オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
政治的権力を望むか――『魔弾の王と戦姫 12』
(前巻の記事)
前巻でザクスタンがブリューヌに侵攻。ブリューヌとジスタートの連合軍――「月光の騎士軍(リューンルーメン)」と命名――を率いたティグルは、ひとまずその第一軍を撃破しました。今回はそのまま王都ニース入りを果たします。
しかし、敵側の陰謀もあり、王都にはティグルがジスタートと通じてブリューヌを売り渡そうとしているという噂が流れていました。
ティグルが戦姫二人を含むジスタート軍をも率いてやってきたことは事実、加えて元々ブリューヌには弓を蔑視する習慣もあり、弓のみを得意とするティグルは良い目で見られていませんでした。
さらに、現在ブリューヌを統治しているのはレギン王女ですが、ブリューヌでは女性の王位継承権は低く、それゆえにレギンは王子として育てられていたという得意な経歴を持ちます。これゆえに、レギンに不信と反感を抱く者たちも少なくありませんでした。
王族にして第1部の敵テナルディエ公爵の妻だったメリザンドがそうした反レギン・ティグル派の中心に立ち、ザクスタンとも通じてレギンの排除を狙っていることは前巻から描かれていましたが、今回ついに王宮で叛乱が起こります。
当然、巻き込まれて戦うことになるティグル。
しかしそれだけでなく、ガヌロンもついにティグルの前に現れてその本性を見せます。
明らかに魔物の力を持っているものの、他の魔物たちとは異なり人間を自称しているガヌロン。未だ謎の多い人物であり、さらには戦姫ヴァレンティナとの関係も何とも両義的なものを含むようですが、さて今回の動向は……
宮廷内では集団戦になっても小規模で、個人戦の比重が大きくなり、さらにティグルの黒弓と戦姫の竜具の力を発揮した魔物との戦いもあり(今回、ついにヴァレンティナが竜具の力を見せます)、そして後半では合戦と、戦闘でも各種の見所をきっちり取り揃えています。
後半でザクスタンの将軍レオンハルト・フォン・シュミットも恐るべき手腕を持つ強敵でした。
しかし戦いの展開や戦術面での見せ場以上に大きなポイントだったのは、最後が力と戦術で相手を打ち破るのではなく、政治戦略レベルの決着になっていることです。
しかもここでは、かつてアスヴァール編(6~7巻)でティグルと共に戦ったアスヴァールの将タラードが再登場。
一介の傭兵から「王」を目指すという野望を持ち、確実に短期間で出世街道を駆け上がっている彼の存在は強い印象を与えるだけでなく、彼との再会と交渉の中で、ティグルが己の政治的無力さを思い知るという場面も描かれます。
何しろ彼は一介の地方貴族であり、連合軍である「月光の騎士軍」指揮官という肩書きは、そもそも戦いが終わって「月光の騎士軍」が解散すればなくなるものです。
これら全ては、――ティグルがそれを望むか否かに関わらず――「王への道」をいっそう強く問うものとなりました。
前巻では政治的立場と女性陣との関係との相克が少なからず表面化していましたが、今後は政治的立場そのものをどうするかということも、喫緊の課題として突き付けられてきたのです。
実のところ、タラードに劣らずティグルの前にも出世街道は開けています。
今回、彼はついに王宮に勤めることを決心しました。
ただ、それは領地アルサスを離れるということであり、アルサスはエレンの治めるライトメリッツと隣接しているので、今後はエレンと会いにくくなる、ということでもあるのですが……はてさて。
ところで、今巻の表紙は新戦姫のフィグネリアです。
今のところまだ物語の展開には関わっていませんが、今回の内容は新たなに竜具バルグレンに選ばれた彼女が戦姫になるところから始まります。
25歳と現戦姫の中では最年長の彼女ですが、元傭兵としてエレンとも少なからず接点があった……ことまでは前巻で触れられていました。それが今回さらに、エレンの育ての親であるヴィッサリオンから、傭兵の身で「自分の国を持つ」という夢を受け継いでいたことも明らかに。それは、エレンも同じく受け継ぎ、そして一足先に実現していたものでもありました。その意味ではフィグネリアとエレンは同じ人から同じものを受け継いだ姉妹のようなものとも言えます。
これもまた、王への道という上のテーマに集束してくること、明らかでしょう。
なお、以前に本作の歴史小説的語りに少し触れたことがありますが、本作の終盤には「その後何年かの展開を構成の視点から語る」という、いっそう歴史的な語りが登場しました。
裏を返せば、そうやってその後のことまで一気に語ってしまうということは、その件はそれで一気に片付けたとも取れるわけで(常にそうとは限りませんが)、これでザクスタンはほぼ終幕かな、という雰囲気になりましたが……
一方でムオジネルがふたたび動くなど、一気に歴史の激動という展開になりました。
最後もなかなか衝撃の引きで、次巻も目が離せません。
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