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笑い話にするための装置としての「妖怪」――『異世界妖怪サモナー ~ぜんぶ妖怪のせい~』

今回取り上げるライトノベルはこちら、角川スニーカー文庫の新作です。



妖怪ということで、しかも京極夏彦氏が「大推進」で帯にコメントも寄せているとあれば、妖怪にも詳しい男と研究室でも評判の私としては読まねばなりますまい(などと義務感で読んでいるわけではありませんが)。

異世界妖怪サモナー 帯

作者は東亮太氏。同レーベルから『マキゾエホリック』でデビュー、『妄想少女』、『闇堕ち騎士がダンジョン始めました!!』などの作品がある作家です。

本作の基本は異世界召喚ファンタジーで、現代日本に生きる男子高校生の神野琥珀(じんの こはく)が西洋風ファンタジーの世界に飛ばされます。
この世界で彼が得た力は召喚術士……なのですが、召喚されて出てくるのは野槌、青坊主、狸といった日本の妖怪たち
さらに、この異世界で出会った自称「凛々しい剣士」の美少女ライカも冒険者ギルドの門前払いの常連という役立たず、目指す冒険者、そして勇者になるためにはまず冒険者へのボランティア協力で実績を作らねばならないのですが、――訳に立つ能力もあるとはいえ――お騒がせな妖怪たちのせいでかえって悪名を得てしまう始末。

さて、本作の主人公である琥珀はいかにも「ラノベ的」な「剣と魔法のファンタジー」に憧れる少年で、いかにも怪しい「異世界への門」に自ら飛び込んでしまいます。
つまり、「異世界召喚ファンタジーに馴染みのある人物が、実際に異世界召喚の当事者となる」というきわめて自己言及性の強い内容になっているわけですが、そうでなければならない理由は本作のコンセプトによります。
というのも、あくまで「西洋風の“剣と魔法”のファンタジー」を期待したら日本の妖怪で台無し、というのが本作の基本なので、そのためにはまず「異世界=西洋風ファンタジーの世界」という先入観をあたかも自明の事柄のように立てておかねばならなかったのです。そうでなければ、「日本の妖怪が出てきて何がおかしいのか」と思われて終わってしまいます。

 異世界。それは、単純に「こことは別の世界」なんてつまらない定義で語っていいもんじゃない。異世界とはずばり、ファンタジーだ。剣と魔法があって、勇者と魔王がいて、エルフやらドラゴンやら様々な亜人・モンスターの宝庫であるべきだ。もっと言えば、レベルや経験値やスキルみたいな概念がある、ゲームっぽい世界観であるべきなのだ。
 (東亮太『異世界妖怪サモナー ~ぜんぶ妖怪のせい~』、KADOKAWA、2015、p. 3)


ただ、本作の序盤はただでさえこうしたメタ的設定に加えて、わざわざ「異世界」と書かれた門が出現したり(そこが“異”世界だというのは言うまでもなく、この世界から見てのみです)、はてはライカの語る「伝説の勇者」の話が実は彼女の勝手に考えた創作だったりといういい加減な展開続きで、どこまで真面目なのか図りかねました。
とりわけライカの考えた設定に関しては、にもかかわらず琥珀が指輪と召喚能力を持っていたことは彼女の言う通りになっていたわけで、これはただの偶然なのか、あるいは『ハルヒ』のような設定なのかとしばし考えてしまいます(最後まで読んでも、この点に関してはいくぶんの推測が成り立つ程度)。

が、それはそうと、本作は「妖怪」についての意外ときちんとした考証に基づいています。

まず、「ファンタジーのモンスター」と「妖怪」との区別について。
まあ実のところ、今の日本でいう「ファンタジー」のイメージはトールキンのようなヨーロッパ近代の創作を経て、ここ数十年の日本のサブカルチャーの中で独自の発展を遂げてきた部分も大きいわけで、ここで問題になる「ファンタジーのモンスター」とはあくまでそうした、現代日本の創作におけるものです。そのことは上述の「異世界」に関する主人公の自己言及的語りが前もって示しています。
そこでのモンスターはまずもって戦う存在です(ベースに「ゲームでの敵」という要素がありますし)。

それに対して、本作に登場する妖怪たちはむしろ昔ながらの伝承にのっとり、人を驚かせはしても生命を脅かすことはない、どこか滑稽な存在です。
そもそも、「ぜんぶ妖怪のせい」というサブタイトルは『妖怪ウォッチ』の「世の中の不思議なことは、すべて妖怪の仕業だった」を明らかに念頭に置いていますが、ここにも多層的な意味があります。
というのも、妖怪が実在している世界ならば、まず妖怪がいて、それが何かをすることによって「不思議なこと」が起きる、のだと考えるのが普通です。
しかし現実的には、何らかの現象が起こった時、その現象あるいはそれを起こすものに名とコミカルな姿をキャラクター化したものが妖怪なのです。むしろ人間が事後的に「妖怪のせいにする」のです。

 不安な時。辛い時。恐ろしい時。挫けそうになった時。心に巣食うネガティブな感情を、面白可笑しい形に変えて、人の気持ちを晴れさせてくれる――。妖怪ってのは、そういう連中なんだ。たぶんな。
 (同書、p. 236)


本作においては妖怪が実在している以上、妖怪のせいかどうかは客観的に判断できるはずであり、作中で起こった出来事は妖怪のせいなこともあり、追って妖怪のせいと判明することもあり、またそのせいばかりにはできないこともありますが、そのような妖怪の概念の起源を踏まえて書かれていることに気付くと、「妖怪のせい」にも新たな意味が見えてきます。

※ 余談ながら、京極夏彦氏の百鬼夜行シリーズにおける京極堂の台詞「世の中には不思議なことなど何もないのだよ」はこの裏返しのようなものであって、(たとえさしあたっては不明であっても)起こったことには然るべき理由があって、不思議ではない、と考えるならば、説明原理としての「妖怪」は必要ありません。かくてそのように謎を解体するのが「憑き物落とし」なのです。

個々の妖怪についても結構調べられており、マイナーな妖怪も登場しますし、元々の伝承と昭和の妖怪図鑑が作った設定を区別するなどの細かさもあります。
章間に妖怪図鑑的な解説ページがあるのも良いですね。
とはいえ、だからといって後発の設定が嘘や間違いということではなく、昭和になって付与された設定で妖怪自身もその気になっていたりするケースもあったり。これは、最初の設定だけが正しいのではなく、伝承とは歴史的な積み重ねであることを示しています。

それから、下ネタですね。これが結構多い。
中でも、レギュラー妖怪の一人として登場する狸のヤエは普段人間の美少女の姿に変身していますし、中身も実際メスなのですが、狸の力の源はキンタマ(だからメス狸はオスより力が弱いらしい)ということでキンタマを欲しがり、はたまた(男の身体にも化けられるらしく)男性器を見せ付けて敵に悲鳴を上げさせるという凄いキャラをしています。
さらには存在そのものが下ネタで絵で見せられない妖怪まで登場。
しかし、(妖怪としての)狸の特徴が金玉で、それを被って化けたりするとかいうのは、これも伝承を踏まえたことですし、その他、性的な含意を込めた妖怪というのも結構多いのです。
これも妖怪らしさということで。

イラストも人間キャラはライトノベルのイラストらしい可愛らしさの一方で、妖怪はちゃんと『画図百鬼夜行』を下敷きにしています。

異世界妖怪サモナー 扉

「西洋風ファンタジー」と「和風妖怪」のズレというだけでは、ギャグにせよシリアスにせよズレとしても弱かったことでしょう。
作者もあとがき等で強調しているように、「現代において創作されているバトルファンタジーの世界」と「伝承の中で形作られてきた面白可笑しいキャラクターとしての妖怪」のズレが、そして後者がその役割を果たして前者を気の抜けたものにしてしまう様が、本作の見所でしょう。
その辺、割とちゃんとした出来で楽しめる作品でした。



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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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