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我ながら何を読んでるんでしょうか

本ブログは普段、外国語を読める読者を想定して書いてはいないので、邦訳のない本を紹介することも控え目にしてきたのですが、結構面白いものを色々と読んできましたし、どうせ他に書くネタも不足気味なところですので、ちょっとこの機に取り上げてみることにします。
ただし、特定の哲学者に関する研究書(いわゆる研究における二次文献)は、専門家以外興味がないと思われるので割愛。

本の下に引用形式の囲みを付けて載せたのは私が読書メーターに書いた感想。
その下が今回ブログに書くに当たっての補足です。


まずは英語から。


19世紀から20世紀前半にかけての数学と、その基礎付けに関する思想の動向を辿り、哲学や心理学にも言及、数学を形式的・自律的に捉える「数学的モダニズム」を浮き彫りにしつつ、そこに生きている「数学的プラトニズム」の実態の示す。モダニズムを規定する複数の項目全てが登場する主要な思想家に当て嵌まる訳ではもちろんなく、そこに問う余地のあることも多いし、芸術等他分野との関係については最初に軽く触れただけの感。しかしこの時代の数学に関わる主要な思想家をコンパクトに紹介しており、非常に優れた手引きとなる。力作。


大学のとある先生が授業で紹介していた本。紹介されたのは数年前ですが、ようやく読了しました。
著者のジェレミー・グレイは現代を代表する数学史家であり、本書も基本は数学史の研究書と言っていいでしょう。
もちろん、歴史研究においても研究者の史観はつねに問題になるわけで、「モダニズム」という史観と数学の基礎付けにおける「プラトニズム」への注目が著者の独自の視点と言えましょう。
ただそれ以上に、この時代の数学思想に関わった厖大な思想家に関するガイドとしても、きわめて優れた一冊です。

なお「数学的プラトニズム」というのは、(かつて私も「二つの現代的プラトニズム」で少し触れたことがありますが)大雑把に言えば、数学的対象が物体などと同じように――あるいはそれ以上に――客観的に存在しているという思想、とひとまずは言えます。
数学者には実際そういうことを言う人がいますけれど、一般には、素朴な意味でも哲学的意味でも、現代においてこうした考えが文字通りに受け入れられることは少ない、と考えられています。
しかし著者は、ある意味でのプラトニズムが根強く生きていることを指摘、これがタイトルの『プラトンの亡霊』なわけですが、これまた非常に興味深い論点でした。


以下はフランス語の本です。


現代フランスの哲学者ジャン=ルイ・ヴィエヤール=バロンが、エマニュエル・トゥルプとの対談で語る、家とルーツと家名の由来から哲学との出会い、そして魂、神という哲学的問題を巡る思索。ベルクソン、ヘーゲル、ラヴェルに大きな影響を受け、プッサン等の芸術にも強く傾倒する彼の思索は、そこまで独自ではないものの割と面白かった。マイナーな哲学者であるルイ・ラヴェルの思想に関する解説も興味深い。それと、知己のある相手として歴史上から現役まで(素人でも知ってるほどではないにせよ)そこそこ知られた次々名前が出てきて衝撃。


それこそフランス哲学研究者以外にはそれほど縁がないかと思いますが、著者は今のフランスではそこそこ有名な哲学研究者のようです。
著者の本はいくつか読んでいたものの、氏自身の思想に特別興味があるというわけではなかったのですが……気が付けば一気に読んでしまいました。
少年時代にベルクソンの直弟子であるジャック・シュヴァリエ(↓)と出会ったことから始まり、ゲルー、それに下記のフィロネンコといった20世紀を代表する哲学史家の講義を受けたといった話が出てくるのですが……やはりちょとマニア向けの話ですねこれは。



「テクノサイエンス」とは何か、現代思想が科学・技術を論じるに当たって多様な意味合いで用いられるこの概念についての論攷。第一部では「認識論的観点」での理解、一つの「世界観」としての捉え方、そして「形而上学的射程」という三つの意味を区別。第二部では「ゲシュタルト」としてのこの概念が担う肯定的・否定的両面の含意を扱う。著者独自の論は少ないが、もっぱらフランスにおける現代科学・技術論の案内としては手頃な一冊か。補遺に数学基礎論に関する話も出てきたがさほど掘り下げがないのが惜しかった。


これも結構以前に買ってあったものですが、国際シンポジウムで著者のセバー先生ご本人とお会いしたのを機に読んでみました。
むしろこの本の内容に近いテーマでセバー先生が行った発表(私の研究分野にも近いものあり)は東京で行われたので聞けなかったのが残念ですが……。



モハメド・アリの評伝……と言うには彼の生涯を網羅的にカバーしたものではなく、当時のアメリカにおけるボクシングの位置付け(アメリカ的暴力の発露の一つ)という社会的背景から始まり、フレージャー、フォアマンとの熱闘、そしてパーキンソン病で締める。目に付くのは彼のイスラムへの関わり、もっと言うと宗教的・社会的コミットメントへの論究で、学術書に比べると「私」の出たエッセイ的スタイルであるものの、確かにこれは哲学史家によるアリ論だ。ただ読むにはアリの生涯について予備知識があった方がいいかな。仏語での拳闘用語は覚えた。


著者のアレクシス・フィロネンコは有名な哲学史家で、カント研究から始まり、近代ドイツ系ではショーペンハウアー、ニーチェ、フランス系ならばルソー、ベルクソン、さらには古代のプラトン、アリストテレス、プロティノス、中世のマルシーリオ・フィチーノまで実に多様な哲学者に関して数多くの研究書を出しています。
さらにボクシングファンらしく、『スポーツと人間』『ボクシングの歴史』などの著作も出しています。前者はまだ哲学的テーマとも言えますが……

そんなわけでのモハメド・アリ伝です。
哲学研究よりはまだエッセイ的なスタイルが混じりますが、しかし確かに「モハメド・アリとは何者だったのか」を論じた研究書という雰囲気がありました。

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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