オタクと形而上学(旧:山中芸大日記)
愛知県立芸術大学出身のある学生によるブログ。
パラダイムシフトの中でも正義を摑めるか――『バビロン 1 ―女―』
野崎まど氏の書き下ろし新作は『ファンタジスタドール・イヴ』以来、オリジナル作品は『know』以来でしょうか(その間も『電撃文庫MAGAZINE』誌上で『野崎まど劇場』の連載を続けており、単行本2巻も発売されましたが)。
本作の主人公は東京地検特捜部の検事・正崎善(せいざき ぜん)。誓約会社「日本スピリ」と複数大学の医科大学が絡んだ臨床試験の結果に関する不正事件の捜査を行っていたのですが、証拠として押収した資料の中から1枚の異様な書類を見付けます。
紙が真っ黒になるまで「F」の文字で埋め尽くされ、しかも血液と毛髪と皮膚が付着した書類。
気になってこの書類についての捜査を開始した正崎は、もはや当初の日本スピリの不正からは離れたところで、新たな怪事件に遭遇します。
医学部准教授の奇怪な自殺、そして従来の都道府県に収まらない新たな行政区画「新域」構想に関わる大規模な政治的陰謀――
本作の前半は、検事の捜査描写(時には違法捜査として引っ掛かるようなきわどいところも)が丁寧に綴られます。
こんなものも書けるのか、と作者の確かな筆力を感じさせる内容ですが、しかし野崎氏の作品のこと、当然ながらそのまま地道な検事ものでは終わりません。
明らかに普通でない怪異じみた事件、衝撃の展開、そして真相解明かと思いきやさらなる謎の残る多段落ち、最後は衝撃的で気になる引きと、摑みとしては見事な第1巻でした。
そう、タイトルにも「1」とある通り、本作は作者としても初の最後に明確に「続く」となる長編であり、これはシリーズ第1巻です。
テーマはまずは「正義」です。
正崎善は名前の通りに正義感の強い男で、検察の仕事にも「正義のため」という信念をもって挑んでいました。
しかしそもそも、東京地検特捜部と言えば、現実にあった証拠捏造事件の記憶がまだ新しいところ。取り締まり機関は、最大の暴力装置にもなり得るのです。
作中ではそうした反省もあって、特捜部の「是が非でもバッジ(=議員)を挙げる」という風潮は見直されているという設定。また正崎自身、逮捕拘留して強引に供述を取るといったやり方はしないといった自分なりの筋を持っています。
ですが、検察の取り締まり対象はあくまで「法律違反」。
そもそも正しさの基準を与える社会の方を根底から変革しようという動きの前で、どれだけのことができるのか……
それに、矜恃だけは守って戦っても、敗れては正義は守れません。
かつてない大事件を前にして、それでも、どんなに人間の生き方が変わろうと確かだと言える善悪の分断戦を正崎が摑めるのか、そこに注目です。
さて、本作のタイトルは、冒頭に掲げられている「大バビロン、淫婦と地上の悪事の母」云々という『ヨハネの黙示録』の引用を指しています。
そう、正義に対する「悪」としての「女」です。
思え野崎氏はばデビュー作『アムリタ(映)』以来、何かと怪物的な能力を持つ女を描いてきました。
本作もその路線での途方もないものを見せてくれます。
ただ、今巻のところ、「敵」の真価も目的も未知です。
しばしば野崎氏の作品を特徴付けていたのが、狂気にも似た論理の暴走でした。
狂人というのはけっして非合理なのではなく、むしろ常人以上に論理的、しかも特定方向の論理に偏して突っ走るがゆえに、異様な思考や行動を導くのです。
野崎氏の作品も同様に、特定の理路を極限まで突き進め、しかもその結果が個人の狂気ではなく誰にとっても実行性のある結果として表れる様を描くことで、読者を驚かせてきました。
「理屈付け」こそをSFの要件とするなら、その点で氏はまさしくSF作家です。
ただ、それが長所にして短所でもあり、悪く言えば表面的に読者を驚かすことに腐心しすぎるきらいもありました。
本作は地道な検察小説の体から始めることで、地に足の着いたところから途方もない世界まで運んでくれる道をしっかりしたものとして確保しているように思われます。
ただ、「敵」が真価を見せる次巻以降でどこまで暴走してくれるかは分かりません。
最終評価もその結果次第ではないでしょうか。
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