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悪魔の憂鬱――『スーパービックリマン』を再視聴して

(今回22年も昔のアニメの話ですし、他の記事で話の端々に触れてきたこともありますし、ネタバレといっても今更な気もしますが、まあ一応核心部分に触れる話は追記にしておきます)

最近、小学生時代に観ていた懐かしのアニメ『スーパービックリマン』を観返しています。



今は東映アニメオンデマンドというサイトもあり、インターネット視聴も簡単になりました(有料ではありますが)。

 スーパービックリマン|東映アニメオンデマンド

『ビックリマン』シリーズのアニメは他のものも観ていた覚えはありますが、個人的に印象も強く、一番ハマったのは本作でした。
(ストーリーをよく覚えているのは前半の聖魔子編までで、後半は――諸事情により見逃した回が多いこともありますが――記憶が朧気になっていきますが……しかしさすがに後述する衝撃の最終回はよく覚えていたり)

本作はそれまでの『ビックリマン』シリーズに比べると登場人物の頭身も高く、全体にシリアス寄りのストーリーで、ヒーロー物のテイストが強い作品でした(バンクでの変身シーンとか)。
「サイバーアップ」で着装する鎧なんかは『聖闘士星矢』の影響を強く感じましたが……しかし印象的だったのも納得、今観てもシンプルにカッコいいのです。

また、友情に篤く仲間のために身体を張る主人公は少年漫画の定番ですけれど、本作の場合、主人公のフェニックスは何度となく仲間のビシュヌ・ティキと対立していますし(感情的な対立のこともありますが、お互いの戦いに対する公的な立場上の対立だったこともありました)、ヒロインのアムルが敵に回ったりもしているので、フェニックスの友情に懸ける真摯さはことさらに響きます。これが一つのテーマだったのは間違いないでしょうね。
そして、登場人物の次々と死ぬこと。


順番が相前後するようですが、『ビックリマン』シリーズの基本世界観について語ると、「天使」「悪魔」「お守り」という三つの種族が存在する世界での割と壮大な戦いというモチーフになっています。
本作の冒頭でナレーションの語る基本設定は次の通り。

光、あれ……

はるかな昔、神は光と闇を分け、光に天聖界、闇に天魔界を創造し、それぞれに天使と悪魔を置かれた。また、お守りのためには天地球を作られた。
しかし悪魔たちは、自ら神に忌み嫌われた存在であると感じ、天使たちを攻撃した。
そして今、天使対悪魔の戦いは、天地球にその舞台を移したのだ。




主人公のフェニックスは伝説の英雄アンドロココの超聖理力(セントフォース)を受け継いだ天使の少年で、将来の救世主として天使の未来を託され、10年前、赤ん坊の時に天地球に逃れてきました。
その10年前の回想シーンでは、天使軍の長であるスーパーゼウスが赤ん坊のフェニックスを魯人フッドに託して悪魔軍の長スーパーデビルとの決戦に赴いた……そして現在悪魔軍は天地球に攻撃を掛けているわけですから、ゼウスは敗れて天使軍は圧倒的劣勢に置かれていることになります(その後まもなく、スーパーゼウスはスーパーデビルに吸収され、デビルは「デビルゼウス」となっていることが明らかに)。

悪魔たちは巨魔界神ザイクロイド・アノドの復活を目論んでおり、フェニックスたちは復活を阻止し、アノドをふたたび封印することを目指して旅をし、戦う……というのが基本ストーリーです。

で、以下の追記では、ちょっと今観て思ったことを。


今観るとまず気になってしまうのは、本編以前にまず基本設定の「悪魔たちは、自ら神に忌み嫌われた存在であると感じ~」のところです。
もし悪魔たちがそう感じたことに正当性があるのなら、そもそもの原因は悪魔をそのように遇した神ではありますまいか。

その答えは終盤で示されます。
まず第41話で、フェニックスに斬られたデビルゼウスがスーパーゼウスとスーパーデビルに分離、そしてザイクロイド・アノドを封印するために必要な残り2人――5人目と6人目――の戦士がゼウスとデビルだったことが明かされます。

リアルタイムで観ていた時には、かつてアノドを封印した「伝説の4戦士」のフォースを受け継ぐ者が主人公たち4人であることは視聴者には分かっていたこととして(その内のアスカとアムルが覚醒するのは物語の中盤を過ぎてからになりますが)、第34話で実はアノドの完全封印には6人の戦士が必要なのだ、と明かされた時にこうなることを予想していた覚えはあります。
ただ、今観るとデビルゼウスは残忍で、敵のボスとしての威厳たっぷりで、ゼウスと分離した後も反逆したリトルミノスをあっさり返り討ちにするなど格の違いを見せており、直前まで仲間になりそうな雰囲気はなかったことに気付きます。他の敵幹部の方がまだ仲間になりそうに思えるくらい。
あの時に予想していたのは、アニメそのものの内容からというよりも、むしろスーパーゼウスとスーパーデビルが『ビックリマン』シリーズそのものを象徴するキャラだったからなのかも知れません。

それはそうと、今までアノドを復活させようとしてきたスーパーデビルが急に「お前もアノドを封印する戦士だ」と言われても当惑するのは当然のこと、「悪魔を忌み嫌った神に復讐するため、アノド復活を進めてきたのは俺なのだぞ」と言いますが、対してスーパーゼウスは「神は悪魔を忌み嫌ってなどおらん。天使と悪魔は同等なのだ」と告げます。
かくてこれがひとまずの答えとなります。

その後、アノドは自らが復活するためにスーパーデビルを利用していただけであったと告げ、アノドの力を手に入れたリトルミノスが天魔界を破壊してしまい、アノドは悪魔の世界すら滅ぼす破壊神であったことが明らかに。ここからも悪魔たちは何か間違っていたらしいことは分かります。

しかし問題は、なぜそのような誤解が生じたのか、でしょう。
それに対する答えが、あの最終回だったのだと思われます。

最後に明かされる真実――それは、この世界を創造した超聖神は巨魔界神ザイクロイド・アノドと同一の存在であった、というものです。そしてアノドの封印によって超聖神も封印されてしまったため、この世界は滅びたという結末になりました。
一応、フェニックスたちが新たな超聖神となり、新たな世界を創造するという形で未来への希望を示した形になってはいますが、主人公たち4人を除けば登場人物は全滅ということであり、限りなくバッドエンドに近い内容。賛否両論あるのは分かりますが、しかし私は当時からこのラストが嫌いではありませんでした。

つまり、「神は光と闇を分け」の光と闇は、そもそも神自身に内在していた二面性――それは創造神と破壊神という二面性でもある――だったということです。
アノドが闇の方に対応していることは、アノドが復活しかけるとそのデビルフォースにより悪魔たちが強化されたりと影響を受けていたことからも分かります。
悪魔たちがザイクロイド・アノドを崇め、復活させようとしていたのも、当然その影響でしょう。

しかし、神の二面性というこの真相は「神」の地位を揺るがすようなものであり、その上そこから導かれるのは、アノドが復活しても封印されても、いずれにせよ世界は滅亡するという救いのない結論。これが隠蔽されねばならなかった理由はよく分かります。
その結果、表向き神には光のみが帰属させられ、光に属する天使の方が神に近い存在だという見解が生じたのではありますまいか。

さらに注意すべきこととして、破壊神としてのアノドの力はデビルフォースであるのは確かなのですが、しかしアノドの意志はと言えば、悪魔ですら滅ぼすようなものであり、それは悪魔にとっても望むものではないということです。
ここにおいて、「光/闇」「創造/破壊」「善/悪」といった各種の二元論の間には、微妙に重ならないズレが生じてきます。
けれども、人は(といっても本作の登場人物は天使なり悪魔なりですけれど)話を明瞭にするため、各種の二項対立を結び付けたがるもの。結果として、悪魔は負の属性を負わされることになります。

かくして結論――悪魔とは、世界が立ち行くためにその正当性を隠蔽されねばならなかった存在である。
これでは恨みも生じようというもの。
もっとも、自らの内なる二面性は、超聖神自身にもどうすることもできなかったものなのですから、神を恨むのはやはり筋違いだったのでしょうが……

善悪というカテゴリーの扱いについて、大変に示唆にとんだ魅力的な話です。

思えば、こうした光と闇、聖と魔の二面性については、最初から伏線はありました。
本作前半のストーリーは、アノドの封印に必要な石版――10年前フェニックスと一緒にスーパーゼウスから魯人フッドに託され、6枚に砕けて天地球の各地に散らばっていた――を探す旅がメインなのですが、それぞれの石版のかけらを守るのが「聖魔子」なのです。すなわち、聖と魔どちらかではなく、両方を併せ持った存在。
そして、この6枚に砕けた石版はもともと天使たちのものでしたが、もう1枚の石版はスーパーデビルの手にありました(2枚の石版というモチーフは当然、旧約聖書でモーセに与えられた2枚の石版をモデルにしています)。
しかも、この2枚の石版を揃えれば、アノドを復活させるのにも、封印するのにも使えるのです。

天使と悪魔、それぞれに与えられた石版を揃え、さらに天使と悪魔それぞれの長が力を合わせることで破壊神を封印できる。
しかしこの二面性は神自身の二面性に基づくものであり、この封印は結局、神自身の与えた力で神自身を封印することに他ならない――
二元表裏一体という点に関して、実に優れた作品だったと、今でも思います。

ただ気になるのは、超聖神=巨魔界神ザイクロイド・アノドの人格については、まったくと言っていいほど描かれなかったことでしょうか。
彼も自らの内なる二面性に苦悩していたのか――
ラスボスとして戦ったアノドは、不定形のモンスターで言葉を喋ることすらなく、外見は雑魚モンスターにしか見えませんでしたし……

これが制作者の本意だったのか、話の尺も足りない都合上だったのかは定かではありませんが、同じ設定の話を今観るならば「アノドの苦悩」も見たいというのが偽らざるところです。
ただあの姿は、神の内にも盲目的な破壊衝動が存在していることを示していたのかも知れない、などと考えてみたりもしますが。

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T.Y.

Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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