していた暁霞舎下﨟所から浄鏡殿上﨟所へと移籍しました。下﨟から上﨟へと一足飛びの出世です。
しかし、移籍先のチームにはそれまでのレギュラーがいて、そう簡単に出番は摑めません。しかも浄鏡殿は呪われているという噂もある弱小チームで、雰囲気も決して良くありません。

しかしそんな中、突如として浄鏡殿のトップである鏡の君が交代、チームも改革が断行されて一気にメンバーが変わります。
ただ、そこでチャンスを与えられても、香燻たちは上位リーグの実力を突き付けられます。かくて、新鏡の君によるスパルタの特訓が始まり……
主人公が派手なデビューを飾り割とトントン拍子に活躍した1巻に比べ、今回は壁にぶつかり、悩み、努力するというスポ根ものらしさが強く出ています。プレーに超能力を使うなどのぶっ飛んだ要素も少なくなり、その点でも真っ当なスポ根になっていますね。

そして、個人の活躍とチームの勝利という、団体競技につきまとう問題も大きな比重を占めてきます。
とりわけ野球は、個人成績を細かく記述することのできる競技であり、打者は一人ずつ打席になって投手と勝負します。どうしても個人競技の寄せ集めで、個の力がそれぞれに高ければチームも勝てるように思われがちです。
しかし、やはりチームプレーが必要な場面は多々あるのです。
けれど、自分の成績が生活に直結しているプロは、なかなか謙虚なばかりでもいわれません。

本作の女官たちも、野球での活躍が後宮内での栄達に関わっています。
それは香燻も同じ。閨で皇帝を暗殺するためには、皇帝に取り立てて貰わねばなりません。

香燻の皇帝に対する復讐心は、たんに兄たちに倣う中で刷り込まれたもので、彼自身の情念としては弱いことは、1巻でも示唆されていましたし、私はそこを指摘しておきました。
ただ、今回は新たな事情が生じます。チームメイトの蜜芍が天覧試合での活躍を皇帝に目に留められ、しかもそれまで男嫌いを自称していた蜜芍自身、皇帝から直々に声をかけられると満更でもない様子になってしまうのです。
美少女たちと一緒に入浴したりと誘惑の多い後宮ですが、中でも香燻が蜜芍に特別な想いを抱いていることは明らかでした(蜜芍も香燻が「男装」した時の反応などを見ると脈はありそうですが、ただ何せ香燻が男であることを知りません)。

 香燻は本当の憎しみ、本当の殺意を知った。
 皇帝に蜜芍を奪われる。あの男は蜜芍を閨に引きずりこみ、体を開かせ、汚そうとしている。
 蜜芍はそれを受け入れようとしている。みずから体を開き、汚されようとしている。うっとりと、頬を赤らめ、香燻の見たこともない表情を浮かべていた。
 怖かった。彼女が手の届かぬところへ行ってしまうと思った。
 香燻の皇帝に対する憎しみは従兄の伐功(バルク)によって植えつけられたものであった。いつしか本当の自分の思いだと思いこんでいた。
 だがそれは、小さな子供が父親の応援する野球チームを真似して応援するようになるのと同じようなことであった。香燻も推さない頃、父の応援する「金の鳶団」が好きだった。選手と同じオレンジ色の飾り帯を母に就くってもらって大喜びしたのをおぼえている。何の恨みもないのに、金の鳶団のライバルである「神の虎団」を悪くいったりもした。
 それはまったくの幻想だった。本当の愛、本当の憎しみは他人のものを借りるのではなく、みずからの心で感じとらなければならなかったのだ。
 (石川博品『後宮楽園球場 ハレムリーグ・ベースボール 2』、集英社、2015、pp. 24-25)


だからこそ、蜜芍より先に出世して、皇帝の目に留まる存在にならねばならないという焦りも生じます。

元々、香燻は野球に関しては、チームバッティングをしない同僚を歯がゆく思うなど、とりわけチーム勝利への思いが強い人物でした。
そんな彼でも、自分の個人としての活躍が将来の大事に関わってくるとなると、邪念も生じます。

「あの連中を放出したのはお金のためだけじゃないの。『犬は人につき、猫は家につく』っていうけど、負けも人につくのよ。負けにつかれた人間は負けの中に勝ちを見出そうとする。個人的な目標を達成して喜んだり、他人を貶めることで優位に立とうとしたりしてね。でも野球のルールに負けというものが定められている以上、それは負けなのよ。小さな勝ちをいくら積みかさねても負けはひっくり返らない。私は人についた負けを殿舎につけたくなかった。だからあの連中にはここを去ってもらった。残ったのは負けのついていないあなたたちよ」
 香燻は自分のこれまでを思いかえしていた。蜜芍が出場しなくてほっとしたこと、彼女との差が開かなかったことに満足したことが恥ずかしかった。すっかり負けにつかれていたようなものだ。
 (同書、p. 89)


こうした彼の立場に伴う葛藤は、そう簡単に払拭されるものではなく、それは彼がそもそも2番で二塁手という脇役タイプの選手であることに対する悩みにも繋がってきます。
チームには脇役も必要、しかし二軍では中軸を打てても一軍では脇役に徹さねばならなかったりするわけで、現状脇役では上がり目はないのではないか、取り立ててはもらえないのではないか――

こうした葛藤は蜜芍との仲違いにも繋がってきます。それはチームメイトとの不和というスポ根ものの王道であり、そして喧嘩というラブコメの王道でもあります。

しかし――スポ根の鉄則として、やはり主人公は独自の「売り」を持っていて、その上で壁にぶつかって努力する姿を見たいものです。
本作の場合は、どうでしょうか。
本作は、やはり主人公は花形であるスラッガーか投手が望ましい、という野球ものの王道を外れています。早い球を投げるとか打球を遠く飛ばすというのは生まれ持った資質によるところが大きく、だからこそ(活用できているかどうかはともかく)その資質を最初から持っていることが他人にない「売り」になり得るわけですが、香燻はそういうタイプではありません。
1巻では彼はその走塁で周囲を湧かせ、後宮入りして初めて取り組む二塁守備では苦労もするのですが、しかしこれらはやはり渋いものの、やはり売りとしてはこれだけでは物足りないものもありました(苦労の描写も1巻では控え目で、そこは今巻で果たされた感があります)。
おそらく、ポイントは別のところにあります。

少し話は変わるようですが、本作中で行われている野球は、話の展開をスピーディにするためか3イニング制になっているなどの独自ルールもありますが、それ以外にも、現代では反則とされるプレーが禁止されていないことがあるなどルール未整備の時代を思わせるプリミティブさと、バントなどの現代野球的な緻密な戦術が同居しているところがあります。
戦術に関しては、3イニング制――しかも1イニングごとに勝敗を決する――というルールにより、1点を取りに行く細かい戦術が発達したのだという考察を見た覚えがあります。
他方でプリミティブな野球の雰囲気を感じさせる大きなポイントとして――本作に登場する後宮の女官たちの内、プレーヤーとしてのポジションが肩書きについていないのは幢幡(マニ・ハイ)だけです(公式サイトでは幢幡の肩書きは「ヘッドコーチ」になっていました。彼女は身体が弱くプレーはできない……とのことでしたが、その実態は1巻の後半で明かされます)。
つまり、専任の監督というのはいないのです。
今回、新鏡の君は香燻たちを猛練習で鍛え上げますが、女御更衣もまた七殿五舎リーグのプレイヤーであり、そして下部リーグまで含めた傘下チームに対する立場はむしろオーナーに近いものです(だから、ストーブリーグでのチーム再編で大鉈も振るいます)。
実際、今回はいかにもスポーツ誌らしい見出しを掲げた落書が色々と後宮内に出回りますが、そこでも「闘将」という称号は選手の主将に与えられています。

そもそも現実でも、野球においては他の競技と違って監督も選手と同じユニフォームを着ているのはなぜか、それは選手兼任監督が普通だった時代の名残です。
現代野球においては監督の仕事も増えており兼任は難しいという二次的な事情はあれど、野球という競技の原初的な姿を考えれば事情は明らかです。一球投げるごとに間があって、必要とあれば選手が集まって作戦会議をすることもでき、攻撃時には出場中の選手も半分がベンチに座っている、そんな競技にあって指示する専門の人間は必要でないと考えられていたのは不思議なことではありません。

そして本作の野球にあって、窮地にマウンド上に集まっての作戦会議で香燻は起死回生の作戦を発案し、口が聞けないことになっている彼の絵と身振りでの提案を、文盲の蜜芍が理解して乗る――そんな見せ場は前巻に引き続き、今回もありました。
今回の所属先、浄鏡殿上﨟所の主将で捕手の瑟摩栗(スマリ)はあまり声をかけたりしない人物だけに(だからこそ、そんな彼女が決起する場面も一つの見せ場になるわけですが)、なおさら香燻のリーダーシップは大きなものでした。

そう、香燻には――この点は作中でもまだそれほど正当に評価されていないように見えますけれど――「監督」としてチームを率いるリーダーシップがあるのです。この資質は、選手として地味であることとは関係がありません。

このことは、香燻の復讐相手である暗愚な皇帝・冥滅(メイフメツ)と対比すると、いっそう大きな意味を持ってきます。
冥滅は

 自分の育てた若手が活躍するところを見るのは、指導者としてもっとも幸せなことである。
 (同書、p. 95)


などと悦に入っていますが、彼が実際にやったのは、幼馴染みの小姓である貝多(バットラ)を宰相中将の地位に就けただけです(その人事ですら、本当に彼の一存のみで動いていたのかどうか、定かではありません)。
周囲を黙らせるだけの実力を見せたのは、貝多自身の才覚です。
まあ、とにかく仕事を任せることで部下を育てるというのも一つの上司のあり方かも知れません。しかし、それだけで「指導者」と胸を張っていられるものなのか……
遊びしか知らない冥滅よりも遙かに優秀な貝多は、しばしば皇帝の無責任な態度を諫めているのですが、冥滅はそんな自分の立場に気付きません。

実際、まだ物語の本筋に繋がってはいませんが、今巻では冥滅の指導力と権威を疑わせるような事件も起こります。
都から離れて行動している香燻の従兄・伐功の状況などとも相俟って、次巻以降での政変を匂わせるきな臭い要素は十分です。
そこで問われるのではないでしょうか――リーダーというのは、いざという時に何をするものなのか、と。


舞台が後宮で、美少女たちは周りに同性と宦官しかいないと思っているだけに相変わらずサービスは満載、カラー口絵など、成年漫画誌を開いたかと思うエロさでした。
ただし地の文はエロス描写も含め(私がかつて司馬遼太郎を思い出す、と形容した)硬派なもの、それでいて、設定から台詞、地の文の小ネタまで至るところが野球ネタのパロディでかなりの密度です。
たとえば浄鏡殿の通称が「猛牛軍団」だったのを「真珠乙女隊」に改称するのは、近鉄パールズがバファローズに改称したのの逆回し。
はたまた、野球に直接関係ない場面でも、

 香燻は暁霞舎下﨟所にいた頃のことを思いだす。蜜芍は盗み食いの名人であった。どんなに大きなピザでもパンでも菓子でも口に収め、厨房から殿舎に行きつくまでに呑みこんでしまう。盛りつけをいじって、ひとつなくなったのをごまかすのもうまい。その手際のみごとさから「お盆際の魔術師」、またはとなりの者のお盆にのった食べ物を盗みとる際の手つきから「逆シングルの蜜芍」の異名を取った。(……)
 (同書、p. 33)


作中で展開される野球のプレーも、野球史上の名場面のオマージュが多数。
ボールの反発力問題とかの比較的近年のネタ、さらには延長50回のようなこの1年半の間に起こったネタに基づくと思われるネタもありました。

お色気に、スポ根ものとしてのシリアスさに、仲間たちとは別の目標を掲げている主人公の悲哀や寂しさも感じさせつつ、野球マニアなら抱腹絶倒のネタも満載。濃厚な一冊でした。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 哲学へ
にほんブログ村 人気ブログランキングへ

テーマ : 大学生活 - ジャンル : 学校・教育

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー) URL

プロフィール

T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

当ブログはリンクフリーです。

引用もフリーです(出典明記していただけるとより有難いですが)。

コメントは返信しないことも多いですが、基本的にちゃんと読んでいます。

実名での仕事
7ページだけですが、拙稿が掲載されています。
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター
カレンダー
04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カテゴリ
参考文献
私が展開している思考の拠り所など(一部)。
スポンサー広告
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。