オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
半分は陸上でのサメホラー――『何かが深海からやってくる 8月の迷惑な侵略者たち』
内容のことに触れる前に、この表紙ですが、まあパンツが見えているものの帯で隠れるパターンだろう、と思っていると……

隠しきれていない上に「見えた」とか強調しています。
まあ口絵と本文を見れば、これが下着でなく水着であることはすぐに分かるのですが、それはさておいて、もっとインパクトのあるものが帯に登場しています。
さらに読み始めようとすると、本文の前にこんなイラストが現れます。

人物イラストはあおなまさお氏なのに対してこのクリーチャーイラストは魚類氏という異例のイラスト分業体制といい、このイラストを使うことが先行して作られた話じゃないかと思って担当編集T澤氏のブログを見てみると、だいたいその印象は裏付けられました。
文庫サイト、発注しそこねてるだけというオチ|一迅社文庫T澤ブログ
そんなわけで、二足歩行のサメと戦う話です。
イラストはどう見ても背ビレ以外はマグロにしか見えませんが、サメです。
(「大トロ」とか書いてある辺り、マグロと区別を付けないのは確信犯なのでしょうけれど)
本文に入る前にやけに足踏みしてしまいましたが、本作の主人公は16歳の男子高校生、深見竜一(ふかみ りゅういち)。幼馴染みで16歳にしてサメの研究者である少女・倉土世羅澪(くらどせら みお)の調査に付き添って、孤島・磯名出島(いそなでじま)にやって来ます。
しかし、その途中の海上で謎のサメによって歯形を付けられます。これがサメ戦士の刻印だということで、彼は光のサメと闇のサメの戦いに巻き込まれ、サメの力を持つ半魚人のような戦士となって二足歩行のサメ軍団と戦うことになります。
何しろサメの方が二足歩行になって陸に上がってきますし、主人公がサメ人間となって水中活動能力を手に入れることもあって、人間にはままならない水中から襲ってくるサメ、という海洋ホラー的要素は希薄。むしろバトルファンタジーでしょうか。
しかも、人間とサメが戦いを繰り広げた後の大量のサメが死んでいる光景でも、サメが頭にネクタイを巻いたりして宴会をしていた形跡があるというバカバカしさ(一般人がこれだけのサメを殺戮したのだということをよく考えると、別の意味で恐いですけれど。死に方の描写にはかなりシュールなものも混じっていますし)。このシュールさは作者のセンスが全開です。
また、サメと戦うだけでなく、途中でサメ乱獲反対を標榜する環境保護団体(実態はテロリスト)が介入してきたりして勢力が複雑になりつつ、最後は綺麗に収束します。
何より、少々話が入り組んでこようと、「光のサメと闇のサメ」という真面目に気にする気も起こらない間の抜けた設定と短く言い切る文体のお陰で、引っ掛かりなく読み進められます。
設定の方も、神話の領域かと思いきや、後半にはナチスの生体兵器研究が……とSF要素が入り、またナチスにはオカルトの研究者もいたから……といってまた神話に、と縦横無尽に飛ばしてくれます(オカルト方面まで含め何でもナチスのせいにするのも、いかにもなB級SF/ホラーらしさです)。
他方で、そんなバカバカしい中でも、人間をやめてサメ化する主人公の苦悩や葛藤という、ダークサイドを抱えたヒーロー的な主題も同時に含まれています。おそらく、作者のこだわりがある分野なのでしょう。
基本テイストが上述の通りなので、そうしたシリアスな要素はあっさり目ではありますが、そんな彼を繋ぎ止めるヒロイン澪との微笑ましい関係も含めて、楽しく読めました。
細部にはパロディも満載のバカ設定ながら、作中人物は(「何だよそれ」とツッコミも入れつつ)生死をかけてそれなりに真面目に振る舞っているし、またそうせざるを得ないというところに、シュールな世界を描き出す作者の持ち味があるのでしょう。
なお個人的には、「性器にまでサメの特徴が現れた主人公とそれを覗き込んで(サメの専門家として)興奮するヒロイン」という場面が何だか気に入りの一つです。人外化するに当たっても気にされることの少ないポイントであり、また下ネタにも知識を反映するこだわりという意味で、またヒロインの性格の方向性をよく示すという意味でも。
綺麗に締めて(了)と書いた後で不意打ち気味で別方向のパロディに飛ばしたエピローグにも大笑い。
とにかく、なかなか楽しめた作品でした。気の抜けるクリーチャーのイラストもこのくだらなさにはちょうど良かったのではないでしょうか。
しかし、作者のこれまでの作品とタイトルから当初はクトゥルーを連想したものの、読んでみると海からやってくるのはクトゥルーではなくサメ……と思いきや、半魚人化して最後は海に帰るとか、やっぱりインスマス的なものを感じます。
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