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それはどこか他人事のように――『金属バットの女』

先日、広島に行った帰りに京都駅ビルのイタリアンレストランで夕食を取ったのですが、その時の前菜が丸ごとトマトのサラダでした。

丸ごとトマトのサラダ

あまり見たことがない代物です。

ちなみにデザートは百年プリン。何が百年なのかよく分かりませんが、そういう名称でした。

百年プリン

 ~~~

それはそうと、今回取り上げる小説はこちら、第9回HJ文庫大賞の「特別賞」受賞作です。



本作の主人公は男子高校生の芦原幽玄(あしはら ゆうげん)、田舎の駅で電車を待っている時に美少女と出会います。
その翌朝、その美少女・椎名有希(しいな ゆき)が彼の家族全員を金属バットで殺した上、笑顔で挨拶してきました。
実は、有希は世界でただ一人、「試験官」と呼ばれる人類を殺戮する怪物と戦い倒す力を持った少女でした。

どういうわけか幽玄のことを好きだという有希と、彼女が美少女であるがゆえに、家族を殺されても憎むどころかやはり彼女を好きになった幽玄、二人の共同生活が始まります。
世界の危機とかいうものは深く考えることもない舞台設定で、もっぱら二人の関係のみが問題になる、というのはまさにセカイ系ですが、本作の場合、椎名有希が「なぜ」そんな力を与えられているのか「ヒーローの力はミステリアスってのが、まぁ、常道だった」(p. 26)という調子で説明されないのみならず、さらに「いかにして」までも徹底して省略されます。
敵や戦いのことなど、「試験官」が「世界中を跳ね回って十億ぐらいの人間をぶち殺したりもした。およそ十時間、『試験官』と椎名有希は戦い続けて、そして椎名有希は金属バットを振り下ろして『試験官』をぶち殺した」(pp. 21-22)という感じで、あらすじのようにさらっと語られるのみです。
さらに言えば、感情もまた省略される、あるいはぼかされています。有希が可愛くても好きであっても家族を殺されていて、そこに生じてもおかしくない葛藤などは流されています(一応、ラストには若干関わってきますが、感情の描写そのものはほとんどありません)。

そして、しばしば登場する謎の「ガキ」が「こんなに起伏のない転回で大丈夫?」(p. 83)「でも一向に盛り上がらない。手に汗握る展開も笑える場面も燃えるシーンも萌えるシーンも泣けるページも一つもない」(p. 92)とこの作品自体に言及してくるように、本作は徹底してメタです。オチも幽玄が「主人公にしてナレーター」であることが問題になるメタなものです。

それと関連して、本作の文体は短い言い切りばかりで長い一文がほとんどない割には、繰り返し、脱線が多く、独特の冗長さを備えています。
冒頭からしてこうです。

「アイしてるぜ」
 そんな台詞が確かにあった。千年前か千年後ぐらいに。もしくは別の日に。

 蝉が鳴いた。
「あっちぃ」
 暑かった。よく晴れていた。五月だった。だから蝉が鳴いてるってのは嘘だった。頭の悪い俺の頭の悪い勘違いだった。けど暑いってのは嘘じゃなかった。
 (ちゅーばちばちこ『金属バットの女』、ホビージャパン、2015、p. 5)


全体から感じられるのは、乖離的とでも言いますか、自分のことをどこか離れた語り手のように傍観し、思いつきの垂れ流しのように綴る、何とも言えない投げ遣りな空気でした。
主人公としてセカイ系的な狭い世界に浸りつつ、どこかそこから遊離している――そんな感覚を共有できる向きには、訴えるものがあるかも知れません。

この空気を形容するために、先哲の言葉を借りさせていただきます。

 夢見る人の想像力にとってはまことに自然であるが、覚醒した人間の理性にとっては受け入れがたいために、それを経験したことがない者にはその精確で完全な観念を与えることが不可能であろうようないくつかの特殊な矛盾がある。われわれはここで、夢がしばしば行う、一人でしかないにもかかわらず区別されている二人の人物のあいだの奇妙な融合を示唆している。通常、人物の一方は眠っている人自身である。彼は自分がその人であり続けているのを感じている。彼はそれでもやはり別人になっている。それは彼であり彼ではない。彼は自分が話すのを聞き、自分が行為するのを見るが、しかし彼は他人が自分からその身体を借り、その声を奪ったように感じている。あるいは、彼はやはり通常時のように話し、行為していることを意識するだろう。ただ、彼は彼について、もはや自分と共通するところのない見知らぬ人について話すように話すだろう。彼は自分自身から離脱してしまう。
 (アンリ・ベルクソン『笑い』、第3章第4節)



まあ、目次からして作者名(「ちーばちばちこ」)が出てくる、「日常系と世界系」といった記述あり、「糞」「うんこ」連呼、章番号「9」が「Q」に、「10」が「銃」になっていると露骨に狙いすぎ――と、これだけ見れば方向性が察せられるのは親切仕様と言うべきかも知れません。

金属バットの女 目次

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Author:T.Y.
愛知県立芸術大学美術学部芸術学専攻卒業。
2012年4月より京都大学大学院。

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